42.(偽)聖女チカの日常
「おお、偉大なる神よー。太陽の光と恵みの雨をお与えください。豊かな実りと緑と花もお願いします。とにかく国民みーんなが、お腹いっぱいご飯を食べられますように、毎日明るく楽しく希望を持って過ごせますように! あなたの聖女より、お願いいたします」
王宮の上階に設けられた広大なバルコニーで、曇り空に向かって声に出して祈る。
我ながら芝居がかってるなーと思いつつ、周りの人に聞こえるように、ことさら大きな声で。
「朝のお祈りは、ここまでとします」
くるりと振り向いた私の視線の先には、国王ラスティンと彼の側近たちの怪訝な顔が並んでいた。
「……今日も何も起こらんぞ、聖女チカよ」
苛立ちを滲ませて唸ったのはラスティンだ。
彼のことは大嫌いだけど、文句のひとつも言いたくなる気持ちはわかる。
宮殿のテラスでフリースタイルの「祈りの儀式」を実施すること十日あまり。
天候には変化はみられない。
当たりまえ。だって私、聖女じゃないもんね。
でも、それはもう言わないことにしたのだ。
代わりに、カッと目を見開いて早口で捲したてる。
「大宇宙がどれほど広いか、あなたがたはご存知ないでしょう? 私の祈りがハレー彗星に乗って神に届くまで暫しの時間が必要です。なぜなら神の国は百億光年の彼方アンドロメダ銀河の先にあり私を育んだ世界の偉大なる聖者ハッブルによれば銀河系は……」
「もうよい、その話は聞き飽きた」
私のインチキ宇宙語りを、ラスティンは忌々しげに遮った。
不快感全開の国王の前で、これ見よがしに倒れこんでみせる。
「あああ、一生懸命祈ったので、チカは疲れてしまいました。少し休みます」
「また、それか」
「聖女にストレスは禁物ですもの。それと、午後の王妃教育が終わったら城外に出ます。市中を見たいので」
「先日も行ったばかりだろう。ずいぶん熱心に街を歩いたと護衛騎士に聞いているぞ。欲しいものがあれば余に言えばよいのに、嫌味のつもりか?」
苦虫を噛み潰したような顔でラスティンが言う。
「とんでもない! 民の暮らしぶりを知らなければ、聖女として充分な働きはできません」
「とにかく、夕刻の祈りは確と努めよ。いいかげんに結果を出せ。妃になるからといって何でも許されると思うでないぞ」
「はーい」
営業実績を出せと詰めてくる会社の上司みたい。
背中を向けるラスティンに、心の中で思いきり舌を出した。
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「おかえりなさいませ、聖女様」
「今日もお祈りをありがとうございます。お食事をどうぞ」
自室に戻った私を、年若い二人の侍女が迎えた。
いつも私のお世話をしてくれる子たち、アニヤとラミヤだ。
「ありがとう」
広い自室に置かれた大きな円形テーブルの上には、いつものように豪華な昼食が用意されていた。
大きな円形テーブルいっぱいに並んだパン、チーズにお肉に果物。冷たいお茶や、お菓子もある。
扉を閉めると、広大な部屋にいるのは私と侍女たちだけになる。
「さあ、いっしょにいただきましょうか」
声をかけると、もじもじと立っていた二人の顔が輝くように綻んだ。
「よろしいのですか……?」
「いつもありがとうございます、チカ様!」
「お礼を言うのは私のほうよ。毎日お世話してくれて、ありがとうね」
「いただきます、チカ様」
「嬉しい……!」
最初は遠慮がちに、でも、少女たちの手は次々に食べ物へと伸びる。
日に日に実感する。
アスダール王国の食糧事情は、決して良好とはいえないってこと。
いまのところ私には、毎日豪華な食事が用意されている。
でも、それは私が「聖女」で「国の宝」だから。 国王と彼に近い貴族たちも良い暮らしをしているようだけど、それ以外の人たちは違う。
宮廷で働いている人たちですら生活に余裕がなく、食事も質素だ。
そのことに気づいてから、私は自分に用意された食事を、こっそり侍女たちと分け合うようになっていた。
ううっ、と苦しげな声で、アニヤが顔をしかめた。
「どうしたの!?」
喉つまりでもしたかと驚いて見たら、彼女は泣いていたのだった。
「だ、大丈夫です。申し訳ありません、チカ様がお優しいので、嬉しくて……」
つられたのか、もうひとりのラミヤも泣き出した。
「ほんとうに……ありがとうございます。チカ様が聖女様でよかった」
「やめてよ、ふたりとも。私、何もできてないじゃない」
毎日デタラメな祈りを繰り返しているだけだから、誉めちぎられると超きまずい。
でも二人は首を横に振り、なおも言い募った。
「そんなことありません! 私たちにも分け隔てなく優しくしてくださるチカ様こそ真の聖女様です」
「本当に、ミリア様とは全然ちが……」
口を滑らせたアニヤが慌てて言葉をのみこむ。
「五月女さん……みりあさんにもお仕えしていたのね」
侍女たちは暗い顔で頷き、堰を切ったように五月女さんのことを話しはじめた。
「あ、あのっ、ミリア様は、とても恐ろしいかたでした」
「すぐに声を荒げられて……叩かれたりも」
聞けば聞くほど、五月女さんの侍女たちへの接し方は酷いものだった。
機嫌を損ねて折檻されるのは日常茶飯事。
お茶の濃さが気に入らないとか、ちょっとしたことで怒りを買い、宮廷勤めをクビになった子もいたという。
「五月女さんが、そんなことを……」
もともとワガママなほうではあったけど、五月女さんだって普通の会社員だったのに。
聖女、王妃という地位が、傍若無人な振るまいに駆りたてたのだろうか。
その彼女も偽聖女としてあっさりラスティン国王に切り捨てられ、最後は人喰い邪竜の生贄にされた。
人間は、残酷だ。
そう思わずにいられない。
邪竜と呼ばれてるイオのほうが、ずっと優しい。
イオは口が悪いだけで、内面は穏やかで寛容だ。
それなのに、みんな彼を誤解している。
(……やっぱり、イオに会いたい)
私は密かに、とある計画を温めていた。
第三章に入りました。
完結までお付き合いいただけましたら嬉しいです。
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