魂との接触と結ぶ盟約
多くの人の死を間接的に体感したライカ=過去のシンは廃人のような状態に陥ってしまっていた。渇いた口元から溢れる唾液と目から流れた涙が痕のように残る。
廃墟と化した都の祭壇でぺたんと座りながら剣を握りながら虚空を眺め続けていた。
そんな彼女を苦しめていたのは混濁した意識の中で、自身が行った全てを責め立てる都の人達の姿であった。
自分を囲うように現れたその人達は既に死んでいるため実在しない。彼女の意識下で作り出された想像上の存在である。
「なぜあの剣に触れた?」「なんでずっとマナを与えていたの?」「どうして稽古から逃げておったのですか?」「何でこの場所に来た?」「信じていたのに」「助けてって言ったのに」「死にたくなかった」「もっと生きたかったのに」「なぜお前だけ生きている?」「全てお前のせいだ」
ライカ「嫌ああああ!やめて!やめて!やめて!」
耳を塞ぎ、発狂するライカ。目の前に突き刺さる石の剣に頭を打ちつけ、自ら意識を失う。
星の無い夜は明け、やがて日が昇る。光ない闇夜に眩しいほどの光が差す。
明るさを感じ、再び目を開けたライカの目の前には先程のように死んだ都の人々が立っていた。
ライカ「ひっ…みんな…」
しかし先程までと異なり、誰も彼女を責める様子はない。
ふと朝日が差す方角を見ると、まるで後光が差すかのような神々しいオーラを纏っている獣が立っていた。
馬のような凛々しい鬣と、鹿のような雄々しい角…。そんな姿をした4本の脚を持つ獣は瓦礫の上に立っていた。
ライカ「麒麟…?」
翡翠色の眼でライカを見下ろし、優しく頷くような仕草を見せる。
言葉こそ交わしていないのに、ライカは何故か麒麟の思っていることが理解できるようであった。
人々の生命を脅かす存在である屍異奴の恐ろしさ、最果ての地に眠る存在の脅威を断つ使命を伝えているようであった。
ライカ「…分かった。その使命。わたしが…いや、俺が全うしてみせる。もう泣いて何もできない女の子じゃない。父上みたいな男になって…屍異奴を根絶やしにしてみせる。」
死した都の人々はそんな様子を見届けるとそれぞれ石の剣に触れていく。すると彼らの姿はだんだん薄くなっていき、まるで剣の中へ入って行くように消えていった。
ライカ「みんな…!一緒に行ってくれるんだね…。みんなの命を奪ってしまったこの罪は決して消えることは無いけれど。せめてみんなの思いだけでも俺が継いで行くよ…。忘れない為にもこの罪を名として刻んで一緒に…。今日から俺はシンとして生きていく。屍異奴を根絶やしにする…その日まで。」
決意を胸に込めたシンは立ち上がり、石の剣を引き抜き祭壇から降りて歩いていく。
扉から出たシンを止めるかのように、瓦礫で潰されている父の腕が伸びていたがシンは目にも止めず一歩一歩着実に足を前へと進めていく。
こうして奇しくも彼女にその荷を背負わせまいと思い続けていた父が報われることなく、今に至るのであった…
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トウキ「それがシンのいやライカの過去…。」
シン「ああ。だが、別に気にせず俺のことは今まで通りシンとして接してくれるとありがたい…かな。」
トウキ「ま…まぁシンがそう言うなら。それに、僕にとってはシンはどんな姿でもシンだよ。僕に世界の広さを教えてくれた大切な人に変わりはないんだから。だから辛いことがあったらいつでも何でも言ってよ。僕が全部受け止めるからさ!」
シン「!?」
重い過去、1人で背負うにも限界はある。それを必死で表に出さず、ずっと男として自分を偽りながら気丈に振る舞いつつ、1人旅を続けてきたシン。師であるウラヌスにすら言い出せなかった辛い思いも、トウキには話してしまった。何故言ってしまったのかと一瞬だけ後悔はしたものの、トウキのその言葉を聞いた瞬間その重荷は少し軽くなった気がした。
1人では感じられなかった安心感、あの時偶然とはいえトウキを村から連れ出した理由…無意識のうちに彼女の目から自然と涙が溢れていた。
シン「…ありがとう。」
