器
グレイを貫く鋭利な棘からは鮮血が滴る。
シルバはその姿を見て絶句する。
トウキ「…うあああああ!グレイィィィ!」
トウキは咄嗟に掴んだ斬鮫にマナを注ぐ。取り乱した心から放たれた水刃斬は粗く研ぎ澄まされていない状態であったが、何度も叩き当てることでようやく棘を切り落とし、グレイを救出することが出来た。
トウキ「…グレイ!腹に刺さったコレも今抜くから…」
シルバ「待って!今ソレを抜いたら大量に出血するかもしれないわ!」
トウキ「!!」
グレイ「す…すまない。」
傷を負ったグレイはトウキを見上げて弱々しく声を発する。
トウキ「らしくない事言わないでよ…!仲間なんだし、助け合うのは当然でしょ?今度は僕の番さ!」
グレイ「(仲間…。でも…俺は…)」
トウキは斬鮫に語りかける。
斬鮫「…身体中が痛いぜ。ったく、随分雑に使ってくれたじゃねぇか!」
トウキ「ごめん…。」
斬鮫「けッ…ったく自分のマナすらまともにコントロールできねぇんじゃ“物”と変わらねぇぞ!?」
トウキ「物…。ケツァルも言ってたけど、僕のこの体は、本当に僕の物なのかな…?」
斬鮫「…。考えるのは後にしろ。まずはアイツをどうにかしねぇと…!」
斬鮫の一声で我に返ったトウキの目の前には、穴から這い上がってくる異形の姿があった。それは幾重にも重なる死体の山が不気味に蠢き、1つの生命体と化していたのだ。
カオスは以前、地下で生贄になった者たちの血液を使い呪いを込めた酒…血酒を作っていた。それを龍脈に直接流し込み汚染する事で、自身に都合の良いエネルギーへと変えていたのだ。
窮地を察したカオスはその龍脈が満ちる場へ飛び込み、エネルギーそのものと同化。死体の山を仮初の体へ再構築したのだ。
トウキ「セイリュウ!…力を貸して…セイリュウ!返事をしてくれ!!」
シンの退魔の舞を受けてからトウキの胸元に刻まれた刻印に異変が起こっていた。×字で覆われたセイリュウの刻印はまるで封印されたようになってしまい、不運にもセイリュウとの対話を果たせなくなってしまったのだ。
トウキ「こうなったら…またあの姿に…。セイリュウの氷が無いと暴走するかもしれないけど、今はこれに頼るしか…!」
斬鮫「待てよ。お前、俺を忘れちゃあいないか?」
トウキ「え?」
斬鮫「俺に考えがある。ここは一つ乗ってみないか?」
斬鮫と対話し、意を決したトウキは精神を集中させる。カオスに乗っ取られていた事もあってか既に気力、体力共に限界を迎えているトウキは、まるで死に急ぐように目を閉じたまま前へ行く。穴より這い出ながら膨張し続けるカオスの元へと。
シルバ「バカ!何をするつもり!?」
無数の棘がトウキに迫る
トウキ「…ウル・ヒョウガ」
トウキから放たれる冷気が無数の棘を凍らせ、剣で粉々に切り崩す。
シルバ「え…?このマナ、一体何なの?!氷!?こんな事って…!!?」
額から生えた角。そこから伸びる×字の文様が広がる氷の面の内で、トウキは気だるい表情を浮かべていた。
トウキ「…ったく、もういい加減、休ませてくれ…よ!」
『怠惰の氷』それはトウキと斬鮫に半分ずつ刻まれたセイリュウの力である。先刻トウキはこの力を扱えるようにセイリュウと盟約を交わした。
しかしシンの『退魔の舞』の影響で、“トウキ側”の力を封じられてしまったと瞬時に察した斬鮫は一か八かの賭けに出た。
盟約に割り込んだ斬鮫にも使うことができると考え、カオスがやったように斬鮫の魂自身をトウキという“器”の中にマナと共に流し込んだのだ。
そして今、トウキは斬鮫と意識を共有している状態になっている。
斬鮫「意思ある存在がマナと魂を交えて戦うことに何の違いがあるって言うんだ?!」
トウキ「僕も斬鮫も…同じ!?」
