43.脱走計画
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食事を終えたあと、侍女たちに部屋の外へ出てもらい、代わりにロニーを呼んだ。
少しの間、部屋には私ひとりきりになる。
お人形のフリから解放されたスイちゃんが「ウーン」と伸びをした。
「スイちゃん、お利口さんだったわね」
『ツカレタヨー』
ぐったりと抱きついてくるスイちゃん。
あの日、私にくっついて外に出たばかりに、スイちゃんまで一緒に攫われてしまった。
いつも森で仲間の妖精ちゃんたちとコロコロ戯れていたのに、宮殿に閉じ込められているから、どんどん元気がなくなっている。
「ごめんね、こんなことになっちゃって」
花瓶の近くまでつれていってあげると、スイちゃんはお花の中に埋もれて深呼吸をした。
自然のものに触れると、少しはエネルギーをチャージできるみたい。
コン、コン。
ノックの音に、少年の声がつづいた。
「チカ様、ロニーが参上しました」
綺麗なお仕着せに身を包んだロニーが入ってくる。
従者として教育を受けているロニー。
言葉遣いも身のこなしも、短期間で宮廷人に近づいていた。とても頭の良い少年なのだ。
「首尾はどう、ロニー?」
「今朝は城の西側の方を歩いてみたよ。でもごめん、たいした成果はないんだ。僕ひとりじゃ入れない場所も多くて」
二人になれば親しげな物言いが戻る。
私が聖女としてのお勤めに励んでいる間に、ロニーには宮殿内部を歩き回ってもらっていた。
ロニーと私は、宮殿から脱走することを考えていたのだ。
もちろん、これは二人だけの秘密。
私が王都に戻ったことで、ロニーの家族は自由の身になった。
けれど当のロニーは、すっかりこの国に嫌気がさし、国外へ亡命したいと考えているいう。
実際、彼は驚くほどの行動力と大胆な発想で逃亡ルートを考えてくれていた。
「宮殿の外に出たときに、なんとか隙をつくって逃げることを考えた方がいいんじゃないかな。チカが言えば、騎士の護衛つきで外出できるよね」
「そうね、怪しまれないように普段からなるべく外に行くようにする」
「市場は道が入り組んでるから、護衛騎士を撒くこともできそうだよ。僕は王都の生まれじゃないけど、地図をもとにした逃走ルートを考えてる。もう少し待ってて」
「わかったわ、ありがとう」
「お礼なんて言わないでよ。僕のせいでこんなことになったんだし」
「謝らないで、ロニーは悪くないもの。いまは宮殿を抜け出す方法を考えましょう。あなたは家族と一緒にいるべきよ」
「チカもイオ様のところに帰らないとね。きっと今ごろ、すごく心配してるよ。あのひと、チカのこと大好きだから」
「どうして、そう思うの?」
一度しかイオに会っていないロニーが、そんなことを言うなんて。
少しためらいがちに、ロニーは続けた。
「どうしてって……チカが僕を庇って炎に焼かれたとき、イオ様、めちゃくちゃ取り乱してたよ。泣きながら何度もチカの名前を呼んでさ。僕は怖くて逃げちゃったけど、イオ様にとってチカはすごく大切な存在なんだなって思った」
聞いているうちに、体の芯が熱くなる気がした。
大怪我で生死の縁を彷徨い、目を覚ましたとき、傍で手を握って涙を流したイオの姿を思い出す。
……やっぱり、嫌だ。
このまま二度とイオに会えないなんて。
「あー、イオ様がチカを助けに来てくれないかなあ……あ、でもあの人は死の森の外には出られないのか。変身できるのに、もったいないなあ」
「……イオが変身するところを見たの?」
うっかり聞き流しそうになって、驚いて問いかける。
ロニーは首を横に振った。
「見てないよ。でも、邪竜様ってイオ様でしょ?」
「え? どうしてそれを……!?」
「わかるよ、それくらい。普通の人間が死の森で生きてられるわけないし、イオ様と邪竜様の目の色は同じだったもん。あ、このことは誰にも話してないから安心して。邪竜様が人間の姿になれることは、わざと隠してるんだよね?」
「ロニー……あなたって本当に賢いのね」
「そんなふうに褒めないで。国王陛下より邪竜様のほうが怖いから黙ってただけ。意気地なしなんだ、僕は」
ロニーは背中を丸め、悔しそうに続けた。
「イオ様はさ、竜の姿になることはできても、死の森の外を飛ぶことはできないんでしょ。結界で閉じ込められてるから」
「それなんだけどね、イオには結界は効かないみたい。本当は自分の意志で森の外に出られるんだって」
それを聞いたロニーの顔が、ぱっと輝く。
「そうなの!? じゃあ、居場所さえ伝えられたら邪竜様が迎えにきてくれるよ! 国王陛下をやっつけて、チカを助けてくれる!」
「んー……言いにくいんだけど……」
「なあに?」
「私、攫われる直前にイオと喧嘩しちゃったんだ。自分の意志で出て行ったと思われてそうだから、彼の助けは期待できないかも」
「うわー!」
頭を抱えるロニー。
「ごめんね、最悪のタイミングでやらかしちゃって……」
「謝らないで。チカは悪くないよ」
赤毛の髪を自分の両手でくしゃくしゃにしたあと、ロニーは顔を上げ、まっすぐな視線をこちらに向けた。
「僕、チカが邪竜様のところに帰るためなら何でもするよ。チカは妹を助けてくれた恩人だもん。大好きな人と離れちゃだめだ。僕も、チカも」
「……うん。ありがと」
脱走なんて、無謀かもしれない。
でも、帰りたい。
あの森に。イオのいる場所に。
はじめてイオに会ったとき、彼は異世界へ続く光の渦をつくりだし、元いた場所に送り届けてくれようとしたっけ。
あのとき、渦には何も映らなかった。
帰りたいと思う場所なんて、私にはなかったから。
でも、今は違う。
光の渦の中には、イオの姿が映しだされるはずだ。




