未来へ繋ぐモノ 5
逆境大華はどこにある?
不浄の地にそれはある。じゃあ魔界でも屈指の不浄の地ってどーこだ?
それは、死者の国。
「うわ」
死者の国の住人は引いた。ドン引きだ。
「何ですか、そのお守りペガサス昇天MIX光マシマシ悪・即・斬、この世全ての呪いオールカット状態異常無効特盛りの装備は」
「な、なんて?」
よくぞ噛まずにこの人は言えたものだ。途中から何を言っているのかわからなくなった。人間界の文化に触れていたルカでさえもわからなかった。その様子を察知して骸骨が通訳をする。
「……あー、多分マイアさんは、そんなにお守りで体をガッチガチに守ってどうしたんだ、ってことです」
「情報量の差っ!」
ノアがツッコミを入れた。この人は何に影響されたのだろう。初対面のグレンとノアにとっては、この先忘れることはないだろう人生一の“どういうことなの”、なファーストインプレッションになった。
ここは死者の国にある香水屋『AMaiA』である。そして今、来客であるルカ達に混乱を与えたのはこの店の主、リッチという種族のマイアである。フォローをしたのは従業員でスケルトンのスケアだ。簡単に紹介し、本来は多分こんなに謎な人ではない、とルカは付け加えた。
「それで、何の用で?」
本題に入ろう、と彼女は言う。話が早いのは、恐らくルカ以外の面子を見てだろう。グレンに関しては度々マスコミにも取り上げられるから知名度もそれなりにある。男性用にも香水を置いてあるからグレンが来たとしても不思議には思わない。しかし、ノアに関しては別だ。子供だからだ。香水屋に子供達が来るということは滅多にない。
何となく経緯を予想できてしまったマイアは面倒くさそうにルカに言う。
「確かに、私は貴女を助けるとは言いましたが、できることとできないことがありますから。私は貴女のように誰にでも救いの手を差しのべることはできませんし、優しくないんです」
「ええ。承知してます。この前の件で私にもできないことがあることを学びました。でも、だからこそ、少しでも助けようと思うんです。結果的に助からなかったとしても、少しでも最悪からは遠ざける位は出来ますから」
「……全く、かわいくないですね。もっとギャルギャルしていなさいな、最年少賢者なのですから」
あーあ、負けた負けた、と言いながら長いため息を吐いた。奥からは、ちょうどスケアがお茶を煎れて持ってきてくれた。なるべく長話はできないので、早速ルカはマイアにお願いをする。
「逆境大華、この死者の国で生息している場所をご存じですか?」
花の名前でマイアは手を止めた。
「……また、随分と危険な香りのする花を探してらっしゃるんですね。それがどんな場所に生えているか、そこの薬師モデルさんは知ってらっしゃいますわね?」
逆境大華、それは浄化の花。
不浄の地も清浄へ変え、浄化するために移動する。花の香りは空気を清め、根は土地を清める。しかし、短命の花で開花するのはたったの4日間だ。不浄の地に咲く花を取るには死を覚悟しなければならない。それだけ危険な環境に生息しており、そんな場所は魔界でも限られている。安定して咲いている場所は死者の国くらいだ。
死者の国はアンデッド達が住み、死の匂いが濃く深く染み付いた土地だ。ゾンビや吸血鬼を始めとした様々なアンデッドが住む。その死の匂いが死の国の外からやって来た生者を苦しめるため、生者は自分に守りの魔法を施さなければならない。呪われ、汚染された地、とも言えなくもない。そして、そこなら逆境大華の生息する条件に合致する。
「逆境大華、あれは確かにこの国にあります。しかし、自生しているものは採取禁止です。私のように古くからここで事業をしていても、また、あの吸血鬼のように貴族であっても」
吸血鬼の貴族ドロワ・クルーゾは、この死者の国でアンデッド協会の理事長をしていた男である。現在は行方不明で噂によると世界旅行をしているようだが……。
閑話休題。
アンデッド協会、つまり、この死者の国の知事のようなものであったドロワ・クルーゾ。その彼でも採取が禁止されているのだ。魔王の命令は死者であっても貴族であっても守るべきものとされている。
「ですが、個人の敷地に生息、栽培されているものに関してはこの限りではありません」
「つまり、その方と交渉すれば、逆境大華を分けていただけるかもしれない、ということですね」
「その通りです。そして、私はそのアテを一軒知っています」
「流石マイアさん!」
持つべき者は情報を多く持つ知人だとルカは常に思う。特に生者ではない者、つまり死者はルカの人脈にはあまりいない。そして、死者で彼女のように知識と力のあるリッチの知人は他にいない。昔の魔法にも通じている彼女こそ、ルカに足りなかったものだ。価値観の違いで衝突することもあるが、悪い人ではない。
