未来へ繋ぐモノ 8
女怪ラミアー。ノアの母親を呪い、ノアを追ってきたらしい怪物は今、ルカ達に迫りくる!
もう一度グレンはラミアーを見る。
ラミアーという種族は露出が多いが、このラミアーはかなりかっちり着込んでいる。衣服の端々はぼろぼろになっているがあれはローブだ。魔女がよく着ているような形のローブ。ただの怪物にしては強い魔力、そしてどことなく気品を感じる。
ノアを探しているであろう辺りを見回す顔は、どこか神経質そうな印象も受ける。確かに、怪物の顔ではない。魔女と言われれば魔女にも見える。
呪いの代償なのか、その姿は女怪ラミアーであり、魔女であり、本来の美しかったであろう魔女の姿を半分失っていた。それでも、まだ魔法は使えるのか、どういうわけかノアを追ってここまで来たらしい。
犯人が出てきたのなら自分達で捕らえて魔界警察に渡せれば相手は裁かれる。しかし、人を死に至らしめる重い呪いをかけられるほど強い魔力があり、尚且つ化け物になっても執念でノアを追って来るとなれば一筋縄ではいかないし、何より逃げるのが最優先だ。ノアの話が本当なら逃げたところで意味がないかもしれないが。
「あの人は、母とあの人の娘を競わせ、そして敗れた。だからあの人は母に呪いをかけた。けど、あの人は僕と違ってここに、この時代に来ることはできないのに……。時間遡行魔法は繊細な魔力コントロールが必要なのに怪物化したあの人が使えるわけ……」
時間遡行の魔法。
過去を変えてしまえば、今が壊され、世界のつじつまが合わなくなり世界が混乱し、やがて崩壊する。一部の悪魔と天使が能力としてでしか、その力の一部を使うことしかできず、彼ら以外の者は使用を禁止されている。
その魔法は禁じる為に作られた魔法だ。間違って作り出すものが出ないように、とある大賢者が生涯をかけて作り出し、そしてすぐに封印した。使おうにも繊細な魔力コントロールを要し、賢者であるルカでさえ使うのは難しいだろう。
それを使ってやって来たラミアー。過去へ飛び、ルカを再び潰そうとすれば、未来における世界の歴史が壊れる。しかし、未来からの来訪者はもう一人いる。先程の発言から、ノアも未来の人間だ。
「ノア、君は一体、何者なの?」
未来の魔法使いが過去に来るなんて、些細な理由な訳はない。薬作りが目的だと言うのなら未来でも作ることは可能なはずだ。薬草は保護されていたから絶滅したなんてあり得ない。
「僕は……ノア・クラウディア・ウルクハート。賢者ルカ・クラウディアと薬師グレン・ウルクハートの未来の息子です。この時代へは、僕らの時代で採取不可能になった薬草三種を取りに来ました」
月兄やアスタロトが言っていたことの本当の意味がわかった。彼を守ることは未来を守ることに繋がる。未来の自分を現在の自分が助けることだと。
ようやく感じていた胸騒ぎの正体がわかった。パズルのピースがはまったように。未来を見通す悪魔と過去から現在、そして未来を見守る天使の言葉。彼の言う薬師の父親。それからルカとグレンによく似た顔。普通に考えたらあり得ないことだが、それでも、あり得ないことを当たり前のように捉えることに抵抗がなかった。
未来がわかってしまった残念感は感じなかった。一番残念なのは、彼を救えないことだ。彼を救い、未来の世界を救う。それが今、現在のルカが行うべきことだ。
「ノア、あの人を倒せば、君は安心して未来に帰れるね?」
「帰れます、けど……でも、あの人は母さんに味方した皆を倒したんです。猫姉もマミ姉も、サリエル姉さんも、セーレ兄さんも、みんな、みんな……」
「……それでも、やることは変わらないよ。君を無事に未来へ帰す。未来の君の家族へきちんと返す。グレン」
グレンに呼び掛ければ、彼は魔法で薬品棚からいくつか薬を取り出していた。ひとりでに様々な薬品が彼の腰の鞄に収まっていく。劇薬だったり、回復薬だったり、清めるための薬だったり。そして、準備ができた、と大きく頷いた。ルカも箒を魔法で引き寄せ左手に握る。二人とも戦う気でいるのだ。
未来のルカを呪うほど憎かったなら、現在のルカも憎いはず。時間は違えどルカ・クラウディアが目の前にいればノアは二の次で真っ先に目の前のルカを再び攻撃するだろう。ルカが倒されるまでならノアの安全を確保できる。
「やめて! あの人に未来のみんなが敵わなかった。あの人から僕を逃がし、過去へ送ることしかできなかったんだ! 母さんをここで失えば未来の母さんや、母さんのお陰で救われた人達が!」
「ノア」
ノアの目を見ながらルカが言う。あの時、母親がルカにそうしたように。最期に大事なことを話すように。
「それでもね、私は戦うよ。これはもう未来だけの話じゃない。私達は過去へ逃げることはできない。今に生きている私達は現在から未来に向かって生きなきゃ」
ノアが再び時を越えてもきっとラミアーは追ってくるだろう。あの執念なら、どんな手を使ってもきっと。
よって、現在で止めるしかない。未来の自分は過去へノアと大事な薬作りを託した。今の自分達に託したのは、薬草が採取できないのもあるだろうが、過去の中でも現在が一番最高の状態だったからだろう。ルカも何かを託すなら全てに於いて最高の状態の自分に託す。今の自分でもそう思うなら、きっと未来の自分も同じはずだ。そうでなくても、きっと何かの意味がある筈。
ルカが立ち上がりグレンと共に外へ通じるドアへと歩き出す。もしかしたら、ルカの母親のベルも今のルカと同じ気持ちだったのかもしれない。全てを守り、救うために、子供を未来へ生かすために。
すぐそこに母親がいる気がして、勇気が湧いた。
「ノア、僕らは過去を生きた。なら、僕らがこれから進む道がわかるね?」
ノアは二人を止められなかった。自分は何と言って二人を止めればよかったのか。たいした魔法も使えず、過去の母親を危険に晒している。手元にあるのは未来の母のための薬。こんな小さな自分に何ができるだろうか。非力な彼は考える。
ルカとグレンの未来の子供・ノア。彼を無事に未来へ帰すため、今の危機を乗り越えるため、ルカとグレンは女怪ラミアーに挑む。
絶対にノアを未来へ帰す、彼の家族を助けるために。




