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邪竜様の生贄花嫁~巻き込み事故で異世界召喚された私が最愛の番と呼ばれるまで~  作者: 天希莉緒
第三章

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48/64

48.過去への旅

 気づいたとき、私は緑の草の上に立っていた。

 木漏れ日の射す森。やわらかな風が吹いている。

 さっきまで宮殿の資料室にいたはずなのに。


(ここって……?)


 緑の葉が繁る大樹の下で、幼い子どもが這いつくばり、大声で泣いている。 

 黒髪の男の子だ。膝に擦り傷ができて、血が滲んでいる。

 

「まあ、大変!」


 綿のドレスを着た若い女性が駆け寄ってきた。

 ゆるい波を描きながら肩を覆う髪は、とろけるような金色。細い首には、青い石を連ねたネックレスが光っている。

 女性の手が優しく男の子の膝を撫でた。

 たちまち傷が消え、男の子は安心したように泣き止む。

 腕に抱いた男の子に、女性は優しく話しかけた。


「また無茶をして。でも勇敢だったわ。お母様が誉めてあげる。頑張ったわね、イオ」


「……イオ?」


 驚いて、思わず声が出た。

 見れば、男の子の上腕部が青く光っている。

 ――鱗だ。

 腕に、爬虫類を思わせる小さな鱗が生えている。


「この子の名前、イオっていうんですか?」


 思わず話しかけたけど、母子は振り向きもしない。

 え、こんなに綺麗にスルーされることある?

 というより、さっきから二人とも私の姿が見えてないみたいなんだけど……。


 おそるおそる近くに寄って、男の子の顔を覗きこんだ。

 涙をたたえた大きな瞳が、紫色に輝いている。

 額の真ん中には、ちいさな星のような紋章。


(イオ、なの……?)


 どうして、こんなに幼い姿で?

 もしかして、私は過去の景色の中にいる――?


 呆気にとられている私の頭上を、大きな影が過った。

 かと思うと、空から長身の男性が舞い降りてくる。


「わっ!?」


 びっくりして声をあげてしまった。

 彼の背中に、黒い翼がある。 

 慌てふためく私を、やっぱり華麗にスルーして、彼は女性へと歩み寄った。

 ひと足ごとに、背中の翼は彼の体に吸い込まれていく。


「どうした、ユズハ。何故イオは泣いている?」


 ユズハと呼ばれた女の人は、困ったように微笑んで男性を見遣った。


「聞いて、リディオン。イオったら、木の上から飛び降りたのよ。あなたみたいに空を飛ぼうとしたのね」


 彼の方はリディオンという名前のようだ。

 長い黒髪に切れ長の目。瞳の色も深い紫。

 整った顔立ちが、どことなくイオに似てる。額に小さな星のような文様が浮かんでいるのも、彼と同じだ。


「なんだと? まだ翼を広げることもできないのに生意気なやつめ」


 そう言って、リディオンさんは幼子の頬を指でつついた。

 口では生意気といいながら、ちょっと嬉しそう。

 ユズハさんが心配そうに眉を寄せる。


「この子が飛べないのは私のせいかしら。母親の私が竜人じゃないから……」


「焦らなくていい。竜族の子どもの飛行能力が目覚めるまでには十年かかることもある。竜に変化できるようになるのは更に後だ。大丈夫、俺たちの息子は強い竜になる」


「そうね。あなたに似て、イオは勇気があるもの」


「勇気があるのはお前だ、ユズハ。俺の番になってくれた。人間から見れば、俺たち竜族は恐ろしい異形のものだろうに」


 ユズハさんが、柔らかな表情で首を横に振った。


「恐ろしくなんてないわ。生贄にされた私を、あなたは助けてくれたもの」


「……お前に出会わなければ、俺は最後の竜族として、一人で死んでいく運命だった。こんな幸せも知らずに」


 リディオンさんが、ユズハさんの肩を愛おしげに抱く。


「せめて人間と仲良くできたら、あなたも孤独ではなかったでしょうね」


「孤独は怖くない。だが人間との関係が良好だったら、ユズハが俺の花嫁になることもなかっただろうな。皮肉なものだ」


 複雑そうに息を吐き、リディオンさんは続けた。


「人間は短命で弱い種族だ。なのに、ときに残酷な仕打ちをする。竜族は数が減るにつれて迫害を受け、いつしか敵対しあう間柄になってしまった。共存できた時代もあったと聞くが……」


「これからは、またそうなるわ。あなたがアスダールに恵みの力を注いでくれた。おかげで王国は豊かになったわ。みんなあなたに感謝しているはずよ。きっと仲良くできる」

 

「俺はユズハの願いを叶えただけだ」


 リディオンさんが、恥ずかしそうに視線を逸らした。

 そして、尋ねる。


「ユズハ。お前は、なぜ人間を信じられる? 違う世界から攫われて、ひどい仕打ちを受けたのに」


「私も人間だったからよ。悪い人ばかりじゃない。それに、イオのためにも仲良くしたいと思っているの。いつか私たちがいなくなったあとも、この子の命は続いていくから」


「……そうだな。もう少し時が熟したら、人間と歩み寄ることを考えよう。イオのために」


 妻の体をさらに近く抱き寄せ、リディオンさんが囁いた。


「お前は強いな、ユズハ。俺より、よほど強い」


「そうかしら? でも、そうね。私、あなたとイオのためなら何でもする」


 そう言ってユズハさんは、もういちど優しく我が子を撫でた。


「あなたは私たちの宝物よ。ね、イオ」


 初夏の香りを含んだ風が、ユズハさんの前髪をフワリと巻き上げる。

 露わになった彼女の白い額には、夫や息子と同じ星のような文様があった。

 

 

 ――急に、場面が切り替わった。


 大きな窓のある広い部屋。

 窓の外に広がる空は暗く、灰色の雲が低く垂れこめている。


 中央に置かれた寝台に、リディオンさんが横たわっていた。

 くぼんだ目。やつれた頬。


「……俺は、もうだめだ」


 寝台の横に跪くユズハさんに視線を向け、彼は言葉を絞り出す。


「許してくれ、ユズハ。お前を番にしたのは間違いだった。重荷を背負わせずに、俺は最初から一人で死ぬべきだったんだ」


 ユズハさんが泣きながら夫の手を握った。


「そんなこと言わないで。私、幸せだった。リディオン、愛しているわ」


 リディオンさんの目から、涙の雫が滑り落ちた。

 その瞼が、静かに閉じられる。

 動かなくなった彼に寄り添い、しばらくユズハさんは肩を震わせていた。

 そして、おもむろに立ち上がり、寝室のドアを開ける。


 部屋の外に立っていたのは、イオだった。

 子供の姿だけど、いまは十歳くらいにみえる。


「かあさま……」


 心細そうに見上げる息子を抱きしめて、ユズハさんは言った。


「聞いて、イオ。お父様は、もういないの。お母様も、じきにいなくなる」


「え……!?」


「でも大丈夫。イオ、一緒にアスダールへ行きましょう。あなたをひとりぼっちにはさせないわ」


 虚空をみつめる彼女の目に、強い決意が浮かんでいた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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