未来へ繋ぐモノ 10
ルカ対ラミアー、浄化して決着なるか?
ルカに合図を送ってどれぐらい経っただろう。見えない場所まで逃げたルカからは短く返事があった。そして、もう一つだけ伝わってきた言葉があった。
“私が彼女を怪物にしてしまった。救えなかった。”
違う。それは彼女のせいじゃない。
ルカの願いを無視してでも、あの怪物を討つべきだった。浄化せず、迷わず討伐するべきだった。そうしておけば、彼女はまたこの問題で傷付くことはなかったのに。
「お父さん、お母さんはずっと後悔してたんです。お父さんが、あの人を殺してしまったことを」
家に匿っていたノアが出て来てグレンに言った。ノアは彼の知る両親の過去を話す。
「お父さんとお母さんは昔、今と同じ場面に遇いました。話に聞いていたよりもあの人が来たのは早かったのが気になりますが……」
「その時、僕らはどうアレに対処したの?」
「……お父さんとお母さんは今と同じように僕を助けて、お父さんは僕らを守るためにあの人を殺した。僕らは助かったし、未来への脅威は消えたけど、お父さん……特にお母さんはずっと後悔してたんです。あの人を殺してしまったこと。救えなかったこと」
敵でも救えるなら救う、と彼女は宣言した。自分が彼女の誓いを無視して怪物を討つのは違う。きっと彼女はどうしたって後悔するだろう。でも、自分が怪物を討つことで後悔するよりも、ルカは自分が傷ついて後悔する方がいいと思う筈だ。ルカはそういう性格だ。それは、今まで彼女の隣にいた自分が一番よく分かっている。
「だめだなぁ……僕は」
まだ、ルカの役に立てない。彼女の決意を壊してしまうところだった。
「それでも、お父さんはお母さんを支えてあげてください。これからお母さんはルカ・クラウディアという自分の謎と向き合うんです。それにはお父さんの力が必要なんです」
未来を知る未来の自分達の息子は言う。“ルカ・クラウディアの謎”。現時点で解明されていない謎が確かにある。それを近いうちに解くことになるのだろう。自分も彼女も知らなければならない。そのためにも、彼女の助けにならなければ。
「……来た」
ノアが呟くように知らせた。
気合いを入れ直し、浄化の陣に魔力を流し起動させる。それを見てルカは障壁を張るのを止め、怪物の動きを確認しながら箒の速度を調節する。
「さぁ、最後の決闘といきましょう」
「あああ、わたしがぁ……お前を……今度こそぉ……」
「ええ。そうね」
ルカが危ないことをするのでは、とグレンは気が気でなかったが、すぐにルカから伝心魔法で指示がとんできた。
『あの人が陣の中に入ったら魔力を流して』
『わかったよ』
ルカが陣の中へ箒で入る。徐々にラミアーは陣に近づいている。もうあと数メートル。
あと、3メートル。
1メートル。
「……あ」
ノアが小さな声を上げる。
ルカもグレンも予想していなかったことが起きた。ラミアーが止まったのだ。陣に入る直前で止まってしまったのだ。大人しく浄化される気はないらしい。
「ごめん、グレン。やっぱり私が浄化するなんて言わなければ」
「いや、ルカは悪くないよ。ルカの選択は間違っていない。間違っていたなんて言わせない」
そんなこと、させるわけにはいかない。
絶対に。
「……あの人が陣の中に入ればいいんだね、父さん」
ノアが自分の鞄の中から何かを取り出す。人間界でよく見るおもちゃのレーザー銃だ。おもちゃで何をするつもりなのか。しかし、ノアのことだ。彼はこんな場面で場違いなことをするはずがない。
レーザー銃に魔力を込めていく。それがただのおもちゃではなく、れっきとした上等な魔道具であることにようやく気づいた。
「僕が連れてきたなら、僕が落とし前をつける。僕は、光の賢者と最高の薬師の子だ!」
「ノア! 何を!?」
見たことのない魔方陣が銃口の辺りに展開されていく。弾は魔方陣の中心を通り、何かしらの効果を持たせるのだろう。それをノアは構える。銃口はラミアーに。そして、魔弾のスペルを唱える。
「バラ・マギカ」
呪文の詠唱と同時に引き金を引いた。おもちゃのレーザー銃からは引き絞った魔力の光線が照射される。それは展開された魔方陣のど真ん中を通り、様々な効果を重ね掛けされていく。そして、一直線にラミアーの元へ向かって……いかなかった。
「あっ」
外した。
