63.帰りたい場所、千の花
花塗れになった王都で、イオと私、そしてアスダール王国の人々は、戦闘で壊れた建物を協力しながら修復した。
そして、話し合いをした。長い時間をかけて。
王弟ジャスティン殿下の存在は大きかった。
王家の嘘を認め、竜人と人間との共存を模索する方向へと人々の意見を導いてくれたのだ。
そんなジャスティン殿下の提案で、イオと私はアスダール各地を廻る旅に出ることになった。
イオが恐ろしい邪竜だという長年の誤解を解くには、事実を知ってもらう他にはない。
「めんどくせー」
「そういうこと言わないで。私、イオと一緒にいろんな景色を見てみたいな」
「……お前、短期間で俺の扱いが上手くなってるよな、チカ」
渋々承知してくれたものの、行脚のあいだ、イオは頑なに竜の姿で通した。
本当の俺はチカだけが知っててくれればいい、って、まさかこういう意味でもあったとは。
そんなわけだから、最初はみんながイオを見て思いきり怯え(当たり前)、子供なんかは泣き叫ぶのでイオもまあまあ傷つく(どっちもかわいそう)みたいな光景が各地で繰り広げられたわけだけど。
イオが訪ねた土地には、豊かな実りが残る。
そして、対話が生まれる。
地道な触れあいを繰り返していくうちに、アスダールの人たちは彼を、こう呼ぶ呼ぶようになっていった――竜神様、と。
「共に暮らしましょう、竜神様、チカ様」
「どうか、これからは近くで私たちをお守りください」
そんな声が膨れ上がったけれど、イオが首を縦に振ることは、とうとうなかった。
彼には、戦争に利用された苦い過去がある。
必要以上に人間に関わることは避けたいと考えているのだ。
強大な力を提供しつづければ、いずれイオは崇拝の対象となる。
「それって、ほぼ『支配』みたいなもんだろ」
そう呟いたイオの気持ちを、私は尊重したいと思った。
それに……本当のことを言うと、彼が私にこう言ってくれたとき、泣きたくなるほど嬉しかったのだ。
「チカ、一緒に森に帰ろうぜ。俺……誰にも邪魔されずに、お前といたいんだ」
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ここからは、後日談。
イオと私が森に戻ったあと、アスダール王国には大きな変化が起こった。
まず、あのラスティンが国王の地位を失うことになった。
自身の悪政が国を疲弊させたのに、竜の呪いのせいにして、国民から税金を搾り取っては贅沢な暮らしをしていたラスティン。
邪竜という幻想が消えたとたん、廃位を求める民衆が宮殿に押し寄せ、彼は辺境へと追いやられていった。
死刑にしろという声まであったそうだから、命が残っただけでもよかったのかも。
代わりに王に即位したのは、弟のジャスティン殿下だった。
優しく理性的な王族として国民に慕われていたジャスティン殿下が王座に就くことで、なんとか混乱は収まったそうだ。
まったく想定していなかった展開で国王になってしまったジャスティン殿下(あ、もう『陛下』か)だけど、今では立派に国を治めている。
当然、「異世界からの聖女召喚」なんて儀式も、綺麗さっぱり廃止になった。
もちろん一連の事態に、イオも私も、いっさい関わっていない。
竜の炎も大砲も剣も使わずに変化を成し遂げたアスダールは、現在進行形で平和を維持している。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「報告は以上です、竜神アイオライト様。何か必要なものはございますか? 次回お伺いする際にお持ちいたしますよ」
イオと私が森に戻って、今年で十年。
竜の姿のイオに尋ねているのは、綺麗な制服に身を包んだロニーだ。
とはいえ、もう少年じゃない。
当然ながら身長も伸びて、すっかり大人。
ジャスティン国王によって「竜神連絡官」っていう役職に任命されたロニーの勤務歴も十年になる。
