第4029話 雷の試練編 ――低温エリア――
瞬の強化のため、雷の聖域へと訪れていたカイト。そんな彼らがたどり着いた雷の聖域で待ち受けていたのはカイトも見た事がないという、とある世界を模したらしい宇宙港と、再びとなる地球側の面々との合流であった。
そうしてたどり着いた遠未来の宇宙港の一角にある低温エリアに足を踏み入れたカイト達だったが、そんな彼らを待ち受けていたのはエリア全体に広がる氷塊であった。
というわけでまずは凍り付いたエリア全体をなんとかしないとどうにもならない、と判断した一同は一度班を再び分離して、とりあえず行けるエリアへと足を運ぶ事にして、カイトと瞬達はそれぞれ十字路の正反対の通路へと進んでいた。
『お兄ちゃん。一個聞きたいんだけど』
「ん?」
『もしこの状況でおトイレ行きたくなったらどうなるの?』
「……お前、まさか……」
『ち、違う違う違う! きちんと探索を始める前にきちんと行っといた!』
まさかこの期に及んでそんなことを言うのか。そんな半眼の兄の顔が、ヘルメットを介しても分かったのだろう。浬は大慌てで首を振る。これにカイトは盛大にため息を吐いた。
「はぁ……ったく。なんでんなこと聞くんだよ」
『ごめん……聞き方が悪かっただけ。でもこの状況、お昼とかどうするのかなー、って』
「昼休憩か……確かにそこはどうするか考えんと駄目だな」
カイトはどうしたものだろう、と浬の問いかけに思う。一応何時間と戦闘状態を維持する訓練を彼女らにも施しているので、最悪は休憩抜きの連続戦闘も選択肢には入れられる。だが入れられるのと取りたいかというと、また話は別だ。
「まぁ、それについては追々考えよう。何かしら休憩が取れるスペースはあるだろうしな」
『そうだと良いんだけど……』
一応低温環境下から身を守るシールドにより寒さを感じる事はないし、僅かに感じる寒さも宇宙服に備わっている温度調節機能により問題はない。更には新陳代謝も制御しているので尿意を感じる事もないのだが、それはそれ。休憩は取りたくなる。その休む場所の確保は重要だった。
『というか、ここの人達ってトイレとかどうしてたんだろ。皆が皆新陳代謝を制御出来たとも思えないけど……』
『ああ、それは簡単であります。宇宙服の中でそのままして大丈夫なようになってるであります』
『え゛? そ、そのまま? で、でも確か股間の所開くよね?』
『それは宇宙船やらに乗ってる時にするためであります。宇宙で排泄なぞ出来ないでありますからな。そのまま中でするしかないであります』
『そ、そうなんだ……』
そう言われればそうでしかないんだろうけど。浬はそんな事態だけは避けるようにしよう、と改めて新陳代謝を制御している魔術を強固に意識する。
『で、でもこのままかぁ……』
『ああ、そのままと言っても垂れ流しにならないようにはなってるであります。物によっては股間部に装着された専用装置から管が伸びて』
『ストップ。詳しく言わなくて大丈夫』
イヴは善意で教えてくれている事は分かっているが、だからといってこの話を延々と続けたいわけではない。というわけで浬の制止に、イヴは特に基にしなかった。
『そうでありますか? まぁ、浬殿のモデルは外部に接続するタイプでありますので、もししたくなったら』
『もう良いって言ったの、そろそろ覚えよっか?』
『イ、イエス・マム!』
「あははは……ま、そうならんで良いようにとりあえず今はこの氷をどうにかせんとな」
にこやかに笑っているように見えて、ヘルメットの裏の額には青筋が浮かんでいる。そんな様子が声音でイヴにも理解出来たようだ。というわけでそんな彼女らに笑いながら、カイトはまず目の前の問題に集中させる。
『なにかわかんの?』
「とりあえず択は二つ。温度管理システムを再起動するか、システムをダウンして自然解凍を待つか」
『どっちも良い予感しないんだけど』
「オレもだ」
浬の軽口にカイトも笑う。と、そんな彼にユリィが問いかける。
『そういえばカイト。この氷って魔術で溶かせないかな?』
