7-1-12 神宮衛士隊
「これは一部の神職だけが知る極秘情報だが……」
昂弥の声が静かに響いた瞬間、それまで聞こえていた店内のざわめきが、妙に遠くなったように感じられた。
杏子は興味深そうに眉を上げ、視線を鋭くする。菫の指がカップの縁をなぞり、カラリと小さな音を立てた。聖奈は何かを察したように眉をひそめ、愛蓮が長いまつ毛を伏せると、その肩がわずかに震えた。
昂弥の瞳が鋭く光る。窓越しに差し込む午後の陽光が、その横顔を淡く照らしていた。
「伊勢神宮には、表向きの防犯部署とは別に、“神宮衛士隊”と呼ばれる部隊が存在する。元自衛官や元警察官を中心に構成された精鋭部隊だ。彼らは単なる護衛じゃない。退魔戦闘に特化したエリート集団だ」
その言葉に、菫の表情が固まった。
「退魔戦闘……?」
「どうやら知らなかったようだな」
昂弥が薄く笑う。
「彼らは怨霊や妖怪を退治するための装備を身につけている。平安時代なら、退魔師と呼ばれていただろうな」
「魔法……ってこと?」
菫が困惑した様子で杏子を見る。
「まあ、土着の魔法みたいなものよ」
杏子は腕を組み、肩をすくめた。
「神社や寺が古来からやってきた祓いの技術を、現代向けにアレンジしたってところかしら」
「それが、伊勢神宮に常駐しているってわけか……」
菫が苦い顔で呟くと、昂弥はゆっくりと頷いた。
「伊勢神宮の中枢に近づけるのは、特別に許可された者だけ。その“許可”を担保しているのが神宮衛士隊だ。彼らが本気で動けば、正面突破なんてまず不可能だ」
「……私たちを脅してるつもり?」
杏子が冷たく言った。
「忠告だ」
昂弥は表情を変えず、杏子を見据える。
「……神宮衛士隊って、そんなに手強いの?」
聖奈が慎重な口調で尋ねると、昂弥はグラスを軽く回しながら、淡々と続けた。
「正規隊員が約百名。それとは別に、非常勤の補助要員や協力する神職が三十から五十名。実質的な戦闘要員は五十名程度だが、彼らは一騎当千の実力を持つ。全員が最低でもB級――俺以上の退魔適性を持っている」
「……昂弥さん以上……」
愛蓮が息をのんだ。
杏子が嘲笑するように口元を歪めた。
「ずいぶん詳しいじゃない。さては経験者?」
「入隊試験で落とされた」
「あら、古傷を抉っちゃった?」
昂弥は軽く肩をすくめただけだった。
「さらに、五つの専門分隊に分かれている。第一分隊は制圧・防御担当。重装甲と盾を装備し、最前線で敵を抑える。第二分隊は遠距離支援担当で、弓や呪符によって後方から援護する。第三分隊は強襲部隊。高機動の接近戦を得意とし、敵陣に切り込む」
昂弥はそこで一度、グラスに口をつけた。
「第四分隊は偵察・潜入担当。気配を消して敵陣に侵入し、情報収集や陽動を行う。そして第五分隊は特殊作戦担当。戦術呪法と複合技を駆使して、状況を一瞬でひっくり返す切り札……精鋭中の精鋭だ」
「……本当に軍隊みたい」
菫が苦い顔をする。
「特に第五分隊の戦闘能力は群を抜いている。連携、機動力、呪力の精度……どれをとっても一級品だ。お前たちが奇襲を仕掛けたとしても、彼らは数分で立て直す」
「……数分ねぇ」
杏子が攻略のための思索にふける。
昂弥はその反応を見ても、声の調子を変えなかった。
「それだけじゃない。第五分隊には特殊な訓練を受けた戦闘員がいて、呪法干渉や結界操作にも長けている。つまり、彼らの目を盗んでの侵入は──」
「──不可能ってわけ?」
杏子が言葉を遮った。
「不可能とは言わない。ただし、成功率は限りなくゼロに近い」
「……ふぅん」
杏子はわざとつまらなそうにため息をついた。
「忠告は終わったかしら?」
昂弥はしばらく杏子を見つめていたが、やがて小さく息をついた。
「どうするかはお前たちの自由だ。だが──」
昂弥の目が鋭く光る。
「お前たちが本当に八咫の鏡を奪うつもりなら、次に相対する時、俺は敵になるかもしれない」
その言葉に、一瞬だけ空気が凍りついた。
「……面白いわね」
杏子は口元を歪める。
「でも、そんなに強い相手なら、ますます挑戦してみたくなるじゃない?」
「杏子……!」
聖奈が鋭くたしなめる。
「どうせお前らの今の戦力じゃ、到底及ばない相手だ。せいぜい策を練るといい」
昂弥はそう言い残すと、グラスを置いて席を立った。ポケットに手を突っ込み、そのまま歩き出そうとしたとき、スマホが振動する。
「……どうした、霞?」
応答した途端、通話口から霞のかすれた声が漏れた。
「……神宮衛士隊が……壊滅しました……」
昂弥の足が止まった。
顔色が見る間に青ざめ、スマホを持つ手がゆっくりと下がる。まるで目の前の光景だけが突然意味を失ったかのように、彼はその場から動かなかった。
「……何だと?」
その声が、かすかに震えていた。
異様な様子に、一同は怪訝そうに顔を見合わせる。杏子が声をかけようとしたが、振り向いた昂弥の目に宿る空虚な色を見て、その言葉を失った。
彼らを嘲笑うかのように、店内では妙に明るいBGMが流れ始めた。軽快なジャズピアノの音が、張り詰めた空気には不釣り合いなほど陽気に跳ねていた。
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