焦がれ焦がされ
掠れた声。
震えた姿。
決意に満ちた表情。
どれを取っても、忘れることは出来なかった。
正直、パフォーマンス自体は特に強い印象はない。踊りも、歌も、心を惹きつけられるような何かはなかった。
それで言うと、きっと叶愛の方が良かったんだろう。他3人は申し訳ないがほとんど覚えていない、緑と赤とピンク色だなとしか思わなかった。
でも、あの瞬間。
星が、降った気がしたんだ。
「瑛ちゃーん」
「なんだよ」
「どうだったよ?あたしのライブは」
「お前一人のライブじゃないだろ」
翌日、叶愛から呼び出されていつものカフェへ。
昨日の今日で、よくそんな元気があるものだ。
叶愛はいつものようにホットミルクを少し啜り、足をバタつかせながらこちらの様子を伺う。
「揚げ足取りは良くて!ちゃんと見てたの?」
「ああ、見てた見てた」
「じゃあ、どこが良かったのか言ってみなさいな」
「どこが…?」
叶愛は呆れたように大きくため息をつく。
「ほぅら、やっぱり見てない!分かってたよ、アンタがそーいうアイドル系に興味がないのは」
「そうでもないぞ。今回のでかなり興味は出た」
「おっ?私のミリョクにトリコになっちゃったかな?」
「ハイハイ、ソーデスヨ」
俺は適当にあしらい、叶愛もいつも通り返す。
いつもの日常だ。
だが…
「…ねぇ、瑛ちゃん」
「なんだ?」
「やっぱり…いつもと違うよ?」
「…そうか?」
「そーだよ。時々窓の外をチラチラ見てるし、全然飲み物に手を付けてないし、あたしとのトークもいつものキレがない」
「よく見てるんだな、俺のことを」
「そりゃ、幼稚園ぐらいからの付き合いだし。で?ホントは何があったのよ。昨日もライブ終わった後待っててくれるって聞いてたのにすぐいなくなったみたいだし」
「何でだろうな、非日常を経験して疲れてるのかもしれないな」
嘘は言ってない。
「ふーん?まぁ元気になるならいいけど。で?あたしに対する感想がまだ聞けてないけど?」
「目立ってたな」
「どのくらい?」
「あの場で一番」
「適当抜かさないでよ(笑)」
「大マジだぞ、多分観客のほとんどカナに目を奪われてたんじゃないか?」
「アンタはどーなのよ?」
「普通くらい」
「じゃあ他のメンバー?ユナちゃん、けーちゃん、なぎちゃん…」
「湊音ちゃんとか?」
心臓が音を立てて跳ねた気がした。
表情は変わっていない……はずだ。
「ふぅ〜ん?ま、それなりに楽しめたってんなら、良かったんじゃない?」
「まぁ、そうだな。誘ってくれてありがとな」
話をそこそこに切り上げて、全く手を付けていないアイスコーヒーを一気飲みし、先にレジで2人分の金額を払う。
「あ、ちょっと!私にも払わせろー!」
「ライブお疲れ様分だ。受け取れ」
「それじゃ少なすぎー!」
ステージの星川湊音を追い求めるために、やらなければならないことはこれからたくさんある。そのためならいくらでも投資は惜しまないつもりだ。
それからは貯蓄した金をMa-Squash、もとい湊音に費やす日々が始まった。
世間には「CDを100枚買いました!」とドヤ顔をキメる界隈が一定数存在するようだが、デビューしたばかりのMa-SquashにはCDが存在しない。
公式グッズはせいぜいがタオル、Tシャツ程度。そんなものは最初の現場でコンプリートしてしまった。「マスカット味スカッシュ」というグッズ(?)もあったが、全て買い占めて学内やバイト先に無料配布した。
それでも溢れんばかりのこの信仰心を、俺はどこにぶつければいい?
──答えは、個人への投資である。
「星川湊音のチェキ券、上限30枚」
「はい30枚ですね〜、ありがとござま〜す」
スタッフが既に慣れた手つきで、俺に3万円分の紙切れを差し出す。
これで湊音のチェキ券はすべて俺の手で完売する。
周囲の同志たちが「おい、湊音のチェキ全部買い占めオタクが現れたぞ……!」「ここの風物詩、出たな」とざわつき始める。
俺はそのまま、会場の出口に向かって歩き出す。
「今日もチェキは宜しいっすか〜?」
「はい、結構です」
スタッフの目の前で、俺はたった今3万円で買ったチェキ券を、カバンの中にそっと仕舞いこむ。
俺のような傍観者が、あのステージ上に降臨する神と、舞台を降りて「2ショット」を撮るだと?
そんなものは、湊音に対する冒涜以外の何物でもない。接触し、ましてや一緒に写真を撮るなど世間が許しても、俺がどうしても許容できない。
俺の義務は、彼女の売上に貢献し、彼女の立つステージをこの目で見届けること、ただそれだけだ。
(※なお、この奇行のせいで、楽屋では「私の券をすべて買い占めるのに、全く会いに来てくれない都市伝説の狂いオタクがいる」と湊音が恐怖に震えているようである)
だが、俺の投資はそれだけに留まらない。
――1月後、節目の定期ライブ。
会場の入り口には、キャパ200人の地下の劇場にはおおよそ不釣り合いである、ドデカいフラスタが鎮座していた。
青い薔薇と、無数の星をあしらった、宇宙空間を模したような特注のフラスタ。
宛名には『星川湊音様へ』、そして贈り主にはいつもの俺のアカウント名。
【『銀河の果て』より 】
個人名義で十数万のフラスタをぶち込むもはや不審人物、会場入りしたメンバーや運営が「『銀河の果て』、一体何者だ……!?」と戦れ慄いているのだろうか。まぁそんなことはどうでもいいのだが。
これ以上近づくことも、近づかれることもない。
俺はただ、星川湊音が星となれるように、陰ながら支えるだけだ。
狂人になってしまいました