その事実に空気が凍りつく。思わずグレンが声を漏らしてしまう。
ラミアーのすぐ左、後方1メートルの地点に着弾した。狙いを外すほど遠い距離ではない。最上級の浄化魔法に必要な魔方陣の大きさはせいぜい5メートルぐらいだ。つまり、標的はもう目と鼻の先にいる。そんなに近いなら余程のノーコンでない限り外す筈がない。
外した弾をラミアーも見た。自分に当たっていないこと、大きく狙いを外しているのを確認して、顔をルカ達の方へ戻す。次の手を考えているのだ。恐らく、自分が一番満足のいく手の下し方を考えているのだろう。笑みが怖い。
「“動け”」
ノアが低く命令する。
すると、その命令に従うように突然ぐにゃりと大地が波打つ。柔らかい弾力のあるベッドやクッションの上にいるかのように体が地面に沈み混みそうになり、そしてポヨンと跳ねる。
地面が自ら動き波打つのでグレンはまともに立つことなど出来ず、尻餅をつき座り込んでしまう。逆にノアはしっかりと踏ん張って立っている。しかし、実はノアやグレン側はそんなに揺れているわけではない。反対側、つまり魔法が着弾した方にいるラミアーなんかは地面からお手玉でもされるかの如くポヨンポヨンと跳ね上げられていた。
呪文の詠唱すら出来ず、地面から弄ばれるラミアー。口を開こうとすれば舌を噛み呪文が唱えられない。魔法を使うことができない今、浄化の陣に落とせば……。
「“落とせ”」
ノアの命令で大地は動きを停止する。いつもの硬い地面へと戻る。空中で弄んだラミアーをそのままに。そして、ラミアーは地面へと落とされる。その先は━━━━。
グレンは陣にありったけの魔力をすぐに流し込んだ。
「ギャアアアアアアアァァァァァァァ!!!!」
黒い煙が立ち上る。白い光に焼かれながら彼女は叫ぶ。
「ワタシからっ! 全てをっ! ぅぅ奪うなぁあああっ!! ワタシの……子供達はぁ……全部オマエに潰されタァ! 私の努力をっ! 魔力をォ! 時間オォ、全てッ! どれダケ、私から奪エバァ、気が済ムノダアアアァァァ!!!!」
人に戻りながら吠える怪物。
苦痛と憎悪を訴え、夢と、自分の全てを奪われ、ルカを非難する。全てルカが悪いのだと尚も叫び続ける姿にルカは動けなくなっていた。
自分に夢を奪われた人々には何人も会ってきた。潔く敗けを認める者、自分に夢を託した者、悔しがって泣いた者、自分に怒った者、不正を疑った者……。多くの魔女、魔法使いの存在が自分の下にある。足元に彼らの感触が広がっていくようだった。
いつしか暗闇に立っていた。妙に足元が柔らかいと思い、足元に視線を落とす。
そこから広がるように暗がりの中に色がつく。屍のように倒れて積み重なった魔女、魔法使いの山の頂上に彼女は立っていた。同年代からその保護者や家族の姿も山の中にあった。そして、自分のすぐ足の下、自分が直接踏みつけて立っているのは、賢者の最終試験を共に受け、その後は復讐に燃え、今は心を入れ換えたアイラ・アラルベーラだった。
「っぁあ!!」
今は心を入れ換えた頼れる級友に驚き飛び退くが、どこへ足を置いても誰かの上を踏みつけてしまう。皆、一様に死んだように目を閉じてルカの下にいる。
不意に左足首を掴まれる。
目を向ければ人の山の中から白い手が伸びている。人の山の中から人を押し分け這い出てくる。ルカのスカートを掴みながらそれは山の中から姿を現した。
あのラミアーだった。
ニタァ、と嗤う口で彼女は言う。
「コレがオマエの罪だ。オマエがこの者達を、潰シたノダ」
足元の魔女、魔法使い達の目が開いてルカに向けられていた。
「っ、きゃああああああ!!」
とうとう恐怖に支配され、絶叫した。しかし、ここには誰も助けに来ない。誰も来ないほどにこの人の山は高い。そして、人を踏み台にして来る者はいない。
自分は一人だ。
孤独だ。
瞬間、足元に倒れ自分を見上げていた筈のアイラが起き上がり、ラミアーを下へ突き落とした。そしてルカの手を取り、上に向かって放り投げた。
「戻りなさい、ルカ・クラウディア」
頂点の下は広がっていて、沢山のものがある。それがルカの場合、賢者の試験に関わった他の候補者だったりその家族だったりしたのです。
ルカに地位や使命を預けたアイラは、この章で一番かっこよく、また意味のある役目を担う、そんなシーンにしたいと思いました。