飢えに震えて森に侵入した少年が、今では立派な青年文官になっちゃってるんだから、ほんと運命ってわからない。
ロニーの提案には興味が薄い様子で、イオが首を横に振る。
『特にねえな。とにかく静かに暮らしたいだけだ。そっちこそ、ここに来るのは、どうしても助けてほしいときだけにしろよ。ただし争いごと以外な。そういうのは人間どうしで勝手にやってくれ』
「承知いたしました。では聖女チカ様、お望みの品などは……」
「あのね、聖女様って呼ぶのはやめて」
ロニーの言葉を遮る私。
「しかしアスダールの者は皆、そうお呼びしておりますので」
「このやりとり、何回目? 『チカ』って名前で呼んでくれればいいから。ロニーも普通に喋って」
「ふふ、わかったよ、チカ。でも人前では僕も『チカ様』って呼ぶからね。部下の目とかもあるからさ」
いつものくだけた口調に戻って、ロニーが笑う。
すっかり大人になった彼だけど、笑顔は少年のころのまま。
『本当に人間は勝手だよな。竜神様だの聖女だの、少し前まで邪竜と生贄って呼んでたくせに』
「耳が痛いお言葉です。でもイオ様、みんなあなたに感謝してるんですよ。もちろんチカにも。聖女って呼ばれるのも当然だと思いますよ」
『ふーん』
いつもながら、イオは塩対応だ。
「ジャスティン国王陛下もチカとイオ様に会いたがってるよ。たまにでいいから姿を見せてね。お願いだよ」
ニコニコと去っていくロニー。
長い首を高く上げて、イオは遠くを見ている。
ロニーを含めた使者の一行が森を出たのを確認すると、彼は人の姿に戻って言った。
「よし、静かになったな。どうしたチカ、ため息なんかついて」
「あの呼び方だけはやめてもらわないと。聖女って……」
「好きにさせとけよ。案外妥当な呼び名かもしれないぜ? チカがいなかったら俺は今でも『邪竜』のままだったろうしな」
「聖女なんて柄じゃないし。それにね、その呼び方だと美人だって勘違いする人も多いのよ」
「勘違いじゃねえよ。お前は世界いち可愛い」
イオが後ろから私を抱きしめた。
『イオ、チカノコト大好キダネー』
『イオ、大人ニナッタヨネー』
今日も今日とて妖精ちゃんたちが茶々をいれる。
「相変わらずうるせえな。俺はもともと大人だ、何せ二百九十ニ歳だぞ……ん? 二百九十一だったか、それとも二百九十三……」
『ドッチ?』
『ワカンナイノ?』
『ドーシテ? 大人ナノニ?』
「細かいことはいいんだよ。とにかく俺は大人だっての!」
変わらずやりあう妖精ちゃんたちとイオ。
「笑ってんなよ。ほら、陽が沈む前に戻るぞ」
「うん。帰ろう、イオ」
竜へと姿を変えた彼の背に乗る。
キャーキャーと歓声をあげて、妖精ちゃんたちも続いた。
……運命なんてものが本当にあるのか、私にはわからない。
だけど、さまざまな偶然と試練を重ね、私たちはお互いに「最愛の番」に出会った。
この世界に来たばかりのとき、私には帰りたい場所なんかなかった。
でも、いまは違う。
私の居場所は、イオの隣。
たとえ出会ったときのような立ち枯れの森でも、なにもない荒野でさえも、イオがいてくれたら、そこが私のいちばん愛しい場所になるはずだ。
「しっかり掴まってろよ、チカ」
「うん、離れないよ」
呼びかけるイオに返事をして、黒い鬣に体を埋める。
大きな翼が風を叩き、イオは背中に私を乗せて晴れた空へと舞い上がった。
豊かな緑がさざめく森は、今日も千の花々の甘い香りに包まれている。
…END
お読みいただき、ありがとうございました。
ブックマークしてくださった方、評価をくださった方、重ねて御礼申し上げます。
本当に嬉しく、更新の支えになっていました。
ラストシーンまでお付き合いいただいた方も、評価などいただけましたら今後の大きな励みになります!
またいつか、別の物語でお会いできますように。
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