未来へ繋ぐモノ 4
命の樹が生える空飛ぶ岩クジラ、ヴィー・バレーノへ到着したルカ達。茨の繭に覆われた命の樹の元へ向かうには白い花を血で赤く染めなければ扉は開かないらしいが……。白い花は一体どこに?
「きっとあれが暗号の白い花だよ。天の力を感じる」
いつの間にか荊の繭の近くに来ていた。ぼんやりと白い光が強くなっていて、辺りはまるで穏やかな木漏れ日に包まれているように明るい。月兄の言う白い花は石碑に彫られたレリーフの薔薇だった。高さも幅もだいたい二メートルくらい。そのレリーフのある石板には、ルカやグレンの目線の位置に一輪の白バラが浮き彫りされている。それも白い光を微かに放っている。成る程、見ただけで何かの力がありそうだと分かる。
さて、この花を赤く染めないと命の樹への道は開かない。痛みと苦しみを越えた先、赤き血潮を流せば守りは開き、おのずと道は開かれる。つまり、命の樹に近づくにはそれ相応の対価を支払え、ということだ。そしてその対価は自らの血液であることも暗号からわかる。
「でも、この花を赤くするほどの血液って、かなり痛いことしないと出ないよね」
「小さな傷じゃあ命の樹の光ですぐに塞がれてしまうから、できるだけ大きめで深いの、かつチャッチャと済ませないとね。天使からの助言だよ」
いい笑顔で怖い助言を頂いた。しかし、やるしかないのである。あらかじめ血液を用意しておけばよかったかもしれない。そうすればここでいたい思いをすることはないだろう。どのみち痛い思いをすることに変わりはないが。
「ちなみに、ここまで来て戻るなんてことはしないよね? あらかじめ血を用意してくる、なんてことはルール違反なんだ。そうするとね」
トサッ。
微かな音がすぐ横からする。右側、10メートルほど先の茂みの前にそれは刺さっていた。矢だ。矢羽根は小刻みに素早くまだ振動していた。少し前に辺りを見回したときにはなかったそれ。たった今、何者かの手から放たれたのだ。恐らく、この命の樹の守護者だ。
「こうなる。これは天使側からの脅しだよ。だから僕らはこのルールを守るしかない。今ここで血を流してこの薔薇を赤く染めるんだ」
そう言って月兄は自分の鎌、ではなく三日月型の小さなナイフを取り出す。鎌は堕天するためのものなので使えないのだそうだ。
ルカとグレンも覚悟を決めた。ノアだけはまだ覚悟できず怯えていた。怪我をしても、命の樹の光で治る。だとしても、わざと血を流すために怪我をしなければならないため痛みは感じるわけだ。その痛みが怖いのだ。
「ノア君や、君、予防接種って知ってるかい?」
月兄は突然そんなことをノアに問う。なぜ急にそんなことを、という魔法使い達をよそに彼は言葉を続けた。
「人間の子供達はいろんな痛みを経験する。病気で苦しむ前にあらかじめ抵抗力をつけるためにちょっとだけ痛い思いをしてそれ以上の苦しみを予防するのさ」
「? はぁ……」
「でも、痛いものは痛いし、苦しいものは苦しい。病気や怪我なんか、僕らと違ってすぐには治らないし、治るまで痛み苦しむ。けど、みーんな耐えるのさ。その中にはどんなに痛くても苦しくても我慢して音をあげない子だっている。人間は強いよ。僕ら天使よりもすごいと思うことがあるんだから。さて、ノア君。人と比べるわけじゃないけど、君はどうするんだい? 君は逃げるのかい?」
大天使がけしかけている。
「待って、お月様。ノアはまだ10歳にも満たない子供です。この子に私達のような覚悟をしろというのは無理ですよ」
「でもルカよ、この子は家族を救いたくてここへ来た。なら、覚悟は既に持っている。どこかここではない遠くから、今、貴女を訪ねてたった一人でやって来た、その覚悟が。なら、ここで甘やかすわけにはいかないな」
大天使はそう言った。ただの魔女で賢者の自分には言い返すことができない圧倒的な強い言葉だった。
ノアはずっと顔を下に向けていたが、キッ、と歯を食い縛り、眼前の白い壁を睨む。覚悟を決めた、という目だった。
「いい子だ」
