第138話 決戦に向けて #3
「プレゼント?」
「ああ。あんたへの、とっておきだ」
ベルハルトは、取っ手のついた、大きな四角のケースを足元から引っ張り出すと、テーブルへと置いてみせた。
彼はまあ見てみろ、と言ってケースを開ける。
それに入っていたのは、見たこともないほど無骨な弓であった。
くすんだ鋼色をしたそれは、さながら怪物の骨格を取り出してきたかのような印象を与えてくる。何枚も鋼を貼り合わせて補強がしてあり、所々がへこんでいた。
ベルハルトは言った。
「俺たちのパーティの前衛だった、バドルの遺品だ。あいつが愛用していた弓だよ。俺が遺品として、引き取っていたのさ。バドルのことは、迷宮内で話したろう?」
「ああ。聞いているとも」
「俺の部屋で埃を被らしとくのは勿体ない。あんたなら、使いこなせないかと思ってな。ほら、前の戦いで、ヤツに弓を壊されたんだろう? 代わりが必要なら、こいつを使ってみるのはどうだ?」
「ああ、ありがたい。代わりが必要ではあったんだよ。手に取って見ても?」
「おう、ぜひ、そうしてくれ」
ラークはいつも笑顔だが、今はその笑みを噛み殺したような顔になっている。目の前に現れた素晴らしい弓を取る興奮を、必死で抑えているのだろう。
厳かとも思える動作で、彼はバドルの弓をケースから取り出した。
そして、構える。
「……素晴らしい」
ラークは、吐息混じりにこぼした。
エルスウェンも、バドルの弓を構えるラークを見て、ぞくりとしたものを感じた。
ベルハルトたちに同行した時は、なんの変哲もない木の弓だったが。
しっかりとした弓を持ったラークは、まさに、無敵の弓士に見えた。
いや、しっかりした弓、どころの話ではない。鍛冶を極めるべく存在する地人が、自身の迷宮探索の友にすべく作り上げた弓だ。最高の武器と言っていいだろう。
「バランスもいいね。早く弦を張って試してみたいな。この弓さえあれば、四射も必要ない」
ラークはエルスウェンを見て、にやりと笑った。
「四射必殺じゃなくて、一射必殺を追及してみるかな」
どんな生き物でも、四射あれば必ず殺せる。
そう豪語する弓矢の達人であるラークが、この弓であれば一射で必ず殺せると言っている。これほど、頼もしい話はない。
それから、今度はジェイへ言った。
「なあ、リベンジマッチしてみないか? 今度は当てられそうだぜ」
「遠慮しておこう。そんなものを持ち出されては、さすがに避けられんだろう」
ジェイはあっさりと白旗を揚げた。彼をして、この弓から放たれる矢を、余裕で回避できるとは言えないのだ。
ラークはおもちゃを手にした子供のような笑顔だった。もう、笑顔を殺しておくことはやめたらしい。
「すぐにガルドのところを訪ねないとな。ぼくのものとして調整してしまっていいんだろう?」
「おう。好きに使ってくれ。みんなも、それでいいだろう?」
ベルハルトに言われたカレン、アガサが頷く。
「バドルも浮かばれるわ。でも、そんな弓、あなたの細腕で引けるの?」
カレンの質問に、ラークは頷いた。
「弓は腕だけで引くものではないのさ。力じゃない。《《ここ》》で引くんだ」
彼は胸をとんとん、と指で叩く。
「心と姿勢、気、技、最後に力――これが一致することで、必中の矢が生まれるんだよ。当てようとするんじゃない。正しく弓を引くことができれば、それは必ず当たるのさ」
その説明は、かつてジェイがしてくれた呼吸の説明にも似ていたが。
聞いていたマイルズが、ハッと息をこぼした。
「考えてみればお前が弓矢を撃つところは一度も見てなかったが。とんでもねえ使い手だってことはよく分かったぜ」
そのマイルズの言葉にも、含蓄があった。そう言えるだけの修練を、この数日間で積み上げ、なにかを掴むことができたのだろう。
彼は続けた。
「調整が終わったら、訓練所に寄れよ。どれほどのものかを見てみてえ」
「ああ、もちろんだ。このところヒマだったから、ぼくも自分の腕を思い切りひけらかしたい気分でね」
ラークは頷いて、弓をケースへ戻した。閉じて、足元へケースを置く。
それから、ラティアが場を見回して、言った。
「では、他に用がある者は? ないか?」
「あ、あの」
おずおずと進言したのは、シャルロッテだった。
彼女は、母――女王へ言う。
「あの、お母さま。私ももうしばらく、シャーロットと一緒に……その、エルスさんのお家へお邪魔していたいのですが……」
それに、女王は笑みを湛えて頷いた。
「ああ、もちろん、構わぬよ。そちらは楽しいか?」
「は、はい」
「なら、よい。エルスウェン、聞いての通りだ。不肖の娘たちではあるが、面倒を見てやってくれ。そちらの母君にも、よろしく言っておいてくれるか」
「は、はあ」
困って頷いていると、女王はさらにもう一言を付け足した。
「ついでに、前に話したことも、検討し直しておいてくれるとありがたい」
「いやっ、それは……」
エルスウェンは、顔が赤くなるのを感じた。それを見てか、女王は面白そうに肩を揺らしている。
「前に話したことってなんだよー?」
横からフラウムが聞いてくる。
「い、いや。別に……大したことじゃないよ」
ロクな方便も思いつかず、首を振って必死にごまかす。と、シャルロッテが女王に訊いているのが見えた。
「お母さま……なにをエルスさんにおっしゃったんです?」
「さあなぁ。本人に訊いてみればよかろう」
女王は素知らぬ顔でとぼけている。こちらへ丸投げする気だ。
勘弁してくれ、と内心で叫ぶ。
が、こちらの反応も合わせて女王は面白がっている。
「なに言われたんだよー?」
「なにを言われたんですか?」
シャルロッテまで加わって、ふたりで左右から詰問をしてくる。
「わ、分かった。討伐が、討伐が終わったら言うから。今は討伐に集中しようよ」
それで、ふたりは納得してくれたようだった。
ひとまず息をつくが、滅亡を先延ばしにしただけのような気がする。
そもそも、さらりと話してしまっていいような気もするが、自分は一体、なんでこんなにも慌てているのだろうか。
ともかく、報告会はこれで終わりになった。
エルスウェンは弓の調整をしたいというラークに付き添って、ガルドの店へと向かうことにした。
マイルズたちは前衛全員での稽古へ戻り、キャリスたちは、一足先にエルスウェンの家へと向かう。
ドゥエルメはマイルズたちと同道し、アミディエルは、王宮で少しでも討伐の助けになりそうな情報を探し続けるという。
女王は、ねぎらいの言葉をひとりひとりにかけてくれた。
戦いは、近い。
ラークと街を歩きながら、エルスウェンはそれを実感していた。