斬鮫「お前がヤツに取り込まれた時、正直俺はすごく怖かった…。今まで味わった持ち主を失う恐怖感なんか比にならねぇくらいにな。まるで俺の一部が無くなったって気持ちが俺の中に濁流みたいに流れて溢れて…!だからよぉ…、俺にも戦わせてくれ!!お前と一緒に!俺とお前で…!」
トウキ「…斬鮫!僕もあの時わかった気がする。僕にとって斬鮫は大切な僕の一部なんだって…。やろう!一緒に!」
剣を逆手に握り剣先を自身に向ける。そして胸の刻印に向かって突き刺した。
シルバ「な…!?今度は持ってる剣を自分で突き刺した?!さっきから何なの一体…?」
『限界突破!水随方円器!』
トウキは斬鮫と共に叫ぶ。それは人と剣が交わり1つになる瞬間でもあった。
ー水は方円の器に随う。
水はその器の形によって変わる。器の形が変われば水の形も変わる。それは心の内も同じである。魂が自身を象り、体はそれに呼応するように変化していくのだ。
剣先がトウキの胸に触れた瞬間、刀身は水のように変化し体に流れ込む。
やがてそれは全て体に取り込まれ、胸には柄だけが突き刺さっている状態になる。そしてトウキと斬鮫の声が交わりながら咆哮を上げると、両腕と背中からは鮫の背びれのような刃が生え始め、顔を覆う面の目元に鮫の鰓孔のような窪みが現われる。冷めた白い息を吐きながら前傾姿勢になるその姿はまるで怪物のようであった…。
シルバ「な…、何なのあの不気味な姿…!?武器だけが変化するだけじゃなくて、持ち主と1つになるアレも限界突破なの…?そんなの今まで見た事も聞いたこともない…。持ち主すら呑み込む人食いの剣。ノワールはこれを危惧してグレイに監視を命じて…?!」
トウキ「…戦う…一緒に…!」
トウキと斬鮫が1つの姿に変化し終えた頃、カオスもまた穴の中より這い出て恐ろしい姿を現した。
カオス「見テ慄ケ!神トヒトツニナッタ我ガ姿ヲ…!貴様達ノヨウナ半端ナ姿デハナク、死ヲ超越シタ…コノ姿ヲ…!」
斬鮫「諄い!黙って聞いてりゃ何が神だ!人を貪り食うお前はまるで…昔の俺みたいな…。ただのバケモンだ!」
シルバ「彼の体を介して別の声が聞こえる…これは…」
シン「…トウキの持つ…剣の…声…。」
意識を取り戻したシンは立ち上がりながら言う
グレイ「前にアイツの剣を手にした時に聞いた声だ…。間違いない。今、アイツの中には剣に宿っていた魂が入っている…!」
シルバから回復薬の詰められた小瓶を渡された2人は体力を回復させたが、トウキの背中をただただ見ていることしかできずに居た。
カオス「化ケ物…ハハハ!コノ俺ガ…?私が!?…ハハハ…ギャハハハハハ!…死ネ!死ンデクダサァァイ!」
トウキ達の眼前には再び無数の棘が迫る。
斬鮫「鮫喰・顎!」
周囲に漂う冷気と水のマナで構成された巨大なサメの顎が目前に迫った棘を噛み砕く。そして足からマナを噴出して目にも止まらぬ速さでカオスとの距離を詰めた。
「水刃斬!」
両腕に生えた刃に水のマナを纏わせカオスの一部分を抉るように切り裂く。
しかし今のカオスを構成しているモノは死んだ人間達の屍。それが幾重にも重なり、肉塊のように変質したモノである。一部が崩れたところで、カオス自身には致命的なダメージを与えることなど出来はしなかった。そして崩れた部分を埋めるように、付近の肉塊が蠢き、瞬く間に傷を修復してしまう。
カオス「我ハ膨レ、溢レル混沌。ニンゲン達ノ魂ダケデナク、“肉体ダッタ器”スラモ取リ込ミ、ヨリ強ク、完全ナ存在ヘト成ルノダ…」
トウキ「く…!だったら何度でも食い千切ってやる…。俺が…この手でェェェ!何度も…何度も!ヴゥゥゥ…。」
息を切らせ、険しい表情を浮かべながらトウキは言う。その目つきと口調は今までの彼とは異なっているようにも見える。
斬鮫「喰らい尽くしてやる…全てを…!」
そして斬鮫も呼応するかのようにかつてのように剥き出しとなった本能を抑えきれずにいるようだ。
