あの子は渡さない
すごい難産&設定変更で更新が非常に遅れました
明日からは通常通り更新の予定です
―――私には、好きな人がいる。
一歩踏み出すことに勇気がいる私を、いつも引っ張ってくれる人。
いつも楽しそうに、自分の話を語る人。
太陽みたいな眩しい笑顔で、私を照らしてくれる人。
――あぁ、この人なんだな。
そう自覚したのは、初めてのライブが終わったときのこと。
「皆さん、初めてのライブお疲れ様でした。我々の想像以上に出来が良いものだったと、自信を持って言えるライブでしたよ。自身を持ってください」
「「「「「ありがとうございます!!」」」」」
マネージャーの言葉に、メンバー5人全員が揃った声で返す。そうか、よくできたほうなんだ。と私は安心した。
「始まったばかりですので、不安はいっぱいあると思います。ですが、じき慣れます。経験を積み重ねて、皆さんにはより高みへ羽ばたいてもらいたいので一緒に頑張りましょう。では、着替えて解散!」
「みなとっち、フォローありがと〜。あれなかったらわたしのミスで浮いちゃう所だった〜」
「ううん、大丈夫。次私が困ったら、フォロー宜しくね。」
「合点承知だ〜!」
メンバーの一人から感謝を告げられる。その後も他のメンバーから感謝だったり、お互いを労ったりと忙しかった。反省点も多かったけれど、それは次に活かそう。
マネージャーからも期待の言葉をかけられた。でも、少し他のメンバーから一歩引いている印象があった、とも言われてしまった。
そうかもしれない。やっぱり私の憧れる星には、まだまだ届かないんだな…
メンバー間とプロデューサーで軽く反省点の確認をした後、私は少し楽屋に残って一人反省会を始める。ダメダメなところが多い、早く修正しないと…
そうしていると、不意に目がチカチカし始めた。
頭が回らない。
息が苦しい。
立てない。
思わず膝をついて倒れ込みそうになった瞬間、横から声がした。
「――えっ? 大丈夫!?」
「とりあえず少し落ち着こう?ゆっくり息を吸って、はいっ、すぅ〜〜っと」
「はい、一気に吐ききって?はぁ〜〜〜〜〜」
少し落ち着いたかも。そう思った時、急に涙が溢れてきた。どうしてかはわからない、とにかく止まらない。止めようとすると、余計に止まらなくなる。
すると私の前から、柔らかな感触が包みこんでくる。
彼女が抱きしめてくれたんだろう。
安心する、柑橘系のいい香りがする。
「大丈夫、力を抜いて。今は何も考えず、ゆっくり、身を任せて、ねっ?」
「ゆっ…ゆ、あ…さ……んっ……!」
「ううん、無理して喋らなくて大丈夫。今は自分の呼吸に集中して…。」
それから5分ほど、夢愛ちゃんは私の側にいてくれた。その間誰も来なかったのは、偶然だったのか、察してくれていたのか。
「あ、ありがとう…夢愛さんがいなかったら、私ダメだったかも…」
「全く〜!ちょっと今日の様子が心配で見に来たら、倒れそうになっててびっくりしちゃったんだから!アイドルは身体が資本!しっかり大事にしてよ?
