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邪竜様の生贄花嫁~巻き込み事故で異世界召喚された私が最愛の番と呼ばれるまで~  作者: 天希莉緒
第三章

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49.「泣かないで」

 ――また、場面が変わった。

 美しいドレスに身を包んだユズハさんが、宮殿のバルコニーに立っている。

 眼下を埋める大群衆。

 みな高揚した様子で、口々に叫んでいる。


「聖女様、万歳!」

「勝利は我らに!」

「王国に栄光あれ!!」


 豪奢なマントを纏った金髪の男性が、ユズハさんの隣に立っている。

 満足そうに笑みを浮かべて、彼は言った。


「聖女よ。いや、我が妃よ。此度の戦も大勝利だ。そなたと、そなたの息子に感謝する」


「国王陛下、お願いです。息子の力を戦に利用するのは、もうやめてください。あの子は嫌がっています」


 ユズハさんの冷たい声に、国王と呼ばれた男は酷薄な笑みを浮かべた。


「固いことを言うな。そなたには妃の座を、息子には王子の地位を与えてやったではないか」


「私たちが望んだことではありません……!」


「とはいえ、そなたの息子は異形の化け物だ。人の中では生きられぬであろう? 宮殿の奥に隠しておいてやらねば哀れというもの。それが出来るのは余の他におらぬ」


 ユズハさんが、キッと国王を睨みつける。

 民衆に背を向け、階段を降りる彼女の行く手で、大きな扉が開いた。

 あふれる光。ざわめきと音楽が溢れだす。


 そこは、たくさんの人々が集う煌びやかなホールだった。

 天井に連なるいくつものシャンデリア。

 楽団が奏でる音楽に合わせ、着飾った男女が踊っている。舞踏会の最中のようだ。

 おしゃべりに興じている貴婦人たちの声も聞こえてくる。


「ねえ、くだんの王子様のお姿を見たことある?」


「私、見たわ! 大きな瞳が闇の中で紫色にギラギラ光るの。気味が悪いったら」


「足にも腕に鱗があるのよ! おお怖い、呪われた子だわ」


 囁き交わす顔には、一様に嫌悪の表情が浮かんでいる。


「あの王子様は、国王陛下の御子ではないわよね?」


「しっ、それは言ってはダメ」


「きっと聖女様が邪竜と番って生んだ子でしょ」


「戦が終わったら毒でも飲ませるでしょう。聖女様はお体の具合がよくないと聞くし、王子様も一緒に死んでもらうのが良いわ」


 なんて酷いことを言う人たちなんだろう。

 聞いているだけで腑が煮えくりかえりそう。


「最低よ、あなたたち!」


 怒鳴ったけれど、誰ひとり私を見もしない。

 聞こえていないんだ。悔しいなあ、もう!


 ユズハさんは両手で耳を塞ぎ、入り口と反対側の扉から外へ出る。


 石の螺旋階段の下の暗がりに、小さな人影が待ち構えていた。

 子どもの姿の、イオだ。


(イオ……なんて格好なの)


 煤で黒く汚れた顔。焼け焦げた衣服。

 炎と煙の臭いを纏い、あちこちに怪我をしている。


「かあさま……」


 イオの声が震えている。

 暗い瞳で見上げる息子を、ユズハさんは抱きしめた。

 ねぎらいの言葉もない代わりに、イオの体の傷が癒えていく。

 目を閉じて、イオが小さく乞うた。


「誉めて、かあさま」

 

 ユズハさんが、弾かれたようにイオから離れた。

 まなじりを吊り上げ、息子の手を引き、強引に螺旋階段を上りはじめる。


「かあさま、怒ったの? ねえ、どこにいくの」


 イオが心細そうに問いかけるけど、ユズハさんは無言のままだ。

 階段を上りきった先は、また、あのバルコニーだった。

 今は誰もいない。

 頭上には降るような星空と、大きな月。


 何か言いかけた息子を、ユズハさんは細い体で抱え上げた。

 バルコニーの手摺に立たせ、低い声で言う。 

 

「イオ、これ以上ここにいてはだめ。出て行きなさい。そして人が恐れる姿でいなさい。ひとりでいるのよ、絶対に」


 手摺の上で震えながら、イオは首を横に振った。


「いやだ……ひとりはいやだ。かあさまといっしょがいい」


「我儘を言わないで。さあ、早く行きなさい。ここから飛ぶの、今すぐ!」


「やめて、かあさま! こわいよ、ぼくまだ飛べな……!」


 抵抗むなしく、イオの体が手摺の外側へと投げ出される。


(落ちる!)


 と思ったとき。

 イオの背中に一対の黒い翼が出現した。

 小さな体が重力に逆らって宙へと舞い上がる。


(飛んだ……イオが……)


 ホッとして涙が出そうになった。

 イオの影は少しのあいだ、ためらうようにバルコニーの上に滞空していた。

 やがて、月の見える方角へと飛び去っていく。


「ごめんなさい……ごめんね、イオ」


 ひとりきりになったユズハさんが呟いた。

 膝から頽れるように、石の床に倒れこむ。


「もう、守ってあげられないの。あなたがひとりにならないように願っていたのに。だめだった。こんなことになるなら、森を出なければよかった……」


 それは、まるで懺悔だった。

 もう届かないとわかっているのに、紡がれる言葉。

 ユズハさんの青ざめた頬を、涙が伝う。


「生きて……生きるのよ、イオ」


「……ユズハ、さん」


 答えが返らないことはわかってる。

 泣き続ける肩に手を置こうとしたところで、彼女の輪郭が揺らいだ。

 掴むことができない泡のように、その姿は儚く消えてしまう。

 バルコニーさえも消えた。


 そして――私はひとり、暗い森に立っていた。

 枯木ばかりの寂しい景色。

 冷たい風が吹いている。

 白い霧が重たく流れている。ほかに動くものはない。


 ここは、私が知ってる場所だ。

 だから、もう迷わない。

 枯木を踏んで、ただひたすらに歩く。 


 やがて霧の向こうに、聳え立つ城の影が現れた。

 私が近づくと、巨大な城門はひとりでに開く。


 静まり返る城。

 たくさんのものが溢れているのに、誰もいない城。

 シャンデリアにドレス、羽かざりのついた靴、シルクのガウン。

 アクセサリーにオルゴール、天蓋つきのベッド、天鵞絨のカーテン、クリスタルの食器……。


 ……わかったよ、イオ。

 立ち枯れの森の寂しいお城に、こんなにも綺麗なものが溢れている理由が。


 イオは、お母さんを想っていたんだよね。

 もう二度と会えないってわかっていても、綺麗なものばかりを集めたお城を作り上げて、祈るように。

 過去に縋って、虚勢を張って、心の奥で泣きながら。


 持ち主のいない宝箱箱のような空間の真ん中で、小さな影が膝を抱えて蹲っている。

 イオだった。

 小さな肩が震え、しゃくりあげる息が聞こえる。

 抱きしめてあげたい。

 でも、話しかけても、きっと私の声は彼に届かない。視線さえも合わないだろう。

 それでも。

 いま、彼の名前を呼ばずにはいられなかった。


「イオ。泣かないで」


 イオの肩が、ぴくりと動いた。

 そして、ゆっくりこちらを見上げる。

 紫色の瞳が驚いたように、でも、はっきりと私を見つめた。


「……だれ」


 小さな唇が、かすかに動く。


「私が見えるの?」


 声にこたえるように、少年のイオがこちらへと手を伸ばす。


「イオ!」


 駆け寄って、指先が触れようとした瞬間。

 青い閃光が眩しく弾け、イオと私を呑みこんだ。

 


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