未来へ繋ぐモノ 3
天空の涙を採取しにサラディック山、アトラスの石像を目指すルカ達。しかし、採取は一筋縄ではいかないようで……。
サラディック山、アトラスの石像上空。
アトラスの石像を中心にクレーターのような、なだらかな窪地があった。しかし、そこには花の鮮やかな色も葉の緑もなく、ただ石の灰色が広がっていた。
「うーん……天空の涙は青い花なんだけど……」
「青どころか植物さえ生えていないね。灰色で、なんだか寂しい所ね」
「本当に、ここで合っているんですか?」
グレンがアスクレピオスの本を読み直す。先程解読した暗号とも見比べ、更に地図を眺める。何度も何度も見返し、見比べ、何かを呟いて、何かを書き込み。満足したのか再び顔を上げる。
「うん。間違ってないよ。ここだ。合ってる。けど、おかしい。天空の涙は見えないほど小さな花ではないし、開花の時期も今の季節だ。多年草だから毎年花を咲かせるし」
遠目からではわからない何かがあるかもしれない。とにかく下に降りて見た方が何か見つかるかもしれないという期待を抱いて一行は空飛ぶ絨毯と箒を下降させる。
地面が近づいても、そこにあるのは灰色の砂利と砂と山肌だった。青い花の姿なんて、花びらの一枚だって、小さな緑の芽だって、どこにも見えやしない。
「ここにも……もう……」
ノアの絶望する声が聞こえた。
せめて花の種でもあれば急成長させて育てることができる。そうすれば花は手に入る。せめて種だけでも、とルカは膝を付き這いつくばって種を探す。まだ希望を捨ててはいけない、と。グレンも種を探す。絶対にここにあるのだから、と信じて。
ノアはふらふらと歩き出した。その向かう先はアトラスの石像だった。
「貴方がこの場所にずっといたなら、教えて。天空の涙はどこにあるんですか!? 僕の家族を殺さないで!!」
アトラスの石像に訴えた。ノアの叫びを聞いてもアトラスの石像は何も答えない。静かにそこにあるだけだ。ノアは石像を叩き、殴り、その手を痛めながら叫び続けた。お願いだ、と何度も何度も。
やがてずるずると崩れるように座り込んだ。ノアにそっとルカが近づいた。かける言葉など見つからないが、それでも近くにいた方がいいだろうと判断した。母親を失った自分と同じようになってほしくない。誰か支えてくれる人がいなければ。
ばたっ、ぽたっ。
静かなその場に聞こえた音が、ノアの流した大粒の涙であることに気づく。
瞬間、ふわっ、と風が吹いた。その風は確かに花の香りを含んでいた。地が花びらのようにめくれ上がり、舞い上がり、その下からは眩しい青い光の絨毯が現れた。
「……天空の、涙」
青い花が、天空の涙が広場一面に咲いていて、その中に三人はいた。
「涙一粒、か。それがこの花を守る仕掛けだったんだ」
グレンが気づいた。
暗号の一文。“涙一粒”。天の神が捕まえた流れ星はアトラスの石像だ。なら、あの文章と同じように涙をその石に一粒こぼせば良かったのだ。
天空の涙は青い星形の合弁花だった。地上の星のように咲くそれは淡く青く光っていて、とても美しい花園だった。
「ノア、ほら」
天空の涙を一輪摘み取ってノアに渡す。見つかったことに安堵し、涙を流しながらそれをルカから受け取った。
「まず一つだね。大丈夫。最後まで私達は貴方の家族を救うために動くから。それに、貴方が泣いて涙を流してくれなかったらこれは見つからなかった。ありがとう、見つけてくれて」
「はい。ありがとうございます」
グレンが花畑の縁で呼んでいる。薬に必要な分の天空の涙が採れたようだ。花畑は見える時間が決まっているようだ。採取するだけの短い間、時間にして10分くらいだろう。縁の方から灰色が戻り始めている。
美しい青い花園が元の寂しい灰色の広場に戻っていくのを見守った後、二つ目の暗号に向き合う。
次に向かうは命の樹。それはとても大きな大樹だ。この大樹は天界にある浮遊する島に生えている。この島は天界を浮遊し、風に乗り移動することで天界中に命の祝福をもたらしている。天使の生まれる場所には年に二度来ては生まれたばかりの天使や、これから生まれてくる天使達に祝福を授けていく。更にこの樹の枝は神事にも使われる為、天界でも簡単に採取ができない。
そして天界と言えば魔界の民にあまり優しくない。まだ人間である魔女や魔法使いならいいが、アンデッドやゴースト、特に悪魔なんかは徹底的に容赦がない。天界の知り合いを頼り安全に穏便に向かった方がいい。
「やぁ。探し物かい?」
天界の縁、月白の大地にいたのは月の天使サリエル。通称・月兄、或いはお月様だ。彼はこんな天界の外れにいるが、これでも天使としての位が高く、神の前に出ることを許された数少ない大天使だ。四大天使のウリエルとは昼と夜で対をなす存在で、夜の人間界を見守り、人々の魂や天使達の罪の重さを量り断罪し、人々を月の清らかな光で癒すのが仕事だ。
「命の樹か……。なかり危ない所に行くね」
