7-1-1 剣呑な姉妹
第七部は現代シリーズ完結編ですので、第四部から読んでいただくことをお勧めします。
日曜の朝、小桜はリビングのソファに腰掛け、スマホを手にしたまま、ちらりとダイニングの方へ目を向けた。キッチンでは杏子がコーヒーを淹れている。久しぶりに家へ帰ってきた姉は、相変わらず大学生らしいラフな格好をしていたが、その雰囲気は以前と比べてどこか張り詰めていた。
「そういえば」
小桜は何気ないふうを装って口を開いた。
「お姉ちゃん、鏡を狙ってる?」
杏子の手が一瞬止まった。コーヒーメーカーの音だけが静かに響く中、姉は表情を崩さず、ゆっくりと振り返った。
「……何の話?」
「ほら、内宮にあるやつ」
小桜は両親に聞かれても不自然に思われないよう、細部を伏せて言い直す。
杏子は一瞬だけ目を細めたが、すぐに気のないふりをして肩をすくめた。
「ああ、そっちのほうね」
その微妙な反応に、小桜は内心で警戒を強めた。どうやら杏子は、まだ「八咫の鏡」を奪うための準備を整えてはいないらしい。少なくとも、今すぐ伊勢へ向かおうとしているような緊張感は窺えなかった。
小桜は、ひとまず直接的な追及を避けて話題を変えた。
「剣はちゃんと管理してる?」
杏子はその言葉に微かに眉をひそめた。小桜にとって、異世界に伝わる伝説のデバイス「獅子の剣」が姉の手にあることは、大きな不安要素だった。
「そんな心配は要らない。……そっちの剣はどうなの?」
今度は杏子が逆に問いかけてくる。小桜は、姉が言っているのが「草薙の剣」のことだとすぐに察した。
「ちゃんと管理してる」
その答えに、杏子は鼻で笑うように呟いた。
「どうせ、ほとんど力が残ってないんでしょう?」
小桜は言葉を失った。
図星だった。手元にある草薙の剣の断片は、断片化した影響なのか、魔力が日を追うごとに失われ、今ではほとんど感じられない。ただの遺物となり果てたのか、それとも何らかの方法で再生できるのか──それすら分からない状況だった。
杏子はそんな小桜の様子を見て、少し安心したように息をついた。
「まあ、せいぜい気をつけることね」
そう言いながらカップを手に取り、部屋を出ていこうとする。
「……あ、ちょっと」
小桜はふと思い出したように声をかけた。
「最近、恵麻さんに連絡しても返事が来ないんだけど、何か知ってる?」
杏子の足が一瞬止まった。
小桜は、その微細な動きを見逃さなかった。
杏子は顔を小桜へ向けることなく、わずかに眉をひそめたまま、冷めた口調で答える。
「知らないわよ。忙しいんじゃないの?」
その言葉には、不自然なほどのそっけなさが滲んでいた。
「……本当に?」
「何よ、それ」
杏子はようやく小桜の方を向いた。その目には明らかに、「これ以上聞くな」という警告が浮かんでいる。
小桜は思わず口を噤んだ。
「じゃあね」
杏子はそれだけ言い残し、廊下へと去っていった。
小桜は苛立ちを抑えながら、テーブルの上に置いたスマホを睨むように見つめた。
「……何なの、あの態度」
わざとらしく話を切り上げた杏子の様子からして、何かを隠しているのは明らかだった。
「……サーラ」
スマホの画面から、威厳のある声が響く。魔導AI、グラビティウムだ。
「今のやりとり、おぬしも気づいたであろう。あやつもまた、こちらの動向を探りにきたに違いない」
「うん……でも、お姉ちゃんの方も準備が整ってないみたいね」
「そういうことだ。伊勢神宮の内宮を守る者たちは、強力な守護隊を擁している。迂闊に手を出せば、返り討ちに遭うだろう」
小桜は思案げに視線を落とした。
「はぁ……草薙の剣の断片が使い物になればなぁ」
ぽつりと呟くと、グラビティウムが応じた。
「サーラ、地下迷宮で見たものを思い出すがよい」
「地下迷宮……?」
「勾玉の小片が、まるで培養されたかのように結晶化していたではないか」
その言葉に、小桜は目を見開いた。
「まさか……剣も同じ方法で復元できるってこと?」
「可能性はある。培養の原理を解き明かせば、草薙の剣を再び蘇らせることも夢ではない」
小桜は拳を握りしめた。
「……試してみる価値はあるかもね」
思いがけず差し込んだ希望に、小桜は新たな戦略を練り始めた。
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