覚悟を決めたノアから月兄の三日月ナイフを使って手に傷をつけ、一人ずつ薔薇のレリーフを赤く染めていく。指から流れ出る血液で白薔薇のレリーフが赤い薔薇に変わっていく。痛いが、大輪の薔薇が赤く染まっていくさまを見て、優しくそっと花びらを撫でるように指を動かした。赤く塗り終われば、まるでそれが本当の深紅の薔薇のように思えた。
「四名ノ命ヲ確認」
血で塗られた薔薇のレリーフから機械的な声がした。薔薇の十数センチ上に顔が沸くように浮き上がる。男とも女とも取れる中性的な顔がこれまた中性的な機械的な声を上げて言葉を発する。
それを見たノアは驚いてルカの後ろに回って震えている。ルカ達はこれが本当の命の樹を守る者であるのだと理解した。これは魔力で動く機械、魔導具だ。
「承認。ヴィー・バレーノ、トノ約束通リニ、採取ハ最小限二。誓イマスカ?」
「大天使サリエルの名に誓って嘘をつかない。違えることがあれば、その場でこの者らを殺し、自らも死ぬ」
自らの命を懸けて月兄は言った。ルカもグレンも従って誓いの言葉を述べる。怯えていたノアも消えそうな震える声で誓った。
「承認。扉ヲ開キマス」
レリーフの白板が縦に真っ二つに開かれた。命の樹の採取を許されたのだ。
途端、白い光が差し込み、ルカ達を包み込む。眩しさに目が眩んだが、体の中から生命力が沸き上がってきて、心が高揚してくる。光に慣れ体を確認してみれば、体はとても軽くなり、先程傷つけた指先は何事もなかったかのように、きれいに傷口が塞がっていた。これが命の樹の力なのだ。
「すごい」
ノアが手を見て、体を動かしながら呟く。確かに、魔法でも傷や病を癒す魔法はあっても、生命力をここまで大きく与えるものはない。天界に命と祝福をもたらすだけの力があるのだから、薬にしたときはとてつもない効果を発揮するだろう。これはまさに保護されるべき薬草だ。
採取はグレンとノアが行った。グレンはノアに薬草の本を見せながら分量を確認して採取の指示を出す。兄弟のように見えるその姿をルカと月兄は眺めていた。
「兄弟みたいですね」
「でも、あの子は君にも似てるよ。いや、君と彼、両方に似ている」
「初めて会ったはずなんですけど、そんな気がしないんです。どこかで必ず出会ったように思うんです。不思議ですよね」
ルカの言葉を聞いて月兄は何かを言おうとしたが、口を開きかけて躊躇い、結局その言葉を言わなかった。いや、とかぶりを振って代わりに月兄は別のことを言う。
「ルカよ。あの子の事、よく見ててあげて。そして、彼が彼の本当の居場所へ帰るまで助けてあげて。絶対に守ってあげるんだ。いいね?」
元より、ノアを助けるつもりで彼の手伝いをしているのだから当然、最後まで手を貸す所存だ。しかし、本当の居場所だの、守ってあげてだの、それはどういうことだろう。その言葉の意味を聞こうとしたら、グレンとノアが声をあげた。薬草の採取が終わったことを報告してきた。その声に彼女らは答えた。
再び扉の前に立つ。入ってすぐに閉じられたゲートは再び起動し扉を開けた。
「さて、無事に早く終わってよかったよ。これから僕はちょっと用事をしてくるからね」
「お月様、用事があったんですね。ごめんなさい」
「ううん、いいよ。ほら、命の樹に来たから一応天界に報告しがてら他の天使達に顔を見せようと思っただけなんだ。まぁ、命の樹に関してはデリケートだからね。早めに報告しておくのさ。……さ、めんどくさいことは僕が全部やっておくから。逆境大華、取りに行きなよ」
命の樹の葉は24時間以内に加工をしなけらば、せっかくの効果が失われてしまう。ここからは時間との勝負だ。既に生息地の目星はついている。
「死者の国ならきっとある。僕は用事をするから着いていけないけれど、もう少しだからね」
「ここまで付き合って頂いただけでも嬉しいですよ、月兄さん」
「あの、ありがとうございます!」
グレンとノアもお礼を言う。
「さぁ、時間との勝負だよ。早く行きな。後は皆のお兄さんの仕事だよ。こっちは任せて」
「有難うございます。あとをお願いします」
ルカ達は次の薬草・逆境大華を得るため死者の国へ向かった。月兄も羽根を羽ばたかせ、天界の宮殿へ向かう。面倒事を片付けに。
天使の言葉が気になるが、最後の薬草・逆境大華を求めていざ、死者の国へ。今度は死者の国にお住まいの彼女らに協力してもらいましょう。




