62.文句なしの運命
兵士たちの口から、次々に感嘆の言葉が漏れる。
「奇跡……」
「我々は奇跡を目にしているのか……?」
「なんと美しい……!」
最初は小波のようだったいくつもの声が、大きなうねりに変わっていく。
そのときだった。
「素晴らしい! 素晴らしいぞ!」
ラスティン国王が叫んだ。
「チカ! やはりそなたは真の聖女であったか!」
「はい?」
素で聞き返す。
この人、さっきまで私のこと「なまくら聖女」って呼んでませんでした?
ラスティンは悪びれもせず、意気揚々と歩み寄ってくる。
「わざわざ異世界から召喚した甲斐があった、邪竜までも従えることができるとは……余はそなたを許すぞ。そして邪竜の力をふたたび我がアスダールのものとする!」
「……てめえ、いい加減に」
不機嫌そうにイオが唸る。
でも、私の大声の方が一瞬早かった。
「いい加減にして!」
いきなりキレた私に驚いたのか、ラスティンが目を丸くして動きを止める。
驚いたのはイオも同じらしい。
「チ……チカ?」
言いかけたことが吹っ飛んだ様子のイオの前に仁王立ちして、続けた。
「邪竜って何? あなたにとって都合の良い道具のこと? 強いから利用する、使えなくなったら捨てる、嘘で固めて悪者にする、そういうのもうやめて! イオも私も、あなたの我儘は聞きません! まとめるとイオは邪竜じゃありません!!」
しん……と周囲が静まり返った。
何千の眼差しが、私ひとりに注がれている。
(まずい……みんなめちゃめちゃ引いてる……!)
イオでさえ、ちょっと引いてるもんね。
仕方ない、私いま凄い早口だったし、まとめるとって言いながら全然まとまってなかったし。
「あ……あのですね、みなさん、あの……」
急にトーンダウンする私の前に進み出て、膝を折った人がいた。
ジャスティン殿下だった。
「チカ様、そして竜……空と大地を支配する者よ。これまでの無礼、どうかお許し願いたい……!」
「ジャスティン殿下……?」
声を震わせ、頭を垂れて、ジャスティン殿下は続けた。
「我々は、あなたたちの自由を奪い、その力を意のままに操ろうとした。それがアスダールのためだと信じていたのです。ですが、間違っていた……時を戻すことは叶わずとも、せめて過ちを詫びさせてはいただけないでしょうか」
「ジャスティン! 貴様、余をさしおいて勝手な真似を!」
ラスティン国王が弟の胸倉を掴む。
いつものように屈するかと思いきや、ジャスティン殿下は毅然と兄王を睨み返し、その手を振り払った。
「まだおわかりにならないのですか、兄上! チカ様が説いているのは命の理。偽りの上に成り立つ為政は限界です。もう貴方には従わない。私は私の意志に従い、チカ様を信じる!」
「ぼ、僕も!」
幼い声が賛同した。
兵士をかきわけて現れたロニーが、ジャスティン殿下の後ろで膝をつく。
「私も!」
「私もチカ様を信じます!」
アニヤとラミヤが走り出てきて、ロニーと並んだ。
彼らに倣って、兵士たちが次々に跪いた。
手にしていた剣や弓が、次々と草の上に放り捨てられていく。
「この……裏切り者どもが……っ」
ラスティン国王が歯軋りをし、やがて観念したように、その場にへたり込んだ。
「人間は勝手だな。ま、チカがそれでいいなら、いいや」
複雑そうに、それでも笑みを浮かべてイオが言った。
「チカ! よかったね!」
「チカ様ー!!」
ロニー、そしてアニヤとラミヤが抱きついてきた。
泣き笑いだった三人の視線が、私の顔の上部で止まる。
「チカ……それって」
ロニーが私の額を指さす。
「なに? 私の顔がどうかした?」
「チカ様、こちらをお使いください」
ラミヤが手鏡を差し出す(さすが宮殿侍女)。
受け取って、鏡の中の自分の顔を、おそるおそる見た。
そこに映った私の額に、菱形の小さな紋様が浮かび上がっていた。
イオの額にあるのと同じ大きさ。同じ形だ。
「それ消えねえから。俺と番になった証だ」
隣に立つイオが言った。
「番になった、証……」
ジャスティン殿下に聞いた話を思い出した。
真の聖女と呼ばれた女性、イオのお母さんでもあるユズハさんの体にあったという、特別な印。
「御印」と呼ばれていたのって、もしかして、この竜の番の証だった……?
「お前は、もう人間じゃない。俺と同じ時を生きる、竜の番だ」
イオが手を伸ばし、そっと私の額に触れる。
「文句なら聞かねえぞ。運命だと思って諦めな」
威勢の良い言葉とは裏腹に、イオの目の奥には微かな不安と懺悔の色が揺れていた。
私の幸せを願って、一度は人間の世界に帰そうとした彼。
やっぱり優しすぎるし、素直じゃない。
でも、そういうところが、とても好きだ。
「文句なんて、あるわけないよ」
まっすぐ彼の目を見て言う。
イオが安心したように顔を綻ばせ、強く私を抱きしめた。
「愛してる、チカ。もう絶対離さねえ」
ロニーが慌てて横を向く。
アニヤとラミヤが、きゃ、と小さく叫んだ。
「え、え、待って、みんな見てるから!」
「人間の常識なんぞ知るか。竜に愛されたらこういう目に遭うんだ、一生な!」
「いや、それはちょっと……ね!?」
慌てる私と満面の笑顔のイオ。
照れるロニー、顔を赤らめるアニヤとラミヤ、取り囲むたくさんの人たち。
足もとには緑の絨毯がひろがり、あふれるほどの花が咲きみだれていた。
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