「お月様、そんなに命の樹は危ないものなんですか?」
「いや。そういう訳じゃないよ、ルカ。命の樹自体は何もしやしないよ。あれは死にかけた命にさえ癒しと活力を与えるもの。危ないのは、それを守る者さ」
暗号にも不穏な一文があった。上から行けば串刺し、と。
命の樹は島の森の中央に位置し、命の樹の周りには様々な植物が命の樹を守るように囲っているそうだ。特に上から行けば荊のドームと森の中に住む守る者達によって体を切り裂かれ、串刺しにされる。厄介なことに命の樹の特性により死ぬことは叶わず延々と痛みと苦しみにさいなまれ続けるのだそうだ。
月兄はそれを防ぎ、最小限の犠牲で手に入れられる方法は暗号の中にあると言う。
“身を切り裂き、赤き血潮を流せば森は開く。白き花を赤く染めれば道は自ずと開くだろう。”
白き花、これが正しい道の鍵となるだろう。その鍵がどこにあるのかを見つけなければ命の樹へ辿り着けない。
「あれが命の樹のある浮遊島、ヴィー・バレーノだよ」
説明しながら連れてきてもらったそこは、とても大きな島だった。テーブルマウンテンという絶景が人間界にあって、それのようだと言えば分かりやすいかもしれない。それが目の前を飛んでいるのだ。
ゴゴゴゴゴ……、という轟音が目の前に迫る。目の前には自分達が写っている。ガラスや鉱物の結晶などではなく、大きな目玉に写っていると認識するのに少し時間がかかった。
「こいつはね、巨大な岩クジラなんだよ。命の樹を守る者の一体。命の樹の大地にして土台。ヴィヴィ、僕は月の天使サリエル。元気かい?」
船の汽笛のようなボー、という音を出す。それを聞いて月兄は笑って会話をする。言葉がわかるらしい。
「それは良かった。命の樹の枝が少し必要なんだ。枝葉を5本位貰っていくね」
月兄の言葉にまた船の汽笛のような音が答える。交渉が成立したようで月兄が上へ向かうように促す。
全ての天使は岩クジラの言葉がわかるらしい。しかし、堕天してしまうと次第にわからなくなってくるのだと言う。つまり、言葉がわかるということは天使であるという証明でもあるのだ。
岩クジラの上に降り立つと、そこは巨大な森だった。中央に向かって木が高くなっている。中央の木は一番大きいのにその姿は見えない。中央付近の木を囲むように荊の繭があるからだ。あの荊の繭の中心に命の樹があるのだろう。微かに光が漏れている。
「上からどころか、横から行っても串刺しになりそうな……」
ルカはノアの言葉に頷く。グレンと月兄は本の暗号を読み、意見を言い合っている。森の入り口がどうだ、花は森の外か奥か、と。
「森の周りを一周回ってみようか。それで白い花がなければ森の中に入ろう」
「守り人が立っていてくれるとか目印があると嬉しいけど、そんなわけないよね。そこまで親切設計だったらセキュリティガバガバだし」
一行は外を回ることにした。途中、白い花が幾つか咲いているのが見られたが、月兄が天使の守りの力を感じなかったため素通りした。一周して、奥に進むことを決め、森の中へ入った。森の中は静かだが何かの気配はした。命の樹を守る者達だろう。
身を縮ませながらノアはルカの隣を歩く。監視されているような気配が怖いらしい。ノアはしっかりした物言いをし雰囲気も利発そうではあるが、背丈や仕草から見た彼の年齢は10にも満たない子供だろう。親無しで一人でここへ来て、家族のために薬を手に入れるだなんて。本当は怖くて当たり前だ。
「ノア。実はね、少しこの森が怖いの。良かったら手を繋いでくれるかな。そしたら怖いのどっか行きそうじゃない?」
ノアの自尊心、プライドを傷つけないようにルカは手を差し出す。そうでないとこの子は恐怖に押し潰されてしまう。そうならないように一つ、行動を起こす。
「……いいですよ。でも父さんは恐怖とはうまく付き合うのがいいって言いました。危険なものを教えてくれるからって」
「あぁ、防衛本能のことかな? ノアのお父さんはいいことを言うね」
「父も薬師です。危険な場所に行くこともあります。だから恐怖とうまく付き合うことの大切さを知っています。今は、怪我して、お母さんとお祖父さんのこと、すごく心配してて……」
「いいお父さんだね。お父さんを安心させるために、早く薬が手に入るように一緒に頑張ろうね」
「はい!」
元気な返事をして彼は前を向く。今度は堂々と歩いている。この少年は家族のためのとなると強い。それだけ家族が大事なのだ。きっと優しい両親と彼らを見守る監督役の祖父、そういう家族だったのだろう。
その笑顔を奪った者をルカは許せない。この家族が何をしたというのだろう。できることなら早く薬を調合して呪いを祓い、呪いをかけた者を捕らえ裁かなければならない。
次回、月の天使・サリエル(月兄)と共にヴィー・バレーノを探索。無事に試練をくぐり抜けて命の樹の枝を入手できるのか?
血を流す試練らしいので、痛そうです。




