55.地下牢
男性キャラクターの乱暴な言動があります。
苦手な方は今エピソードをスキップして、次回更新の続きからお読みください。
宮殿に連れ戻された私は、騎士たちによって敷地の片隅に佇む塔へと引きずっていかれた。
古い、とても古い建物。
地下への階段を降りた先の暗闇を、松明の炎が照らしている。
三方の壁は、むき出しの石。
残る一面は鉄格子。
調度品は粗末なベッドだけ。
(地下牢だ……)
まもなく国王ラスティンが現れた。
目が血走り、眉尻は見たことのないほどの角度に吊り上がっている。
国王の後ろには王弟ジャスティンが控えていた。
薄明かりの中でもわかるほどに顔が強張っている。
靴音も荒く目の前までやって来たラスティンが、私を見下ろして言った。
「よく戻った、聖女……いや違うな、魔女よ。ここは魔力を封じる術を施した塔だ。そなたの妖術は効かぬ」
「妖術なんて、もともと使えませんけど」
言い返したとたん、いきなりラスティンに肩を蹴りつけられた。
床に横倒しに倒れこみながら、痛みで目の前が真っ白になる。
ジャスティン殿下が慌てた声をあげた。
「陛下、どうかお心をお鎮めください……!」
「うるさい、どけ!」
止めに入ろうとする王弟を突き飛ばし、ラスティンはなおも私の身体を踏みつけた。
「どこまで余を馬鹿にする気だ! 逃げる暇があったら祈れ、さっさと国を豊かにせよ! あの忌まわしき邪竜のためにやってみせたことが、なぜ余のためにはできぬのだ!」
邪竜。
ラスティンの口からこの言葉が出て、痛みと恐怖で痺れていた頭に激しい怒りが湧きあがった。
床に這ったまま国王を睨みつけ、声を絞りだす。
「忌まわしき邪竜なんかいない。彼はあんたより、ずっと優しくて強いんだから」
「なんだと?」
ラスティンのこめかみに青筋が浮かぶ。
かまわず私は続けた。
「あんたのためになんか祈らない。あんたみたいなのが王でいる限り、アスダールに未来はないわ」
「この魔女めが……余を愚弄しおって! 死にたいのか!」
ラスティンが拳を振りあげた。
見かねたジャスティン殿下が、今度は体ごと私と国王の間に入る。
「おやめください陛下! 聖女に害をなせば国に災いがふりかかります!」
「災いなど起こらぬ! こいつは自ら聖女ではないと言っていたぞ」
「まだ分かりません、邪竜の森に実りがもたらされたことは事実なのです。ここは国民のため、陛下ご自身のためとお考えになって何卒……!」
必死の形相の王弟の言葉に、ようやくラスティンは右手を下ろした。
「ふん、今日はここまでにしておいてやろう。だが許さぬぞ。聖女を騙る嘘つきめ、余を騙した罪は償ってもらう」
鼻息荒く言い切って、国王が背を向ける。
「す、すぐに医師を呼びます」
兄に聞こえないよう囁いて、ジャスティン殿下も後を追って行った。
全員が出ていき、牢に静けさが戻った。
鉄格子の向こうで弱々しく燃える松明の火。
薄暗い空間に、牢番がゆっくり歩きまわる靴音だけが聞こえている。
(まあ、こうなるよね……)
痛む体で仰向けに寝転がったまま、妙に冷静に考えた。
押しつけられたとはいえ、王都に来てから私が聖女として振る舞っていたことは事実だ。
そのうえ売り言葉に買い言葉、ひどい物言いをした。
国が滅ぶとか。聖女でもないのに。
でも、ムカついた。イオを悪し様に言われて。
(これは本当に殺されるかもなー)
唯一の救いは、今のところロニーが逃げ延びているらしいことだ。
彼が捕えられていたら、ジャスティンは間違いなく告げるはず。私が嫌がるとわかっていることを、彼がしないわけがない。
家族と再会するロニーを想像すると、体の痛みが少しだけ軽くなる気がした。
ロニーが元の暮らしに戻ることができたら、この逃亡計画の半分は成功だ。
もう半分の気掛かりは、スイちゃんのこと。
あの状況ではロニーに託すしかなかった。
でも、彼は森に近づくことができない。
もとからイオを怖がっていたし、次に会ったら殺されると怯えている。当たり前だと思う。
ロニー、私の願いを聞き届けてくれるかな。
無理なら、彼と一緒に異国の森をめざすのでもいい。
どんな形でもいいから、スイちゃんがまた元気になりますように。
本当は、あの森で、きょうだいみたいな妖精ちゃんたちと一緒にイオの周りを飛びまわって、コロコロ笑っていてほしい。
「……イオ」
わざと声に出して言ってみた。
ズキンと脇腹が痛んで、呻きに変わってしまう。
お別れの言葉も、ちゃんと言えなかった。
イオ、怒ってるだろうな。
それとも、もう忘れたかな。私のことなんか。
……イオ。
こんなことになっちゃったけど、私、あなたに会えてよかったよ。
イオに出会う前の私は、自分の意思を伝えることもできなかった。
でも、ちゃんと言えたよ。
嫌なことは嫌だって。やりたくないことはやらないって。
ひとりだった私に、帰りたいと思える場所ができたよ。今は、すごく遠く感じるけど。
じわりと視界が滲む。
急に溢れた涙が、冷えた肌の上を滑りおちていった。