小さくそう呟くシンの姿は等身大の自分、ライカとして生きていた時を思い出した瞬間でもあった。
シン「…でもあんまりわたしの前で他の女の子の話はしないでよね?」
トウキ「え?そんなのしたっけ?」
シン「…このドンカンボクネンジン!急に大きくなったフィリアもそうだし、あ…あの島出てからもレヴィ、レヴィ…って!ずっと言ってたじゃないか!!!」
卍固めを仕掛け、トウキを締め上げるシン。日頃から体が丈夫だと豪語するトウキもさすがに関節技には弱いのか、空に向かって上げられた手を必死でパタパタと動かしてギブアップの意を伝える。
当然締め殺す気などないシンであったが、複雑な気持ちではあった。男として生きると決めていながら何故か今、ムキになってしまう自分の気持ちが理解できずにいる。しかしながら今はただ…今みたいに茶化し合うことのできる関係が非常に心地良く、そして何より嬉しい気持ちで満たされるのであった…。
そしてその気持ちは全身に思わぬ力として表れる。
トウキ「げ…ちょ…ほんとに締まってるっ…首…ギ…ブアッ…プ…」
シン「あ…。と、トウキ!ああ、トウキ…ごめーん!」
異変に気づいたシンは技を解くが、トウキはその場に力無く倒れてしまうのであった…
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気絶したトウキは水の気配を感じて意識を取り戻す。そこは斬鮫の中、行き慣れた心象空間であった。しかし、この島に辿り着いてからずっと斬鮫は反応しないままであった。
まるで旅立った最初の時のようであった…。
トウキ「おぅい斬鮫ー!返事してくれー!」
?「…ぷふふ!おお、トウキ!死んでしてしまうとは何事だ!」
トウキ「え?死んだの…僕」
セイリュウ「冗談だよ!ちょっと1回言ってみたかったんだーコレ。」
トウキ「なんだセイリュウか…ねぇ、斬鮫知らない?この島に来てからずっと呼びかけても返事がないんだ。」
セイリュウ「ああ…それなら…。あそこで寝てもらってるよ。」
トウキ「!?」
トウキの視線の先には氷漬けにされた斬鮫が佇んでいた
トウキ「なんでこんなことに…?」
セイリュウ「少しの間休んで貰ってるだけさ…それにあの場所にいる僕自身を見極める必要もあったしね。」
トウキ「やっぱり遺跡に居るんだね…首が…」
セイリュウ「そうみたいだねぇ…。でも前にいた島の時と状況は違うみたいなんだぁ〜。あのまま君たちを自由に戦わせてたら、確実に状況が悪化しそうだったから…。まぁこの剣の魂に対しては少し細工をさせて貰ったっていうべきなんだろうけどね。」
トウキ「だったら言ってくれたらよかったのに…これじゃあ氷が溶けたら斬鮫が怒るに決まってるよ…」
セイリュウ「だったらずっと凍らせておこうかな。」
トウキ「何で!?この間まで僕と斬鮫の対話をもっと聞いていたいって言ってたじゃないか!」
セイリュウ「状況が変わったんだよ。僕の存在の一部が目の前にいる以上、手段は選べないさ。」
トウキ「…どうすればいい?」
セイリュウ「ん〜?」
トウキ「僕たちはどうしたらいいんだよ…!」
トウキの感情が昂っていく。ツノが生えてくる時のような情動が身を包み、体が熱くなっていくのを感じながらセイリュウに迫る
セイリュウ「おいおい〜…やろうってのかい?…いいよ。どうやら君はその力を便利に扱いたいみたいだったけど…無駄だって事を教えてやるよ」
セイリュウも体内から冷気を発して対抗心を露わにする。
トウキの額から再び2本のツノが生えてくる。目の色を黄色に変色させながら迫り、握った拳をセイリュウに突きつける
セイリュウ「…? どうしたんだい?攻撃しないのかい?」
セイリュウに突きつけられた拳は目前で止まっていた。自身を落ち着かせる為に深呼吸をしたトウキの姿も徐々に元の姿へと戻っていく。
トウキ「…今ここでやるべき事は別にあるからね。セイリュウ、僕と盟約を結ばないか?レヴィとセレンみたいに…。」
予想外の行動をとったトウキに驚くセイリュウだったが、その後すぐに冷静さを取り戻す。
セイリュウ「ふぅん…。で?あの二者は互いの利が合致したから交わしたようだけど?