「溶かせはするだろうが……多分根本的な原因に対処しない限り一緒だと思うぞ」
『やっぱりそっかぁ……多分瞬間的には溶かせても、どこかでまた復活しちゃうよね』
やはり色々と楽に突破は難しいのだろう。ユリィは氷の熔解は難しいと判断する。そうして再び周囲を見回る彼女だが、そこでふとイヴが口を開いた。
『……やっぱり駄目であります。動力炉からの応答がないであります』
「ん? お前、何やってたんだ?」
『動力炉の状況を確認してたであります……あれ? そういえば本官この施設の動力炉についての話、したでありますか?』
「そういえば聞いてないな。動いてないのか?」
動力炉の話が出たのは歓楽街の再稼働のタイミングだ。あの時は施設全体が停止していたので再稼働させる事が最初の目標になったわけだが、今はこの研究施設然りで施設の機能は正常に動いている。
一部壊れていたとしてもそれは施設そのものの破壊が原因と考えられ、特に気にした事もなかったのだ。というわけで動力炉が停止している可能性は想定していなかったカイトの問いかけに、イヴが頷いた。
『そうであります。と言ってもこれは語弊のある言い方で、正確に言えばこの研究エリアの独立した動力炉が止まってるであります』
『独立した動力炉?』
『研究開発には莫大なエネルギーを要するであります。それで基本は別に動力炉を用意して、他の業務に支障のないようにしてるであります』
『その動力炉が動いてないってこと?』
『そういうことであります』
浬の問いかけに、イヴははっきりと頷いた。これにカイトが小首を傾げる。
「動いてないとなにか問題があるか? 大訓練場でも言ったが、他にエネルギーを回していない以上はメインの動力炉からの分で十分なはずだろ?」
『それは間違いないであります……ただシステムエラーがそれに起因している可能性があるであります。予備の動力炉がエラーを起こして停止したため、それに引きずられてエラーを起こしている可能性、でありますな』
「なるほどな……」
イヴの指摘に対して、カイトは道理を見出したようだ。彼女の言葉に僅かに険しい顔を浮かべる。と、そんな彼がそのまま問いかける。
「そういえばふと思ったんだが、予備の動力炉は通常は研究開発に使ってたんだな?」
『そうであります。大規模な試験を行う際の予備という扱いでありますな』
「逆にそいつを本来の用途で使った可能性は高いか?」
『普通に使ったであります。シールド展開、防衛装置の稼働……しかもそこにハイパーワープまであったであります。全体的にエネルギーはカツカツでしたので、予備の動力炉三基も全部戦闘に回したであります』
カイトの重ねての問いかけに、イヴは予備の動力炉も全て敵からの防衛に使った事を明言する。そしてこれで、カイトは大体何が起きたかを察したようだ。
「なるほどな……ということは攻撃の反動で過負荷が生じて緊急停止か」
『確かそういう流れだったかと……うん。やっぱり駄目であります。遠隔での再起動はできそうにないであります。動力炉まで行かないと駄目っぽいであります』
「わかった……選択肢の一つに入れよう。で、それは良いんだが……念のための確認だが、動力炉は核分裂炉じゃないよな?」
『核分裂炉は基本的に使われないので安心して欲しいであります。緊急時に被爆の危険性があるので、使わない方が好ましいとされているであります。あれは燃料棒の取り扱いも、ぶっちゃけ面倒でありますからな』
「それなら良い」
イヴの返答に、カイトはほっと胸を撫で下ろす。核分裂炉は現代の地球で最も使われている原子力発電だ。が、同時に核を利用した発電として核融合炉というものもあり、様々な動力炉を運用するほどの文明なので核融合炉もあるだろうと考えたので、核と短縮しなかった様子だが案の定だったようだ。
「さて……それはそれとして。とりあえず通路を進み続けているわけだが……やはり地下エリアの地図はほぼ隠されてるか」
『しょうがないであります。ここに収納されてるのは大半が共和国連合の生物兵器。どれか一つでも盗まれようものなら大問題でありますからな。情報は秘匿されて然るべきであります』
