第141話 作戦会議 #1
エルスウェンたち、黒燿の剣士の討伐隊は、王宮へと集まっていた。
通された場所は、会議室だ。大きな円卓の周りに、全員が立っている。
前回の報告会にいた人は、ほぼ揃っていた。
いないのは、女王陛下だけだ。アミディエルも、ドゥエルメも、シャルロッテも、シャーロットも揃っている。
女王がいないことをエルスウェンは意外に思ったが、これから始まるのは本当の作戦会議だ。邪魔をしないよう、配慮をしたのだろう。
「では、作戦の立案を始めますが……その前に、前回のベルハルト殿の探索行のおさらいをしておきたいと思います」
アミディエルは円卓の上に置かれた迷宮の地図に、色のついた石を置いた。
ベルハルトたちの探索行を全員で揃って振り返るのが、実は今日が初めてである。
エルスウェン自身は、ラークからその恐ろしい詳細を聞いてはいた。
もちろん、エルスウェン以外も、当事者たちから個人的には聞いているはずだ。
だが、全員で話し合いの場を持ってはいない。
全員であの探索行で起きたことの確認を遅らせたのは、理由があった。
あの全滅劇が、尋常でないものだったからだ。
特に死を経験したベルハルト、ファルク、アガサへの配慮であるが、ああいった恐怖を体験したあとは、少なくとも数日間はそれに触れないことが推奨されている。
身体だけでなく、心にも傷はつくからだ。
悪夢の醒めやらぬうちにそれを再び掘り返すようなことは、慎まなければならない。さもなければ、恐怖に取りつかれて探索者を続けられなくなってしまう。
これは、探索者たちの不文律のひとつだ。
だからザングが亡くなった時も、その詳細を訊くことは葬儀の後まで待たれていたのだった。
「ラーク殿の報告を受け、検討を繰り返しましたが……間違いなく、罠が張られていたと見ていいでしょう」
アミディエルは迷宮入口の石を、すっと動かす。第一階層最初の直線通路を進ませていき、丁字路の手前で止める。
「丁字路には、小鬼が二匹。これをラーク殿が、弓で気づかれずに仕留めた」
それからまた、石を動かしていく。丁字路を右へ。
「ベルハルト殿たちは、右折し、そのまま順路通りに進んでいきます。しばらく進んで左に通路が折れ、もう少し進んで、大きな空間に出ます」
第一階層の目玉である、王都の中央広場ほどの広さのある広大な空間だ。いくつも玄室があり、普段なら小鬼などが巡回していて、さながら魔物の街のような場所である。とても広いので、エルスウェンの生命探知魔法でも、すべてをカバーしきれない。四方の警戒を余儀なくされ、第一階層ではあるが、少々緊張する場所である。
「本来であれば広場の北に階段がありますが。ベルハルト殿たちは左から大きく迂回し、第一階層の深部を目指します。そして、左手の壁沿いに南下して……」
アミディエルは石を止めた。
「ラーク殿が、異変に気づいた、と。それは、ここまで、迷宮内にまったく魔物がいなかった、ということですね。入口の小鬼以外には」
「うん、そうだった」
ラークはすんなりと頷く。
「だから、おかしいと思ったんだ。一応、狩人なんてやっているからね。罠だっていう直感があった。ベルハルト君たちに訊いても、おかしいと言うし。決まりだと思ったね」
ベルハルトは、無精髭を剃ってつるつるになった顎を撫でながら、頷いた。
「思い出すのも、イヤな感じの空気だった。全く魔物がいないだだっ広い迷宮を、ひとつのパーティだけで歩いてみろよ。発狂しちまうぜ」
冗談めかしているが、声音は心底うんざりしたという調子を隠せていない。
それに、カレンも頷いた。
「当初の予定では、第三階層までしらみつぶしにしていく予定だったけど、とてももたなかったわね、あれじゃあ……。キャンプもできない、警戒を切れない、そんな探索、とてもじゃないけど無理よ」
それに、アミディエルが頷く。彼は、話を先へ進めた。
「ベルハルト殿のパーティは、ラーク殿の進言を受けて、一旦の撤退を選択した。そして、アガサ殿が帰還の巻物を使用したとき……黒燿の剣士が、背後に現れた」
エルスウェンは、小さく首を振った。
信じられないことだった。まさかそんなことをしてくるとは、ラークの話を聞いた時には背筋が凍るような思いだった。
ラークは、あっけらかんとした調子のまま、アガサに言った。
「あれは驚いたな。アガサを守ろうと腕を引いたんだけどね、遅かった。ごめんよ、君だけは守り切らないといけなかったのに、いきなり殺させてしまって」
「いえ……。仕方がないことだと思いますから……」
あまり思い出したくはないのか、アガサの声は殊更に小さかった。
次にラークは、アミディエルに訊いた。
「どういう理屈が考えられるんだい? ぼくは、あの剣士を操っているヤツが、転移の魔法を使って直接ここへ飛ばしてきたか、あるいはこっちが帰還の魔法を使おうとすると転移をするように仕込んでいたかの、どちらかだと思ったんだけど」
「私も、そのどちらかだろうと思います。が……どちらにせよ、恐ろしいことは変わりありませんし、そんなことができるとしたら、注意のしようもありません」
「どうしようもねえわけか?」
マイルズが問うと、アミディエルは頷いた。
「無理ですね。転移を妨害する方法がないかと探しましたが……。探索者のみなさんが扱う、迷宮内でのキャンプをするために使用する、結界――あれは、ある程度の魔法であれば防ぐことができますが。卓越した魔法の力を持つであろう魔族の転移魔法まで、弾けるのかどうか……。ひとまず、黒燿の剣士の主は、好きな時に、好きな場所へそれを送り込めると考えなくてはなりませんね」
「めちゃくちゃだな……。結局、この決戦も、奇襲されるかどうかががカギか……」
ベルハルトが頭を掻きながら、ひとりごとのように言う。
アミディエルはしばし瞑目した後、口を開いた。
「……黒燿の剣士はベルハルト殿たちのパーティの元へと転移してきた後、さらに弓矢で武装させた小鬼の群れを転移させてきました。黒燿の剣士に加えて、さらに数で押し包み……確実に殺そうとしてきたわけです」
それもまた、信じられないような戦術だ。黒燿の剣士の主は必勝の態勢を整えて、討伐隊を待ち受けていた、ということになる。
確実にベルハルトたちのパーティを殺そうとしていた。
その狙いについて想像を働かせると、凄まじい厭悪の気持ちが湧き上がってくる。
エルスウェンが顔をしかめていると、アミディエルがまとめた。
「ひとまず、ベルハルト殿のパーティの探索から分かったことをまとめます。黒燿の剣士の主は、黒燿の剣士を迷宮内のどこにでも転移させられる、ということ。探索者の行動パターンをある程度把握した上で罠を張っている、ということ。そして、探索者を容赦なく殺すつもりである、ということですね」
と、そこでフラウムが言った。
「なー、もはや迷宮で戦う意味ってあるの? いっそのこと結界を解除してさぁ、地上まで引っ張り出して戦えばいいじゃん。全員で遠慮なく戦えるし」