…君は一体何を求めるんだい?まさか行く先々の自然を豊かにしろって?」
トウキ「いや、僕が求めるのは君の力。僕が求める時に君の力を貸して欲しい。そして斬鮫も含め、周りを危険に晒さない。龍脈より人の命を優先して欲しい!」
セイリュウ「ふぅん…すごく強欲で傲慢だね〜。いいかい?僕は便利な存在じゃないんだよ。それに交渉するなら、相手の出方を伺わないとだよ〜?」
トウキ「分かってる。だからこそさ。君は龍脈に眠る首を欲している。それを見つける為、自由に動ける器が必要なんでしょ?成り行きとは僕たちもちょうど龍脈を求めて旅をしている。利害は一致しているわけだ。
そしてその間、ずっと僕と斬鮫との対話を君に聞かせている。それって“僕達”へのリターンが無いだろう?だから条件として前に島で戦った時のように力を貸して欲しい。
その代わり…もしも僕がこの先、戦いで命を落とすことがあったら…僕の体を自由に使ってくれて構わない。…これでどうだい?」
セイリュウ「揚げ足取りだなぁ〜。まぁでも言われてみればそうだよね。だったらこちらも付け加えさせてくれ。周りを危険に晒さない、人の命を優先させるっていうことも条件だったよね?僕の存在の一部を求めるのにそれじゃあ割りに合わないよ。
…そうだ!もしも君が戦いの中で死んだら、君の体を自由に使うだけじゃなく、僕はあの雪山みたいにこの世界を凍てつく氷で包み込む…。君の仲間も、旅をしてきた地で生きる生命も全て…ね。これでフェアになるね。」
トウキ「そんな!?」
セイリュウ「悪いけど選ぶのは君じゃない。盟約を持ちかけられた僕さ。…互いの求めるモノの為に我ら、消えること無き盟約を今一度共に刻む…!」
抵抗虚しくトウキの胸の刻印が光る。そして両者が光に包まれ盟約が果たされそうになった瞬間、凍りついていた斬鮫が自身を縛っていた氷を砕き、間に割り込んだ。
斬鮫「俺も仲間に入れさせてもらうぜ!」
トウキ「斬鮫!!無事だったのか!」
セイリュウ「すごいなぁ…あの氷、魂を凍らせていたから簡単に壊せないはずだけど…」
斬鮫「けッ!あんなのどうってことねぇさ…持ち手を失い続ける痛みに比べたらなァ!俺はトウキと旅をしていくと決めた。だからこの盟約、俺も一緒に結ばせてもらう!俺の知らねぇところで二度と持ち主を失ってたまるか!俺からの要求はただ1つ。お前が俺の中にいる限り、トウキが必要とするお前の力、俺も活用させてもらう!…それでも、もしコイツが死ぬなんて事があったら俺の事も自由に使いやがれェェェ!!」
セイリュウ「ふぅん…おもしろいねぇ…!」
トウキ「待って斬鮫!僕のことはいいから訂正するんだ!このままじゃ僕が死んだ時、君まで巻き込まれちゃう!」
斬鮫「バカにしてもらっちゃ困るぜ。いいか?アイツは“戦いで死んだら”って条件を変えなかっただろう?だったら死にそうになったら逃げりゃいいのさ。それでも助からねぇってんなら…俺がお前を殺る。それなら“戦いで死ぬ”事にはならねぇってワケさ。殺りたかぁねぇけど。大切にしてきたものを守る為ならお前もきっと同じ事をするだろ?」
トウキ「っ…!だけど…!」
斬鮫「だがそうしない為に、俺がお前を何が何でも守ってみせる。俺がお前の剣として敵を倒し続けていく!だからお前ももっと強くなれ!そして俺をもっと使いこなせ!
