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邪竜様の生贄花嫁~巻き込み事故で異世界召喚された私が最愛の番と呼ばれるまで~  作者: 天希莉緒
第三章

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61.発動、聖女の力

 風が渦を巻く。

 空気の渦はイオと私を包み込み、たちまち大きな流れになった。


 イオの唇が離れる。

 風が止む。

 私の心臓が、ドクンと大きく脈を打った。


(熱い……)


 心臓を中心に、いままで感じたことのない熱が体じゅうにひろがっていく。

 不安になってイオを見た。

 彼は力なく地面に横たわり、目を閉じている。


「イオ、目を開けて!」

 

 そのとき、ふたたび空気が鳴った。

 アスダール兵の放った矢の雨が降ってきたのだ。

 ああ、死ぬんだ、というあきらめと同時に、強く思った。


(これ以上、イオを傷つけさせない!)


 咄嗟にイオの上に覆いかぶさる。

 私の体は、数えきれないほどの矢に貫かれた。

 ……はず、だった。


(あれ?)


 ガガガッと耳障りな音がして、矢が地面に落ちる。

 私とイオがいる場所を綺麗に避けて。

 しかも――矢が全部折れてる!?


 兵士たちがどよめいた。


「結界だと……?」

「誰の仕業だ?」

「まさか、聖女が……」


 焼け焦げた服で髪を振り乱し、ラスティン国王が怒鳴った。


「ひ、怯むな! 偽の聖女にそんな力などない! 射よ!」


 命じられた兵士たちが、慌ただしく次の矢を放つ。


 今度こそ一巻の終わり……と、思ったけど、矢は今回も私たちに到達する前に折れてバラバラになり、地面に散らばった。

 まるで、私とイオを守る透明の盾があるみたい。


「どういうこと……?」


 思わず独り言が出る。

 応えるように弱々しい息が聞こえた。

 私の体の下で、イオがうっすらと瞼を開く。口もとに淡い笑みがあった。


「すげえな、チカ。魔法使えるようになっちまったのか」


「え? え? 私、そんなことできないよ?」


「今までは、だろ」


 謎めいた返しのあと、イオは苦しそうに呻き、顔をゆがめた。

 砲撃で片足を失っているのだ。そうとうな苦痛の中にいるはずだ。


「動かないで……」


 何もできないけど、血が流れ続ける傷口に手を当てた。

 すると……


「え? え?」


 目を疑う事態が起こった。

 私の手の先に、光の粒が出現する。

 それがイオの傷口を包み込むと、出血がとまり――

 なんと、失われた腿から下の部分が再生してしまったのだ。


「え! 足! 足が生えた!? 何これ、えっ、何なのこれ!?」


「落ち着けよ。いや俺も驚いてるけど」


 ふっと笑って、イオが立ち上がる。

 顔に血の気と、完全な余裕が戻っていた。


「だって足……って、イオ! 立てるの!?」


「おう、このとおり」


 再生したほうの足で、イオが軽く跳ねてみせる。


「ど、どうして……?」


「チカのおかげだ。お前が俺のつがいになったから」


「番になった? いつ、どうやって?」


「どうやってって、そりゃ」


 イオが照れたように言い淀む。

 察した。

 

(そうか、さっきのキス……!?)


 でも、だからって、あんなにひどい怪我が治るなんてどういうこと?


「竜族のつがいになった人間には、特異な能力が宿ることがあるらしい。俺の母さんは少しの怪我なら治癒できたけど、チカは何倍もすげえな」


「えええ……?」


 それしか言葉がでてこない。  

 じゃあ、この展開はイオにとっても賭けだったってこと?

 俺も驚いてる、って、さっき言ってたもんね。


「何をしている! 早く殺してしまえ、バケモノどもだ!」


 私より更に取り乱した様子で叫んだのはラスティン国王だ。

 でも、兵士たちは動かない。

 一様に畏怖の表情を浮かべ、武器を手にしたまま立ちすくんでいる。


「あいつ、うるせえな」


 イオが片目を細め、いまいましげにラスティンを見据えた。

 バサッと音がして、イオの背中に大きな黒い翼が再生する。


(イオ、力が戻ったんだ……!)


 イオの瞳が紫色にギラリと光る。

 ゴウッと大地が鳴り、爆発のような音が轟いた。上空の黒雲から落ちた雷が大砲の列を直撃し、すべて粉砕してしまったのだ。


「逃げろ……逃げろ!」

「無理だ、敵うわけがない!」


 兵士たちが武器を投げ捨て、逃亡を始める。


「……もうたくさんだ。終わらせてやるよ」

 

 崩れ出す隊列を見遣り、イオが呟いた。

 ハッとして、彼の体にすがりつく。


「待ってイオ! お願いだから、誰も……」


「傷つけるなってんだろ。見てな」


 私を受け止めたイオが、姿勢を低くして地面に片手をつく。

 見たことのある仕草だ。

 そう思うのと同時に、ふたたび風が吹きあがった。

 

「うわあっ!」


 恐怖にかられた兵士たちが悲鳴を上げる。

 けれど、その悲鳴は、すぐに驚嘆の声に変わった。


 足もとを絵の具で塗り変えるように、緑が広がる。花々が開く。

 地面だけじゃない。頭上を覆う樹という樹も、色とりどりの花びらで彩られていく。

 逃げ走る兵士たちが足を止めた。

  

「なんだ、これは……」

「は……花!?」


 建物の隅に隠れていた人たちも、おそるおそる這い出してくる。


「馬鹿な……」


 呆然と呟くラスティン国王が手にした剣の先に、ぽん! と弾けるように花が咲いた。

 ひゃあ、と叫び声をあげて、国王が剣を投げ捨てる。


「イオ……」


「俺はまだ、人間を許してない。でも、チカの願いは叶えてやりたい」


 イオは静かに言い、右手を天に翳した。

 重く垂れこめていた雲が霧散し、太陽が顔を出す。

 地上めがけて滝のように光が差しこんだ。

 氷に閉ざされていた王都が、瞬く間に緑あふれる美しい光景へと塗り変えられていった。



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