40.ルート変更:生贄→王妃
「勝手なこと言わないで! どうして私があなたの妃にならなくちゃいけないの?」
そう、本当に意味不明!
頭おかしいレベルに意味不明!!
「そなたが聖女だからだ。他の理由などない」
「……はい?」
思わず素で聞き返してしまう。
聖女、って言った?
私が聖女?
腰に手をあて、ラスティンは顎を上げた。
「二人同時に異世界から召喚したので見誤った。ミリアはただの法螺吹き女で、そなたのほうが聖女だったのだな、チカ」
「どうしてそうなります?」
これまた素で質問してしまう。
異世界から来た普通の女性が祈ったところで効果なんてないことは、五月女さんで証明済みでしょうに。
ラスティンが王様らしからぬ舌打ちをした。
「邪竜の森に入った子供が話したのだ。そこでチカと名乗る女に会ったと」
ロニーのことだ。
それは、まあ会いましたよ。事実だけど。
「だからって、どうして私が聖女……」
「子どもの持ち帰った果実を食べたものは、病の淵から立ち戻ったという。邪竜の棲む森だけが恵みに包まれているのは、聖女の祈りの成果に違いない。そなたの仕業だな」
「ち……違います!」
おそらくロニーの体験談が噂となって、まわりにまわったあげく王宮まで届き、ラスティンは私が生きていることを知ったのだろう。
イオの森の豊かな様子とあいまって、「生贄花嫁チカは、実は聖女だった」というモンスター級の誤解が生まれた、ってこと?
「私、聖女じゃありません!」
叫ぶ私を、護衛の騎士が両側から抑えつける。
ラスティンは冷たい表情を崩さなかった。
「とぼけるな。そなたの祈りで、この国を豊かにするのだ。存分に力を発揮できるよう、余の妃として王宮に迎えてやる。喜ぶがいい」
「結構です。帰らせてもらいますから!」
「そうか、余を恨んでいるのだな。些細な恨みなど忘れるくらいの贅沢をさせてやる。望むものは全て与えよう。すぐに余に感謝するぞ」
「だから違うって言ってるでしょう、そもそも私に特別な力なんてないんです。あれはイオ……竜のおかげなんだから」
「竜の?」
ラスティン国王の一歩後ろにいた若い男性が、興味深そうに訊き返した。
国王と髪の色が同じ。
この人のほうが少しは話が通じそう、と一縷の望みをかけて訴える。
「そうです! あの森に住んでいる竜は、あなたたちが考えているような悪いモノじゃありません、人を食べたりもしません。森が豊かになったのは彼が……」
「もうよい。そなたの心はよくわかった」
遮ったのはラスティン国王だった。
「陛下、彼女の話を聞いてみては」
さっきの男性が話しかけたけど、うるさそうに手で制して続ける。
「竜のおかげだと? 荒唐無稽な嘘までついて我らへの協力を拒むのだな。では、こちらも相応の態度を選ぶまでだ」
新たに複数の足音が近づいてきた。
国王を守るように立っていた騎士たちの集団が二手に割れ、その間から人影が現れる。
別の騎士が、小柄な人物を引きずるようにして歩いてきた。
「……ロニー!?」
屈強な騎士に引っ立てられているのは、あの赤毛の少年ロニーだった。
後ろ手に縛られ、泣き腫らした目をしてる。
足の床に跪かされたロニーが震える声で訴えた。
「ひどいよ、国王さま。約束が違うじゃないか。すぐ家に帰してくれるって言ったよね? チカにも乱暴はしないって……だから僕は……!」
眉ひとつ動かさず、ラスティンが言い放った。
「チカは聖女ではないそうだ。よって、そなたは死ぬことになる」
ひっ、とロニーが息をのむ。
騎士たちに腕を掴まれながら、私は叫んだ。
「どうして!? ロニーは関係ない!」
「この者は、邪竜の森に聖女がいると吹聴した。さて、その女を捕えてみれば、私は聖女ではありませんとほざく。大嘘だったというわけだ。人心を乱し国王をも騙した罪は、たとえ子供であっても命をもって贖わねばならぬ」
「そんなの勝手すぎる、めちゃくちゃだわ!」
「ああ、哀れなものよ。そなたが余を拒んだばかりに」
ラスティンの口調は妙に優しげで、煽っているのが明白だ。
(だめだ……このひと、私が聖女だって信じきってる)
違うって訴えてるのに、取り合ってもくれない。 私が嘘をついているとしか思ってないんだ。
ふっと鼻で笑い、ラスティンが騎士たちに命じた。
「子どもと、その家族に死を。見せしめだ。これ以上、世迷言を広められてはかなわぬ」
「待って! そんな酷いことやめて、お願い」
「では、余の妃となれ。余のために祈れ」
間髪入れずにラスティンが言った。
「そんな……」
そんなことをしたって、意味がない。
私は聖女じゃない。力を持っているのはイオだ。
だけどラスティンは信じない。ここでは誰も私の話を聞かない。
無力感と恐怖に支配される頭の中を、考えがグルグル回る。
まずはロニーが殺されるのを阻止しなくちゃ。
私にできることは、時間稼ぎだ。
両手をぎゅっと握り、言葉を絞り出す。
「……わかりました。あなたの妃になります」
「ほう」
ラスティンが満足そうに笑った。
「そのかわり、さっきおっしゃったことは約束として守ってください。私が望むものは、すべて与えると」
「ふん、見かけによらず強欲な女だな。だが、よかろう。聖女チカ、そなたは今日から余のものだ」
粘っこい視線でみつめられ、寒気がする。
反射的に、イオの顔が脳裏に浮かんだ。
彼が最後に私を見つめた、悲しみに張り裂けそうな瞳。
(……もう、会えないんだ)
しかも、あんな終わり方。
イオは私が逃げ出したと思うだろう。
私は彼を、さらに深い絶望へ落としてしまう。
だけど今は、ほかにロニーを救う手段がなかった。