で、ごめんね?いきなりハグしちゃったりして…」
「いやいや!あのおかげで助かったというか…
私こそ、甘えちゃってごめんね?リーダーなのに情けなくて…」
私がそう言うと、夢愛ちゃんが真剣な顔をする。
「湊音ちゃん、それは違うよ?」
「えっ…?」
「私の友達が言ってたんだけどね。誰かに甘えちゃいけないっていうのは、人間絶対にできないようになってるらしいの。リーダーだから、じゃないよ?リーダーだからこそ、いっぱい甘えて、弱い自分を出していくのがいいんじゃないかな?って、私は思うんだ。」
呆気に取られる私。夢愛さんはにこっと笑って、続ける。
「だから、無理して一人で背負い込もうとしないで欲しいな?誰かに頼って、しんどかったら周りに相談する。それがいい“リーダー”だと思うよ。」
「でも、それじゃ皆に不安を…」
「それで倒れて、皆を不安にさせたら本末転倒じゃ〜ん!ね?まずは私でもいいし、マネジでもいいからさ。誰かを頼ろう?湊音ちゃんのこと、もっと知りたいし、支えたいからさ。」
そう言って、太陽のように笑う。ニカッという擬音語は、彼女のために存在するような。そんな気がした。
「……うん、そうする。ありがとう、夢愛ちゃん。」
「わかれば宜しい!それじゃ、一緒に行こっか。まずはお手洗いでそのグッチャグチャな顔を整えてからね〜?」
「…もうっ!言われなくてもそうしますっ!」
…何だか気分がすっきりした気がする。いっぱい泣いたからか、それとも夢愛ちゃんに価値観を変えられてしまったからか。
私は、この人を離したくない。
鹿目夢愛さん。
私の、一番大切で、愛する人。
それから数カ月。
私は夢愛ちゃんを時折遊びに誘うようになった。色んな努力の甲斐あって、それなりに仲を深められるようになったと思う。
夢愛ちゃんは仕事以外ではアイドルネームを使われたくないみたいで、「あたしのことは叶愛って呼んでね!」と念押しをされた。
アイドルネームの名字と同じ読みだから変わらないんじゃ…?って言ったけど「気持ちの問題!」ということらしい。私も、本名の「湊川 智美」で呼んでもらえたら嬉しい、と伝えておいた。
叶愛ちゃんは、友達と遊びに行くことは意外と少ないらしくて、予定は空いている方だった。結構びっくり。
「誰かと一緒にいると、気を遣っちゃってストレス溜まるんだよね〜。だからどうしてもの時以外は、基本ヒトリでいるようにしてるんだ。
……あっ、智美ちゃんは何でも話せる“トクベツ”、だからねっ♪」
なんて急に返されるから、変な勘違いをしてしまいそうになる。
そのくらい距離が近くなれたのは、嬉しいことだけど。
今日も2人で一緒に出かけている。今日は初めて叶愛ちゃんの方から誘ってくれて、私だけが求めているんじゃないんだ、と嬉しくなった。
彼女はいつも華やかな服装で、眩しく見える。露出は全くないが、人を惹きつけるオーラが全身から出ているような、そんな気がする。彼女はきっと天性のアイドルなんだろうな、と見るたびにいつも思ってしまう。
「こういうところも悪くないよねー!」
「うん、自分では行かないようなところだから、新鮮でいい…!」
叶愛ちゃんに連れてきてもらったのは、骨董品店みたいなところ。物珍しいものばかり集めているような店らしくて、よく通って気に入ったものがあれば集めているみたい。確かに、鞄に謎のマスコットをつけてたりしたなぁ…
「でしょー?あたしも一人でしかいけなくて、この楽しみを共有してくれる人が欲しかったのよ〜!」
「そうなんだ、叶愛ちゃんなら誰とでも行けそうだと思ったんだけどな」
「いやいやそうでもないんだよ〜、瑛ちゃんも誘うんだけど『興味ない』っていっつも避けられてさ」
でた、「エイちゃん」。
私と話す時にほぼ必ず出てくる人。
最初誰なのか聞いたときには「私の幼なじみだよ」と返されただけ。どんな人なのかは全然聞けていない。理由はうまく説明できないけど、聞くのが怖かった、のかもしれない。
深い所で人と関わってないように見える叶愛ちゃんが、自分から関わっている数少ない人。確かに、興味はある。言葉通りの関係の人だとしたら。
――近くで見てきたから、私にはわかる。