やがてトウキの腕や背中から突出していた刃が膨張し、形を保つ事ができなくなっていく。
グレイ「おい、様子がおかしくないか…?」
シン「ああ。それにこの暴走している感じ、まるで最初の頃みたいな…。」
グレイ「だがあの時とは違う!初めて共に屍異奴と戦った時みたいに剣が勝手に動いているわけでもないぞ!?」
シルバ「モノと持ち手…。本来のプロセスはそれぞれに宿る魂同士が“認知”するところから始まり、持ち手による“熟練”を経て得られる“信頼”。そして“対話”した先にある“研鑽”、そこから得られる限界を超えたモノとヒトの“一体化”だったわよね?今のアレはそれを逸した状態に近いと思うわ…!このままじゃ武器と彼の魂が混ざり合ったただの怪物になるかも…!」
グレイ「な…!…だったら止めないとな…是が非でも!」
ふらつきながらも動けるようになった2人はシルバの元から離れ、トウキの元へ向かって行く
シルバ「ちょっと2人とも!今近づくのは危険よ!!」
グレイ「だとしても…詳しいことは知らん!でも強いて言うなら今止めないときっと後悔することになる!だから…!」
カオス「死ニ損ナイ共メ!イイ加減モウ消エロォォォ!」
グレイ「黙れゲテモノ!シン、さっきの舞をもう一度トウキにやってみてくれ!その間俺はコイツをブン殴る!」
シン「わ、わかった!」
グレイは限界突破を試みる。右手が握る銃はガントレットに変化し始めるが…
グレイ「痛ゥ…!くそ…!維持できない…」
先程受けた傷は完全に癒えておらず、激しい痛みが全身を襲う。トウキの元へ向かう足はやがて止まり、その場に蹲ってしまう。
カオスは膨れ上がる巨体の中心部分をまるで口のように変化させ、周囲のマナを吸収し始める。それは巨大になり続けるカオスの体を隠してしまうほど膨張し続けていた。
グレイ「…嘘…だろ…まさかアレをぶっ放つ気か…?」
シン「まずい!溜めたマナを一気に放出するつもりだ…。そうなればただじゃ済まない…!」
シンは一瞬悩んだ。
ー退魔の舞を行いトウキを助けるか、目の前の強大な敵に一撃を喰らわせるか…。
そして悟った。このままでは勝てないと。しかし足は止まらなかった。目の前で苦しむトウキへと一歩一歩、足元がおぼつかない中でも近づこうと走っていた。
ー遠い。そんなに離れていないはずなのになかなか近づけない。
視野が狭くなり頭がぼうっとする。疲労とマナ不足で意識が朦朧とし始める。このまま足を止めて目を閉じれば楽になれる。そう思う自分を抑え、息を切らして前へ進んでいく。
シン「(…わたしは…どうしたら…)」
シルバ「ったく!世話の焼ける子ね!」
シルバの声が聞こえた。巨人拘束弾でカオスのマナ充填を押さえ込もうとするも無数の棘が彼女を襲い、周囲に血が飛び散る。
グレイ「(…このままじゃ…。死ぬ!?死ぬのか…ここで…)」
一方グレイは傷口を抑え、目の前の圧倒的な力に戦意を折られ死を覚悟した。目からは涙が溢れていた。痛みから来る涙か、悔しさから来る涙か。その涙の理由は本人にしか分かりえない。
グレイ「…身体中が痛い。もう…ダメなのか…?父さんの仇も討てないまま、このまま死ぬのか…?」
グレイの影から黒い人の形を成した屍異奴が現れ、背後から抱擁する
グレイ「…このまま身を任せれば楽になれる…。もう…いっそこのまま…。」
目を閉じ屍異奴を受け入れようとした刹那、突然右頬を痛みが襲う
「お前の覚悟はその程度か?」
懐かしい声が聞こえた。それは厳しくも優しい、聴き慣れた声だった。
グレイ「!? …父…さん…!!」
目の前には死んだはずの父、クリムゾンことシンクロウが立っていた…。
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