41.決意
「少しは見やすくなったな、聖女よ」
新しいドレスに着替えた私を見て、ラスティン国王が満足そうに言った。
「ありがとうございます」
一応お礼を言ってみせたけど、ピンクのフリフリドレスは、さっぱり私に似合っていない。そもそもサイズも合ってない。
「妃になれ」という命令を受け入れた私は、王都に移送された。
いま私がいるのは王城の一室、鏡がたくさんある豪華な部屋。ここが私の居室になるという。
ラスティン国王の住む宮殿は、イオの作ったお城によく似ていた。
けれど建物の規模は何倍にも広く、驚くほど多くの人がいる。
私には専属の侍女がつけられ、今も部屋の隅に控えていた。
腕に抱いた妖精スイちゃんに、小声で語りかける。
「スイちゃん、もう少しだけ静かにしててね」
ちょこんと抱っこされているスイちゃんは返事をせず、体も微動だにしない。
スイちゃん、私以外の人がいるときは、こうやってお人形のフリをしているのだ。
私のお気に入りのお人形という設定で、とりあえずは周囲の目を欺いている。
「いい大人なのに常に人形を抱いている」
「しかもときどき話しかけている」
これが王都での私。ヤバいキャラ。
だけど変な人扱いは、むしろ好都合だった。遠巻きにされているほうが、嘘は露呈しにくくなるものだ。
ラスティン国王がスイちゃんに興味を示していないのも助かっている。
そもそも彼は、私の考えとか内面には興味がないのだ。聖女、という属性以外は。
「ドレスも部屋も気に入ったであろう? ミリアも喜んで使っていたからな」
「……そうですか」
言われてみれば、部屋じゅうが五月女さんが好みそうなピンクとかフリルとかキラキラしたもので溢れている。
彼女も最初のうちは、それなりに良い待遇を受けていたのかも。
それにしたって、この場面で、つい先日まで妻だった(そして酷い方法で捨てた)女性の名前を出す?
で、その人のいた場所に次の女性をそのまま住まわせる?
人間と思ってないんじゃない? 私のことも、五月女さんのことも。
「流行おくれのドレスから着替えさせてやったのに、少しは嬉しそうにしろ。余の妃になると思うからこそ、最高のものを与えてやっているのだぞ」
むっとした様子でラスティンが言う。
負けず劣らず憮然と、私は言い返した。
「陛下、何度も言うように、私の望みはロニーと彼の家族の安全です。傷つけたりしていないでしょうね?」
牢を出たあと、ロニーと私は離れ離れにされてしまった。
望みはすべて叶えると豪語するラスティン国王に私が示した最初の要望は、ロニーの家族の解放、そしてロニーを私の従者に据えることだった。
ロニーを守るためには側に置くしかない。
なぜなら私、ラスティンを一ミリも信じていないから。
「疑い深い女め。案ずるな。約束通り、そなた専属の従者にしてやる。そら、準備が整ったようだ」
ラスティンが部屋の入り口に視線を送る。
綺麗なお仕着せに着替えさせられたロニーが、騎士たちに両脇を固められて入ってくるところだった。
「ロニー! よかった、無事だったのね」
走り寄って抱きしめる。
ロニーは驚いたように体をこわばらせ、次に、泣きながら抱き返してきた。
「チカ……チカ……!」
「陛下、ロニーと二人にしてください。落ち着いて話がしたいんです」
「なんだと?」
私が言うと、ラスティンはあからさまに嫌そうに顔をしかめた。
「望みを叶えるといってくださいましたよね。約束を違えられるようでしたら、私も祈りを拒否します」
もちろん、これはハッタリ。私の祈りなんて何の効力もないんだから。
忌々しげに唇をゆがめ、それでもラスティンは「まあ、よい」と吐き捨てるように言った。
「聖女よ、あまり調子に乗るでないぞ。与えた分は働いてもらうからな」
人にものを頼む態度か、と言いたくなるのを必死で堪える。
こちらだって出まかせを言っているのだ。そう、時間を稼ぐために。
ラスティンたちが出ていき、私とロニーの二人だけが部屋に残された。
「チカ……ごめん、ごめんね……」
何度も謝罪の言葉を口にしながら、ロニーが床にくずおれる。
それを見たスイちゃんが、私の腕の中から手を伸ばし、小さな掌でロニーの頭を撫でた。
「カワイソウ……チカノトモダチ、泣カナイデー……」
驚いたロニーのお尻が床の上で跳ねあがる。
「に、人形が喋った!?」
「あのね、この子はスイちゃん。森で出会った妖精なんだけど、私にくっついてきちゃったのよ」
「妖精!? ……さすが聖女様だね、妖精と話ができるんだ」
「うーん、聖女は違うんだけど。とにかく、スイちゃんのことは他の人には秘密にしてね」
「わかったよ」
びっくりしすぎて涙が止まった様子のロニーは、床に座り込んだまま、ぽつりぽつりと話しはじめた。
「本当に、ごめんなさい。騙したりして。あんなことしたくなかった。でもね、仕方なかったんだよ。いきなり家に騎士が来て、父さんも母さんも、妹も捕まっちゃったんだ。家族を殺されたくなければ、邪竜の森からチカを取り戻す作戦に協力しろって言われて……」
ラスティンたちに脅されて、ロニーは私を誘き出す役目を背負わされたのだ。
子供に何てことさせるのよ、あのクズ国王め!
「もういいのよ、ロニー。また会えてよかった」
そう言葉をかけると、彼の大きな瞳に、また新たな涙が溢れた。
「ありがとう。ありがとう、やっぱりチカは聖女様なんだね」
「それは違うってば」
「違わないよ。言ったでしょ、チカは家族みんなの命の恩人だって。あれは嘘じゃないから」
真摯な瞳で見上げられ、胸の奥がきゅっと狭くなった。
この子も、スイちゃんも、絶対に家族のもとに返してあげたい。




