変わったね、アイツ
それからも熱心に推し続け、季節は夏真っ盛りになってしまった。マスカ(Ma-Squashの通称)はそれからも週に一度ほどコンスタントにライブを開催しており、必ず参加している。
しかし金銭的な事情が本当に良くない。このままだと破滅してしまう。なりふり構っていられなくなったな…
「国﨑くん、最近よくシフト入ってくれるねぇ!助かるけど、何かあったの?」
退勤後、事務所にてバイト先のリーダーからそんな声をかけられる。
「ちょっと金が入り用になりましてね、今までより頑張らなくちゃいけなくなったんです」
「ほぉ〜?今まではたるんでるヤツだと思ってたが、最近は顔つきも良くなって、頼もしく見えるようになったが、もしかして“コレ”か?」
リーダーは小指を立て、ニヤつきながら突き出す。
「そういうのじゃないですよ。ただ、やるべきことのために動いてるだけです」
「まぁ沢山入ってくれるのはこっちとしても嬉しいから、もう何も言わねぇがな」
とにかく進むだけだ。
「おーい国﨑!今日オールでスポッチャやるんだけど、国﨑も行くか?人は多いほうが良いからさ〜」
大学の講義終了後、帰宅しようとした時に友人から声をかけられる。名前は確か、西…
「悪い西中島、今日は家の用事で早めに帰らなきゃいけなくて、すまん」
「俺は西村だ!そんな間違えやすい名前じゃなくないかー?」
悪い悪い、と軽く手を挙げ足早に教室を後にする。
灼熱の日差しが照りつける中、マスカットの刺繍があしらわれた帽子を深く被り駅へ急ぐ。
教室でたむろする男たちは窓からその様子を見ながら不思議そうに、
「あいつ、2年になってから急に付き合い悪くなったよな?」
「元々そんなに積極的なやつでもなかったけどなぁ〜、すぐ教室から消えるのは気になるな」
「この前もジュース大量配布してたよな、意外に旨かったけど」
「闇バイトとか始めたか?」
「本学初の逮捕者出るか」
「ま、とりあえず他これそうなやつ探すか〜」
周りが好き勝手話す中、愛想笑いを浮かべながら考え事をする男が一人。
(あの帽子… まさか、マスカの…?)
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あたしは髙橋叶愛。ノリでアイドルになっちゃったけど、それなりに楽しくアイ活やれていると思う。
昔っから人に注目されるのは慣れてるし、あたしが何かをするとみんなが盛り上がってくれるのは、普通に楽しい。
ちょっと不安だったのは、男の人と上手くコミュニケーションが取れるかな?ってところかな〜
いっつもあたしの周りには女の子がいっぱいで、まともに話してたのは瑛ちゃんくらい。握手会とか、チェキ会とか上手におしゃべりできるかな?ってちょっと思ってた。
「仕事だ!」って『鹿目 夢愛』を演じちゃえば、意外とできるもんだね。回数こなすと慣れてくるし、過激そうなヒトはシゴデキのマネジが察して即対応してくれてるみたい。
メンバーにもファンにも、スタッフにも恵まれててあたしは幸せ者ですなぁ〜
そうそう、過激って言えば最近ものすごい熱量の高いファンが来てるらしい。私たちに、じゃなくて湊音ちゃんになんだけど…
あたしのファンは広く浅くって感じで、女の子も意外と来てくれるんだけど、湊音ちゃんは結構しっとり?したファンがいるみたい。この前のライブの青一色のフラスタもそうらしい、あんなおっきいフラスタは今まで見たことがない。
さらにその人は、チェキ券を毎回買い占めてはチェキ、握手会に一切参加しないらしい。湊音ちゃん本人も気にしているみたいで、「ちょっと不気味で怖いかな…」って感じらしい。
瑛ちゃんなら何か知ってるかもしれないし、電話して聞いてみよっかな、客席でよく顔見るし。現場であたしのとこに一切顔を出さないのは気に食わないけど!
「──もしもし瑛ちゃん? ちょっと聞きたいんだけどさ、うちの現場に毎回、湊音ちゃんのチェキ券を全部買い占めて、すぐ帰宅する不気味なオタクがいるらしいんだけど。瑛ちゃん、何か知らない?」
『……さあな。他のファンの顔なんて、俺にはよくわからないな』
「えっとね、その人は席の隅っこあたりにいて、そそくさと会場から消えてるらしくてさ──」
『……』
「そういえば、瑛ちゃんもその辺りにいたよね……何か、知ってるの?」
『それ、俺のことだな』
「お前かぁぁぁぁぁい!!」
犯 人 発 見 。
そそくさ帰ってるのはそういうことか!道理で一切顔見せないと思った!
「現場に毎回いるのはそういうことだったのか…」
『気づいてたのか』
「そりゃ数十人しかいなかったら気づくよ!えぇ〜こんな身内に厄介ファン抱えちゃったんだけど…!」
ん?そう考えると不思議なことは結構あるぞ?
「というか瑛ちゃん、そんなお金あるの?」
『バイト増やした。あと貯金崩してる』
「え!?貯金って“将来のため”って置いてたアレを!?」
『今使うしかないって判断した、だからこれは投資だ』
「アホかぁい!!!」
一応搾取している側ではあるけど、さすがに心配になる。
「そもそも瑛ちゃんがアイドルオタク?イメージないなぁ〜、どうしてそうなったって感じなんだけど」
『俺だってこうなるとは思わなかった。でも、俺は“運命”だと信じたから、やるしかないと思ったんだ』
「うわキモ」
『ナチュラルに傷つくからやめい』
しかしこれは大問題だ。もしこれが湊音ちゃんに知られたら、大変なことになるかもしれない。
「…あのね、瑛ちゃん。しっかり聞いてほしいんだけど」
『なんだ、急に改まって』
「瑛ちゃんが【銀河の果て】だってことは、湊音ちゃんにはバレない方がいいと思うの」
『どうしてだ?』
「湊音ちゃん、とっても繊細な子なの。危なっかしい子、って言ったほうがいいかもしれない。
謎のファンがいる、って湊音ちゃんも不気味に思ってたから、それが私の身近な人って知ったら、もしかしたら不安になってアイドル辞めちゃうかもしれなくて」
『それはダメだ!!!!!!』
「声デカっ!」
びっくりしてあたしはスピーカーの音を下げる。そんなにファンなんだな、と思うとちょびっとだけ寂しくなる。
「それが嫌だったら、絶対に隠し通して。もし何かの拍子に会うことがあっても、あたしの友達で通すこと!」
『大丈夫だ。きっと会うことはないだろうし、影のオタクとして俺は湊音ちゃんの成長を見届けるだけだから、心配するようなことにはならないはずだけどな』
「そう?それならいーんだけどね。あとキモさが増してる」
『自覚はある』
そして他にも近況を少し喋り合い、電話を切る。まぁ大したことにはならないと思うけどね〜
この時、あたしも瑛ちゃんも気づいていなかった。
まさかこの時の決め事が、後々大変な事態を引き起こす事に――。




