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薄明の魔法使い #0 竜骸迷宮と黒燿の剣士  作者: 式見 汀花
Ⅳ 決戦 黒燿の剣士

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第139話 小休止 #1

「――邪悪なる鉄鎖の縛めから逃れ、自然の元へと還らん!」


 呪文の末尾を、キャリスと共に結ぶ。


 エルスウェン、キャリスの指し示した場所へ、光の円が現れる。と、激しい風が吹き上がり、強く眩く輝いた。


 ――成功した。


 外法の解呪魔法、その双調魔法の成功に、内心では笑みつつ、エルスウェンは気を引き締めた。


 成功率はほぼ百パーセントに達している。十分に実用に堪えるだけの確率を担保することはできた、という自負はあった。


 横で額に汗を浮かべているキャリスが、エルスウェンを見て感心した声をあげる。


「素晴らしいです。まさか、ほんの数日でここまで完璧に身につけるとは……思っていなかったわけではありませんが。驚嘆に値しますよ」


「ありがとうございます」


 魔法の光が収まってから、エルスウェンはキャリスに言った。


 褒められるほどではない、と自分では思っていた。


 なにしろ懸かっているものが違う。生半可な努力では許されない。父を解放することと、仲間の命が懸かっているのだから。そして、最高の魔法使いに育てられたという自負心もある。その中で、つまずくわけにはいかなかった。


 なので舞い上がるのはほどほどに、むしろ感謝の気持ちを込めて、エルスウェンは答えた。


「そろそろ、休憩しましょうか。キャリスは、ずっと僕に付き合ってくれて……疲れたでしょう? もうそろそろ、お昼ごはんの時間でしょうし。お疲れさまでした」


 今は、報告会の翌日だ。時刻はもう、正午を過ぎている。


 エルスウェンは朝からみっちりと、キャリスとマンツーマンで解呪の双調魔法を練習していた。休みなしで、何時間繰り返しただろうか。


 エルスウェン自身の魔力は無限のため、魔法を使用しての疲労はない。精神的な疲労はあるが、まだまだ続けられる。


 キャリスは、提案を聞いてふう、と息をついた。


「私から音を上げるわけにはいかないので黙っていましたが。そろそろ倒れそうでしたよ。無制限の魔力を持つ術者のトレーニングに付き合うのが、これほど大変だと思いませんでした。君が、その若さで卓越した魔法使いである理由が、よく分かりましたよ」


 言って、キャリスは草の上に腰を下ろす。


 エルスウェンも、それに倣った。


 双調魔法のトレーニングをしているのは、生家の前だ。解呪魔法は危険なものではないため、動物を驚かすこともない。使い始めのうちは驚いて遠巻きになっていたが、数日も経つと慣れて、動物たちは魔法の範囲であろうと平気で草を食んだり、昼寝をするようになった。


 解呪魔法の効果範囲を、ぴょんと鹿が横切ったりする。狼の子供が、兄弟と追いかけっこをしたりもする。


 そしてそれは期せずして、不測の事態が起きようと魔法のイメージ、詠唱のタイミングを外さないという、重要なトレーニングにもなっていた。


 のんびりと家の周りにたむろする動物たちを眺めながら、エルスウェンは言った。


「魔力が無限にあるおかげで、一日中練習をしてましたから。……自発的に魔法の練習をできるようになるのは十歳を過ぎてからで、もっと小さい時は、ひたすら母に言われるがまま、しごかれていただけなんですけど」


「そうですか。私も父にはしごかれましたが、君ほどではなかったんでしょうね。儀式に参加できるようになるためには、魔力を多く持っていないといけません。だから、子供の頃から、父にひたすら追い込まれたんです」


「魔力の量を増やす鍛練って、どんなものなんです?」


「筋肉の持久力を上げるのと同じですよ。魔力は筋肉と違って故障しませんから、もっとたちが悪いかもしれませんね。ひたすら魔力を使い、失神して倒れたら止める。それを毎日、繰り返すのです」


「……大変そうですね」


「大変ですよ。大変なんてものじゃないくらいには大変な鍛練でした。ですが、その鍛練のおかげで、ひとりで回復と攻撃を担当しつつ、迷宮へ潜れています」


 一流の魔法使いは、魔力量も多いが。キャリスは特に並外れた魔力を持っていると言っていい魔法使いだ。


 ロイドのパーティを、たったひとりの魔法使いとして支えている。それは一流の魔法使いと表現するだけでは、生易しすぎるだろう。


 今まで、ロイドのパーティにいる、すごく優秀な魔法使いというおぼろげな印象しかキャリスには持っていなかったが。こうして共に時間を過ごすことで、この魔法使いの本当の力というものがどれほど凄まじいか、エルスウェンにもようやく分かってきていた。


 考えてみれば、ロイドのパーティは、かなり変則的である。


 ザング、ファルクが前衛で、ロイドも前衛を担当している。純粋な後衛にあたるのは、キャリスのひとりだけだ。


 今回の討伐も、キャリスがいなければ成り立たない。


 そう考えていると、声をかけられた。


「エルス、どうしましたか?」


「いえ。キャリスがいてくれて助かったな、と思って」


「私が?」


「ええ。キャリスがいなければ、解呪の魔法は使えなくて……お手上げでした」


「そうでしょうか。別に、私が、ということでもないでしょう。今回の討伐にあたる探索者の、誰が欠けても黒燿の剣士は討伐できないと思います」


「それはそうなんですけど。でも、双調魔法を教えるのも上手いし。ラティアもフラウムもカレンもシャーロットも、未識別の解呪ができるようになりましたし。やっぱり、キャリスがいないと成り立ってないですよ」


「はは……。あまり、そんなふうに褒められたことがないので。照れますね」


 冗談めかして眼鏡を直すキャリスだが、本当に照れているようだった。


 普段は黒子に徹している魔法使いだが、黒子に徹することができるということこそ、真の実力者ということなのだと思う。


 と、キャリスは流れを変えたいのか、質問をしてきた。


「エルスは、攻撃魔法を覚えないのですか? 君が攻撃魔法を覚えれば、よりパーティの負担が減ると思うのですが」


「ああ、攻撃魔法……」


 言われたことを、口の中で繰り返して、エルスウェンは曖昧に頷いた。


「あまり得意じゃないんです。その……物を壊したり、なにかを殺傷するようなことをイメージするのが」


「そうですか。エルスは、優しい性格をしていますからね」


 その説明だけで、大抵の人は納得をしてくれる。キャリスも同じだった。


 探索者を目指しておいて情けないが、性分というものはどうしようもない。


「母は教えようとしていたんです。古代の破壊魔法を、僕に」


「そうなんですか?」


「はい。でも……あまり上手くイメージできなくて。使いこなせなかったんです。その分、補助の魔法や回復の魔法、生命探知の魔法をより高精度に使いこなせるように練習をして……それで、今に至る、っていう感じなんです」


 そこで言葉を切って、考える。迷ってから、言い直した。


「母は、いつでも教えるから必要になったら習いに来なさい、と言いました。でも……まだ、そういう気分にはなれないですね」



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