俺はお前と一緒にこれからも旅をして世界を見てみてぇんだからよ…」
セイリュウ「はぁ…。こりゃ一本取られたね。」
斬鮫に刻まれていた刻印も輝きだす。こうして歪な三者間による盟約が行われた。
トウキ「…斬鮫、大丈夫?」
斬鮫「…あ、ああ…。」
セイリュウ「…はぁ…。まったく、どっちがどっちに感化されたのやら…。本当はあの戦いの時に貸した力を求めてきた君とテキトーな盟約で結んで、死なせて自由に動ける器として使いたかったんだけどなぁ…。」
斬鮫「け!残念だったな!ヘビ野郎!」
トウキ「…セイリュウ、言い忘れてたけど僕は君も一緒に旅をする仲間だと思っているよ?星証に入ったレヴィも。君の大事なものが掛かってるのなら、君の為にも僕は戦っていきたいって思ってる。」
セイリュウ「お話しを聞くのはいいけど、あまり馴れ馴れしくして欲しくはないなぁ…。疲れちゃうだろう?」
斬鮫「かなりめんどくさいヤツだな…」
セイリュウ「なんとでも言うが良いさ。僕は“怠惰”。めんどくさがりなのさ。」
トウキ「ハハハ…でも力を借りる以上、君の言葉にも耳を傾けたい。だから君が感じたこの地に居る首の事、詳しく教えてくれないか?」
セイリュウ「うーん…“在る”ということは感じたけど、見つけられはしなかったかな。」
斬鮫「んだそりゃ…結局何も分かってねぇじゃんか…」
トウキ「まぁまぁ…。“在る”って感じたのってもしかして…」
セイリュウ「あの神官…シャマノの体に入った屍異奴が呼び出したあの一瞬だけだった。おそらくあいつのまじないか何かで縛られているのかもしれない…。」
斬鮫「じゃあ話は早いじゃねぇか。アイツをぶった斬ればいいんだろ?」
セイリュウ「そうだね〜。それが出来ればいいんだけど…」
トウキ「?」
セイリュウ「おそらくヤツは、あの遺跡の中に眠る僕の存在の一部を使役できる状態にしている可能性が高い。つまり龍脈の力を持った首同士がぶつかり合う事になる」
トウキ「そんな!」
セイリュウ「だから下手に動いたら勝ち目は無いし、何より君達、すぐに暴走するから自体は悪化したかもしれないしね。」
斬鮫「うう…それに関しちゃぐうの音も出ねぇ…ぜ…」
トウキ「でも、今の僕たちなら戦える。バラバラだったら勝てないかもしれないけど、心強い仲間だっている!シンにグレイに…シルバさんだって!」
セイリュウ「…絞め技、かけられないように注意しなくちゃね〜」
トウキ「ハハハ…って、そうだ!僕たち、死んでないんだったら早く戻らなきゃ!聞いた話をみんなに伝えて、作戦考えてみるね!」
トウキはそう言うと足早に心象空間を後にするのであった…
斬鮫「おい、」
セイリュウ「ん〜?なぁに…!?」
トウキが消えた直後、斬鮫はセイリュウの頭に一撃を与える
セイリュウ「痛いなぁ〜…何するのさ…」
斬鮫「氷漬けにしてくれたお礼だ。どうしても止めてぇんだったら今度から一言言ってから凍らせろや。」
セイリュウ「痛てて…。次は絶対壊せないような分厚い氷の像にしてやる…」
斬鮫「けッ!上等だ居候のヘビ野郎め…!」
啀み合う両者であったが、1人じゃない安心感からかどこか嬉しそうな表情を浮かべているようだ。そしてトウキの踝辺りまで満ちていた空間内の水は、膝辺りまで増していっていた…。
お読み頂きありがとうございました。
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