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7-1-14 神宮の精鋭2

「接触まで、あと五メートル……」


通信越しに響くオペレーターの声に、第五分隊の隊員たちは意識を研ぎ澄ませた。これまでの戦闘で第一から第四分隊が次々と撃破されている。だからこそ、彼らには自分たちが最後の砦だという自覚があった。


「確認……接触する」


指揮官の号令と同時に、先頭の隊員が角を曲がった。


そこにいた。


黒いローブをまとった男が、闇の中に静かに佇んでいる。仮面の目元は影に沈み、表情は読み取れない。ただ、そこには人の気配とは異質な、感情の薄い静けさが漂っていた。


その隣には、黒いゴシック衣装の女が立っている。女はわずかに首をかしげ、ベールの奥から第五分隊を見つめていた。その瞳が、不吉な光を宿している。


先頭の隊員が手の甲にあるスイッチへ触れる。退魔装甲スーツが低く唸りを上げ、表面に刻まれた符術の紋様が淡く輝いた。続いて、呪符を刻んだ強化刀剣が鞘から滑り出し、刀身に宿った霊力が鈍い光を帯びる。


「配置につけ」


短い指示が飛ぶ。


後方の隊員たちは、呪法を内包した呪法弾をライフルへ装填した。符術の刻まれた弾倉が回転し、乾いた音を立てる。


「撃て!」


一斉射撃。


呪法弾が仮面の男へ殺到した。だが、そのすべてが男に届くことなく、空中で砕け散った。


「なっ……!」


「そんな……」


隊員たちが息をのむ。


仮面の男が、軽く指を弾いた。


次の瞬間、空気が弾けた。


風の刃が走る。鋭く、正確な一撃だった。


「ぐあっ……!」


前衛の隊員の装甲が裂け、背後にいた隊員が吹き飛ばされる。


「後退! 後退しろ!」


隊員たちは必死に距離を取ろうとした。だが、仮面の男が手を軽くかざしただけで、その行く手に巨大な水の壁が立ち上がる。


「囲まれた……!?」


水圧が一気に高まり、隊員たちの身体が壁へ叩きつけられた。


「呪法弾を……くそっ、作動しない!」


足元を雷光が走る。


「やめ――!」


叫び終えるより早く、稲妻が炸裂した。


轟音とともに隊員たちが次々と倒れ、前線は一瞬にして崩壊した。


「馬鹿な……これほどの力……」


辛うじて立っている隊員たちが、息をのむ。


男から放たれる異様な力は、彼らがこれまで対峙してきた妖怪や怨霊とは明らかに次元が違っていた。


「やはり、神代の遺物を使っているのか……」


部隊長が呟いた。


その言葉を聞いて、仮面の男の口元がわずかに歪む。


「実につまらない見せ物だ」


その一言に、第五分隊の隊員たちは凍りついた。


男はゆっくりと歩を進める。


「これで本気なのか? 神宮の精鋭とは、この程度なのか……?」


「ふざけるな!」


追い詰められた隊員たちが声を上げる。


次の瞬間、彼らの周囲に巨大な術式が展開した。


「機動式大火祈祷――展開!」


伊勢神宮に伝わる最強クラスの特殊兵装だった。


本来の「大火祈祷」は、千人もの神職が神の力を降ろして放つ大規模な儀式である。それを現代技術によって機械化・小型化し、わずか数分で発動できる兵器へと改めたものが、機動式大火祈祷だった。


装置に蓄積された神力を一気に解放し、高純度の神火によって対象を焼き尽くす。


「発動――!」


だが、その瞬間。


仮面の男が、軽く手を振った。


無数の呪符が宙へ舞い上がる。


術式が完成する寸前、機動式大火祈祷の光がぴたりと止まった。


「『明鏡止水の札』まであるのか……!」


隊員たちから絶望の声が漏れる。


仮面の男は、つまらなそうに息を吐いた。


「やれやれ……これほどの力を与えられておいて、その程度か……」


肩をすくめる。


「不甲斐ない奴らだ」


吐き捨てるような声だった。


そこに怒りはなかった。


あるのは、心底からの失望だった。


「かつて我が帝国の司令官は、自分が最後の一人になっても、勇敢に敵へ向かっていったものだ。それが誇りだと理解していた」


仮面の男の視線が、逃げ腰になった隊員たちへ向けられる。


その言葉が何を意味しているのか、誰もが理解していた。


自分たちは、誇りすら持てない無様な敗者だ。


沈黙が重く場を覆った。


部隊長は凍りついたまま、背筋を伝う冷たい汗を感じていた。


「まあ、良い」


仮面の男が低く呟いた。


その瞬間、仮面の口元がゆっくりと歪んだ。


黒い穴が、そこにぽっかりと開く。


空間そのものが軋み、周囲の景色が歪んだ。


「――ッ!?」


『朔の鏡』が生み出した異空間への穴が、退魔兵装に身を包んだ隊員たちを吸い込み始める。


抗う間もなかった。


隊員たちの身体が一人、また一人と闇へ引きずり込まれていく。剣を構えた隊員は、足元の床ごと引き剥がされるようにして宙へ浮き、そのまま暗黒の穴へ消えた。後衛の兵たちはライフルを撃つ暇すらなく、次々と姿を失っていく。


「やめろ!」


部隊長が叫ぶ。


だが、虚しく吸引の勢いは増していった。


最後まで残っていた隊員が、必死に床へ手を伸ばす。その指先が空を掻いた瞬間、身体が闇へ引き込まれた。


そして、最後の一人が飲み込まれようとした、その瞬間――。


「やめるのじゃ!」


澄んだ声が、空間を裂いた。


闇の吸引が、ぴたりと止まった。


そこに、一人の少女が立っていた。


祭衣をまとった少女の横には、古びた祭衣をまとった白髪の老人が静かに立っている。


仮面の男は一瞬、驚いたように黙った。


やがて、その口元に歪んだ笑みが浮かぶ。


「待ちかねたぞ――アマテラス」


その声には、敵を前にした者とは思えない、どこか歓迎するような響きさえあった。


アマテラスは答えなかった。


ただ、まっすぐに男を見据える。


そして、ゆっくりと息をつくと、わずかに視線を下げた。


吹き抜ける風が彼女の衣を揺らす。散らばった瓦礫が足元で乾いた音を立てた。


闇と光が交錯する境界で、二人はただ向かい合っていた。


戦いの余韻だけが、夜の帳へ静かに溶けていった。

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