「そろそろ私も彼女に頼まれていた物を配達に行こうとしていたんです。ようございます。連れていって差し上げますよ」
タイミングが良かった。ルカ達は喜びお礼を言おうとしたが、喜ぶのはまだ早い、と待ったをかけられた。
「しかし、そこの坊やは置いていきなさい。危ないですから」
「そんな、僕も一緒に」
「彼女、子供とかかわいいものに目がないんです。毒の霧が周りに漂っているというのもありますが」
そっちの意味で危ないなら仕方ない。ノアには留守番をしていてもらわなければならない。
「大丈夫ですよ。スケアを置いていきます。206ピースの全身骨格パズルですよ。変に組み替えると面白いことになります。スケア、留守番」
「えー、また店番ですかぁ!? あっしも配達に行きたいんですがねぇ」
「お黙り。作るのは私ですから私が行かないでどうするんですか。お客様の声を聞いて作るのが私の仕事ですよ。お前にできるものですか」
「ぐっ……ぐうの音しか出ねぇ」
こうして、スケアとノアを店に残し、ルカとグレン、そしてマイアが目的地へ向かうことになった。
その向かう先の人物とはやはりアンデッドなのだろう。毒の霧が漂うなら逆境大華が絶対咲いているが、毒の霧を持つアンデッドなんて居ただろうか。
「厳密に言えば、彼女はアンデッドではありません。むしろ、彼女がこの地に住んでいたから死者の国ができました。しかし、アンデッド、或は毒の効かないゴーストしか彼女に近寄っても平気な種族はいないのも事実です。彼女は可哀想な方ですよ」
「女性なんですね」
「毒の霧を漂わせ、私がリッチになるよりも大昔からこの地にいました。たった一人と一匹と一頭の寂しい方ですよ」
ペットを飼っているらしい。小動物か何かだろうか。
やがて、ふわりと上品な、それでも噎せ返るような花の香りが漂ってきた。目的地が近い。マイアはルカとグレンにガスマスクを手渡した。念のためにしておいた方がいいと言うのだ。マイアの言うことに素直に従う。ここからは花の香りと毒の霧が混じりあうのだ。気を引き締めた。
豪華だが小さく控えめなお屋敷が見えた。その周りを逆境大華がぐるりと囲むように桃色や白の花を咲かせている。門と塀に囲まれているのはきっと外から来る者達への最後の注意、警告の印だ。
門柱には、外観のゴシック調な見かけには似合わない現代的なインターホンが設置されていた。それを押してマイアは家主が出るのを待つ。
「どなた?」
可愛らしい女の子の声だ。年配の女性を想像していたが、姿はとっても若いのだろう。メイド、ということも考えられるが。
「香水専門店AMaiAの店長、マイアです。お届けものと、一つお願いがあって参りました」
「わかりました。使いのものをそちらへ送ります」
玄関の扉が開き、中からはドラゴンが顔を出した。尻尾で丁寧にドアを締め、こちらへ向かって歩いてくる。人一人が乗るのにちょうどいい大きさの四足歩行のドラゴンだ。そんなに大きいわけではない。
それが軽快な足取りでやって来てこれまた丁寧に尻尾で格子の門を開けた。
「ごくりょうさまでしゅ。主様からお代を預かってきましゅた。足りますか?」
少々、舌足らずなかわいい声だ。良く見れば顔立ちもまだドラゴンとしては幼い方だ。
体を横向きに少ししゃがみ、背中の横を確認するように促す。背中に荷物をつけられるようになっており、そこに財布がくくりつけてあった。ドラゴンもマイアも、このやり取りは何回も行っているようで、どちらも慣れた手つきで会計を済ませていく。
「確かに、足りましてよ。それから、逆境大華を少し頂けると嬉しいのだけど。こちらのお二人が探していらっしゃってよ」
「主様に聞いてきましゅ。少々お待ちくだしゃりませ」
背中に荷物を乗せドラゴンは屋敷へ戻る。少ししてインターホンから先程の声がする。
「ほしい方はどなたなの?」
「私です。私はルカ・クラウディア。連れは薬師とモデルのグレン・ウルクハートです」
「そう……。少々お待ち下さい」
数分後、屋敷から出てきたのはこちらも特殊なマスクを装着した毒々しい蛍光グリーンの色の長い髪のツインテール。ゴシック調の黒いワンピースに身を包んだ幼女がやって来た。ドラゴンの背にはタンク型の空気清浄機が載せてあり、幼女のマスクから伸びる管でそれは繋がっている。
「我が名はアスタロト。過去と未来を見通す、水曜日に召喚されし地獄の公爵なり。……と言っても、私の吐く息は毒霧なので、呼び出されることはここ最近ありませんが」
地獄の公爵・アスタロト。死者の国でも重鎮中の重鎮さん。さて、彼女から逆境大華を分けてもらうことはできるのか?