本当に僅かだけど、その人の話をするとき、叶愛ちゃんの目尻がちょっとだけ下がる。他の人は、一切そんな風にならないのに。
気にしすぎだと、自分でも思う。でも、私の焦がれた人にそんな「特別な動作」をさせる人について知る勇気は、私にはなかった。
少しだけ目線を反らしてしまう。
外した先にあったものは、ニヒルな笑みを浮かべたピエロのマスコットチャーム。不思議と吸い寄せられるような、そんな魅力を少し感じた。
「あっ、智美ちゃんはこういうのがお好きかな?」
叶愛ちゃんに見られちゃったみたい。ちょっと恥ずかしい反面、私を見てくれていたと少し笑みが溢れてしまう。
「へぇ〜、いいシュミしてると思うよ?そうだ!折角来てくれたんだし、私からプレゼント!」
「え、えっ!?連れてきてもらったのに、悪いよそんなの!?」
「いーからいーから♪付き合ってもらったお礼、ってことにしといて?すみませ〜ん、これくださーい!」
有無を言わさずレジに持っていかれてしまった……。
でも、叶愛ちゃんからの初めてのプレゼント。
大事に使わなきゃ。
解散の時間まで、叶愛ちゃんはずっと楽しそうだった。そんな彼女を見ているだけで、私も楽しい気分になれた。こんな関係が続くのなら、叶愛ちゃんが誰とどういう関係だろうがどうだっていい。
「じゃあね智美ちゃん!すっっっごく楽しかったよー!」
「わ、私も!また宜しくね!」
ああ、この時間が終わってしまうのか。と思うと、無性に寂しい気持ちになる。
でも大丈夫、これで終わりじゃない。
これからもこういう楽しい時間が沢山あるんだと、
信じていた。この時までは。
次の日、私は用事があって隣町に来ていた。
軽い用事を済ませ、少し小腹が空いたので軽食ができる店を探そうと思って、商店街らしきところを彷徨っていた。
少し古びた喫茶店を見つけ、ここは叶愛ちゃんが好きそうだな、と吸い寄せられるように中に入る。外で結構汗をかいてしまったから、涼しい室内は少し冷える。夏真っ盛りだけど、ホットミルクを頼むことにしよう。
店には女の人が4人くらいとおじいさん、青年が一人ずつ。この雰囲気だったら叶愛ちゃんを誘ってまた来てもいいかな、と二人で来ることを想像して幸せな気持ちになる。
別のお客さんが来たようで扉が開いた。何だかキラキラした感じで、すごく覚えのある感じの子だ。
……あれ?叶愛ちゃんだ……
不思議な偶然もあるんだね、と叶愛ちゃんに声をかけようとしたが、先に声をかけたのは向こうだった。
私じゃない、別の人に。
「ごめーん!遅れちった♪」
「誘っといてよく遅れられるもんだな?」
「アイドルは忙しいものだよ、瑛人クン?」
「の割に、最近よく出かける用事があるよな」
「そりゃあね!可愛いコと出かけるのはいいものだよ?」
「素直に羨ましいわ」
「んー?こぉんな美少女アイドルと二人きりでいながら羨ましいってか、このっ!」
「見た目だけアピールされてもな」
「なにお〜っ!」
私の頭はとんでもなく混乱している。
何でこんなところに叶愛ちゃんが?あの男は誰?どうして私と頻繁に出かけていることを知ってるの?あんなに親しげなの?
――どうして叶愛ちゃんは、出会った瞬間からずっと目尻を下げているの?
考えることは色々あるが、これ以上あの二人の会話を聞いていると私がどうなってしまうか分からない。まだ熱いホットミルクを残したまま、硬直した身体を奮い立たせてすぐにレジに向かい、足早に店を後にした。
家に帰るまでのことは、全く覚えていない。唯一覚えているのは、完全に気を許している叶愛ちゃんの表情と、「エイト」という男の名前のみだ。状況から察するに、彼がよく聞く「エイちゃん」なのだろう。
…男の子だとは思いたくなかったが、実際に確認してしまったのだからもう仕方がない。
頭の中には、よくない想像ばかり浮かんでしまう。
あの二人は本当に幼なじみ?付き合っていて、一歩踏み越えた関係にいるのかも?そうじゃなくても、深い信頼関係があるのは間違いない。
嫌だ、それは絶対に認めたくない。
私の太陽を、そんな簡単に奪わないで。
──あの男がどんな人なのか、私の目で確かめなければならない。
そう決意し、私は叶愛ちゃんから貰ったピエロのマスコットと向き合った。
私の本当の戦いは、ここから始まる。