「盗まれてたっぽいけどな……」
『それは言わないで貰いたいであります……』
カイトの指摘にイヴががっくりと肩を落とす。二人が何を思い出していたかというと、やはり歓楽街エリアの裏カジノだ。あそこで運用されていた生物兵器のいくらかは、この研究エリアに運び込まれて保管されていたものと考えられた。というわけでそんな事を話しながら進むこと十分ほど。通路の果てまでたどり着いた。
「ここまでか……幸いこの通路は行き止まりまでたどり着けたが」
『途中の部屋の半分ぐらいは完全に氷で埋まっちゃってたね』
「そして残った半分の更に半分は氷で埋まってホログラフが停止、と……実質動くのは三割程度か」
『あれぐらいだったら溶かせそうじゃない?』
「やれんことはないだろうが……まぁ、この様子じゃ扉もどこまで動くか、というレベルだろうな」
おそらく扉の開閉を行うための隙間にも氷は入り込んでいるだろう。となるとどこまで動くかは未知数だった。というわけで、カイトは試しに一番最奥の部屋のまだ無事なホログラフに手を当ててみる。
「……」
『ぶぶー』
『ぷぷー、じゃない?』
『ぶぶーだと思うけど』
「どっちでも良いよ」
浮かび上がった開閉スイッチに触れたカイトであったが、触れた途端コンソールが赤く輝いて動作不良を表示する。それはその後にソレイユとユリィが何度も試しても一緒で、一見問題ないように見えて動くかどうかは別問題だと理解させるものであった。
「とりあえず、この扉の中にも氷が入り込んでるっぽいな……まぁ、わかりきった事か」
『これだけ凍っちゃってるもんね……あ』
「んぁ? あ」
無理もないかな。そんな感じで浬が自分の近くにあった無事なコンソールに触れた瞬間、扉がぷしゅっと音を立てて開く。最初にイヴの言った通り生物兵器達は完全に凍り付いているし、ドロイド達はこのエリアでの戦闘行動は禁止されている。
敵襲に遭う事もないので、特に問題があるわけでもない事は幸いだろう。とはいえ、それはそれとしても不用心である事に違いはない。なのでカイトはため息混じりに浬をたしなめた。
「お前な……迂闊に触れるな」
『ご、ごめん……まさか動くなんて思ってなかった……』
「はぁ……一発で動くあたり運が良いのか悪いのか……」
とりあえずこれから開く部屋に入ってみようか、と思っていた所だったので良い悪いで言えば良いのだが、それはそれとして呆れるしかない事である事もまた事実である。というわけで照れ臭そうに謝罪する浬に、カイトは呆れながらも通信機を起動する。
「先輩。こっち通路の端までたどり着いた。で、開く扉も見付けた。ここからは部屋の探索に入る」
『わかった。こっちもちょうど通路の端までたどり着いた所だ。こちらもこれから部屋の探索に入る』
「わかった。ドロイドからの襲撃も生物兵器からの襲撃も現状考え難いが、十分に注意してくれ」
『了解』
カイトの指示に、瞬が一つ頷いて通信を終わらせる。というわけで通信を終えたカイトは、浬の見付けた部屋の中を覗き込んでみる。
「……こりゃまた。なんか良くわからん検査キットが山のように」
『卵生タイプの生物兵器を調査するキットがあるであります。おそらく生物兵器共の生態調査を行うエリアだったのかと』
やはり遠未来の文明だ。検査キットの数々もカイトにさえ想像も出来ない物も少なくなかった。が、イヴはやはり軍属で色々と情報を聞いていたのだろう。なにかの台座の上に鎮座していた卵ケースを大きくしたような機器類を指さしていた。
「なるほどな……なにか特にあるとも思えんが……まぁ、とりあえず部屋の調査を進めよう」
ここの部屋が何を目的にして作られたか、という点はまだ見えていないが、とりあえず情報が手に入れば御の字だ。というわけで、一同は手分けしてこの通路の部屋の中を虱潰しに探索していくのだった。
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