未来へ繋ぐモノ 9
未来の息子・ノアを守るため、彼を家族の元へ帰すため、ルカ達は女怪ラミアーに挑む。
外に出たルカは、グレンの工房に強い魔除けの結界を張る。中にいるノアを少しでも長く守るためにだ。グレンはルカと自分に瘴気避け、それから身体強化の魔法をかける。
「作戦は?」
「私が囮になる。あれの目的は私を消すこと。なら、今はノアよりも目の前の仇を取るはず。グレンは最上級の浄化魔法の準備をお願い」
「あれを生かしておくの? 未来の君の敵だよ」
今ここで殺さなくていいのか、と問われる。未来のルカを呪い、瀕死にまで追い込んだ敵をグレンは許すことができない。たとえ、未来の敵であろうが過去の敵であろうが、彼は許さないし、未来の敵の現在を必ず探り当て殺しに行くだろう。
彼はそういう男だから、きっとそうしてしまう。だからこそ、意思表示はしっかりとしておかなければならない。
「今でも敵よ。でも、敵でも救えるなら私は救う。それに、未来の悪は未来で裁く。過去じゃ扱いに困るから」
そう言えば、彼は渋々納得してくれたようだ。その意思を尊重するために彼はルカに言葉を贈った。
「OK。絶対に死なないで」
「了解」
ルカは願いを受け取った。彼だけでなく多くの人を悲しませないように、その言葉を胸に刻み込んで箒で宙へ飛び上がる。
まずはラミアーを翻弄させる。奇声を上げてルカの箒の動きに食い付くラミアーを見て、ルカは自分の予想が当たっていたことを確信した。グレンが浄化の魔法でラミアーを浄化するまで捕まらずに逃げ切れればこの勝負は勝ちだ。
蛇の怪物なだけあって俊敏に動き回り、また時折ものすごい跳躍力を見せるラミアーの動きはなかなか読めない。が、更に読めないのはどんなタイミングで魔法を使うか、だ。怪物になっても元は魔女だ。時折、攻撃系の魔法を放ってくるため、普通のラミアーよりも質が悪い。これが理性的な怪物か、それとも全く理性すら見られないザ・怪物みたいなやつであれば対処は楽だが、こうも中途半端に考えるだけの頭があるのは厄介だ。防御魔法で攻撃魔法も跳躍も防御できるが、相手が複雑な策を張り巡らせてきたら対処ができないかもしれない。
ちらりとグレンを見れば、準備にはまだ時間がかかりそうだ。およそ直径5メートル程の魔方陣を描き、清めの薬湯や塩の結晶などを設置していく。なるべく早く決着をつけたいが最高位の魔法を使おうとすれば、それだけ時間がかかる。それはルカだって同じだが、準備が終わるその時まで相手は大人しくしているわけはない。
そんなことを考えていたからか、ルカの顔のすぐ横を斬撃魔法が通過し木に着弾した。メキメキッ、と音を立て、ドシンと大きな音と地響き。地上にいたグレンにもその振動が伝わって、思わず作業の手を止めてルカを見た。
ルカは恐怖した。今のは危なかった。もう数センチずれていたら首と胴体が永遠のお別れをしていた。逃げることに集中していないと先に自分が死んでしまう。この戦いは自分が制限時間まで逃げ続けることが勝ちなのだから、自分が死んでは元も子もない。今まで自分の命が危ない目に遭ったことは何度もあるが、今回は特に危ない方だ。
すぐさまグレンから自分の名を呼ぶ叫び声が飛んで来る。
「ルカ!!」
「大丈夫! そっちは無事?」
攻撃を防ぎつつグレンに問いかければ、すぐに返事が返ってくる。
「こっちは大丈夫! ルカはとにかく逃げて!」
それに頷いて答えるのを見て、グレンはすぐにまた魔法の準備に取りかかる。もう少しだ。それまで逃げ切れれば……。
「……ルカ……クラウディアァァ…………夢、の……障害ぃぃぃ……」
強い恨み節がラミアーの口から漏れる。未来で自分に夢を潰されたのか。少なくとも、彼女の悲願は自分により叶わなかったことだけは確かで、自分を抹殺しなければ気が済まないし、そうしなければこの人の夢が叶うことはないのだろう。それでも、ルカは賢者をやめるつもりはない。亡くなった母の為に生きて、母と同じように苦しむ魔女、魔法使いを救うために。
