50.大誤解、大ピンチ
男性キャラクターの乱暴な言動があります。
苦手な方は今エピソードをスキップして、次回更新の続きからお読みください。
「……様。聖女様!」
肩を揺すられ、我に返った。
気づけば私は床に仰向けになって、ジャスティン殿下に上半身を抱えられていた。
見下ろす殿下が、ホッとした表情を見せる。
「よかった、意識が戻られた……!」
瞳だけを動かして周囲を見まわせば、そこは、もといた資料室だった。
さっきまで、目の前には幼いイオがいて。
彼に触れることさえ、できそうだったのに。
あれは夢だった……?
「え……私、どうして……」
「ネックレスを手にした後、いきなりお倒れになられたのですよ。とにかく、医者を呼びましょう」
「ユズハ」
目眩に耐えながら、呟いた。
ジャスティン殿下が訝しげに眉を寄せる。
「いま、何と?」
「……真の聖女と呼ばれた女性の名は、ユズハ、ですか?」
殿下の顔が、ふたたび強張った。
「何故それを……? 聖女ユズハの名は正式な記録にはありません。王族しか知りえないことです。兄上がチカ様に伝えたとも思えませんが」
「じゃあ、私が見たのは」
夢じゃ、なかった。
視線を上げて、ケースの中で輝くネックレスを見上げる。
つらなる青い石の正体は、竜の鱗だ。
あのネックレスの持ち主の名前は、「ユズハ」。
一度は生贄として捧げられたのに、邪竜の森から戻って王妃となり、聖女と呼ばれたひと。
震える手で、自分のペンダントを握りしめた。
竜の鱗どうしが呼び合って、過去の記憶を見せたんだろうか?
そして黒炎の王子の正体は、幼い日の……
「イオ」
虚空に向けて呼んだ私の声をかき消すように、突然の怒号が響いた。
「離れろ、不埒者ども!!」
背後からの大声に、私はビクッとすくみ上がった。
靴音も高く近付いてきたのは、豪奢な白ジャケット姿のラスティン国王だった。
「兄上……!」
何かを言いかけたジャスティン殿下の胸ぐらを、国王が乱暴に掴む。
「ジャスティン! 貴様、聖女に手を出そうとしていたな!? 弟とはいえ反逆罪に値する行為だぞ!」
「兄上、いえ陛下、誤解です!」
ラスティン国王は耳を貸さず、弟の体を書架に叩きつけた。
衝撃で棚からこぼれた本が、尻餅をついたジャスティン殿下の上にバラバラと落ちる。
「貴様が聖女に懸想しているのは気づいていたぞ。なんとか二人になろうと画策しているのもな! 資料室で逢引とは考えたものだ」
「け、懸想だなどと! 私は聖女様と、我が国の今後について話し合いができればと……」
「ええい、黙れ!」
国王の足がジャスティン殿下を蹴りつける。
「何するの!?」
止めに入った私の腕を、ラスティンは乱暴に掴みあげた。
「なまくら聖女が! 一人前に男に色目を使いおって! 来い!」
「違います! ちょっと、放してっ」
ものすごい力で引っ張られ、無理やり資料室から連れ出される。
「チカ!」
扉の外で待っていたロニーが駆け寄ってきた。
資料室への入室資格をもたない彼は、王弟と国王が次々に資料室に入っていっても、私に知らせることができなかったのだ。
「ロニー、いいから!」
いまにもラスティンに抗議しそうな気配を察して、必死で制した。
この状況でロニーが国王の不興を買えば、彼の身にも危険が及ぶ。
宮殿の廊下を国王に引きずられ、私は自室に連れ戻された。
「チカ様、おかえりなさいませ……こ、国王陛下?」
「皆、出て行け!」
動揺する侍女たちをを怒鳴りつけて部屋の外に追い出すと、ラスティンは力任せに私を寝台に突き飛ばした。
「つけあがりおって! そなたの産む赤子のほうが、よほど役にたつであろうよ」
ものすごい力で抑えこまれ、重たい体が覆い被さってくる。
近づく顔が、怪物に見えた。
「やだ……っ!」
叫んだとき、すぐ近くで、
ガシャーン!!
と、何かが壊れる大きな音がした。
ラスティンが跳ね起きるように私から離れる。
「うわっ、なんだこれは……水!?」
慌てふためく顔や髪が、びっしょり濡れている。
壁際にあったはずの花瓶が割れ、破片と花が床に散らばっていた。
中の水だけが、床ではなくラスティンめがけて降り注いだのだ。
「……気味が悪い。興冷めだ」
水浸しの金髪をかきあげ、ラスティンが舌打ちをする。
後退りしながら、
「聖女よ、望み通り続きは婚礼のあとにしてやる。式は七日後に行うぞ」
「な……七日後……?」
耳を疑う。
予定より十日も早い。
「忘れるな。そなたは余のものだ」
捨て台詞を残し、ラスティン国王は靴音も高く部屋を出ていった。
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