死ぬことはできない。
「貴女一人の為に、私は死ねない」
自分かわいさで言っているのではない。ここで自分が死んでしまえばノアが生まれない。これから出会うノアの祖父、つまり自分の父親にも会えない。未来で出会うべき人達に会えず、ただ一人のために死ぬ。それは違う。きっとそれは正しいことではない、とルカは強く思う。
自分の夢を食べようとして失敗し、監獄に収監されたバク。彼女は自分に賭けた。多くの人が自分の夢の実現を応援している。なら、尚更だ。
「ここで折れるわけには、いかないから!」
箒を握る手に力を込める。魔力を多めに箒に流し込むとルカの意を解したように箒も速度を上げる。
ラミアーは追い付くのもやっとのようで攻撃系の魔法を使う余裕がない。反撃のため、ルカは右手に魔力を集める。
「凍てつけ。フリーズ!」
冷気を宿らせた魔力の光球を作り出し、それを逃げながら地面に落としていく。連続で落として氷の道を作る。蛇などの変温動物は寒い場所が苦手だ。ラミアーもそれは同じで、氷のないところを這っている。やはり、氷や低温が苦手なようだ。周りを 冷し続ければ動きは鈍くなるだろう。
ある程度動きを鈍らせ、グレンが用意している浄化魔法の陣の中へ誘い込む。グレンの準備もそろそろ終わるはずだ。グレンのところへ戻りつつラミアーを誘導していく。
「……ふ、はふ、……ふ、フ、レイム」
呪文の詠唱。直後、後ろから熱と光を感じて慌てて自分の身を守る。落としていくはずだった氷の魔法を瞬時に障壁に変化させて炎を防いだ。
ラミアーが炎を放った。元は魔女なのだ。ラミアーとなっても魔法を使うだけの知能がある。しかも自分の不利を打破するほどの知性があるということはこちらの作戦を読まれているかもしれない。
「怪物になっても知性が落ちないとか、反則にも程があるでしょ!」
一般的に怪物化すると知性や理性は大きく下がり攻撃的になると言われている。アンデッド達や人狼達だって最初はそうだ。アンデッドなら時間が、人狼なら回数を重ねて怪物化することで、知性と理性を取り戻す。一般的にはそうした努力が必要なのだ。
怪物になっても理性と知性を大きく下げず、ある程度維持できるのは彼女が魔女だったからだろうか。それとも高い教養のある高貴な人物だったからだろうか。
『ルカ、いいよ』
グレンから伝心魔法で合図が来た。グレンのところへ逃げつつ誘導する。やはり彼女は着いてくる。魔法は撃たず気味悪く笑っている。
逃げる間、ルカはこの未来の敵の情報を少しでも引き出そうと試みる。
「貴女は何故、私を殺したいの?」
這っていた体が止まり、ラミアーは言う。
「わ、わ、わたしは……け、け、賢者の親にに、に……賢者を、動かす……母の……ぶぶぶ、ブランドぉ……」
「……貴女自身が賢者になりたいわけではないのね」
自分の子供を賢者にし、それを影で操る。賢者になった自分の子供を傀儡にしたいのだ。そして、賢者を育てた母親というブランドも彼女は欲しかったわけだ。
予言があった。
若い賢者が近いうちに現れる、という予言が。その予言により、魔界は約20年前に騒ぎになった。
親たちは子供を賢者にさせようと必死で勉強をさせた。躍起になっていたのだ。しかし、その野望は一人の少女が魔界に来たことで終わってしまった。
ルカ・クラウディアという一人の少女。自分の登場によって。
自分の夢が叶った裏側にはこういう大人達もいるのだと、改めて実感した。自分が夢のために踏み台にした人達の内の一人だ。
「わわ私の……子ぉ供達ィはぁ……なれ、なかったァ。……ソレもぉ、コレもぉ……ォお前のォせいでェ!!」
激昂して彼女は襲いかかる。それをルカは障壁の防御魔法で防ぐ。飛びかかった怪物は弾き返され、痛みを受けながらも再度向かってくる。追う、追われるの構図がまたやって来て、ルカはグレンの方へまた逃げ始める。
女怪ラミアーは、ルカと賢者の試験を受けた誰かの母親らしい。ルカは未来の敵であり、過去からの因縁を迎え撃つ。




