39.王命「妃になれ」
『チカ』
遠くで声がする。
あたりは暗闇。
もう一度、呼ばれた。
……イオの声だ。
闇の向こうが、ぼうっと明るく光っている。
イオが私に手を差し伸べている。
ああ、やっぱり私、この人の笑顔が好きだな。
一緒に、いたかった。たとえ、あなたの番になれなくても。
「……イオ」
大きな掌に自分の手を重ねようとしたとき。
イオの姿は、フッと消えてしまった。
――ガタン!
鈍い衝撃に身体を揺さぶられ、目を開ける。
「ん-……ん?」
見覚えのない狭い空間に、私は横たわっていた。
低い天井。ガタンゴトンと絶え間なく揺れ続ける床。
違和感満載の視界に、ぷくぷくした頬っぺたの幼子の顔面が、どアップで侵入してきた。
『チカー、ダイジョブ?』
心配そうに見下ろしているのは、水の妖精スイちゃんだ。
「スイちゃん……ここ、どこ?」
『ワカンナイ……』
スイちゃん、泣いてる。
この子、どうしてこんなに心細そうにしてるんだっけ。
そこまで考えて、一気に思い出した。
「ちょっ、なに、この状況は!?」
身体を起こそうとしたけど、頭にグラリと痛みがくる。
(そうだ、ロニーに着いていった先で知らない男たちに襲われて……)
いきなり木陰から飛び出してきた男たちに、体全部が入るくらい大きな袋を無理やり被せられた。
袋の中には謎の枯草みたいなものが入っていて、悲鳴を上げる間もなく意識が遠のいたんだっけ。
エプロンのポケットいたスイちゃんも一緒に捕らえられてしまった、ってことよね?
殴られたわけでもないのに頭が痛い。
おかしなものを吸わされたせいだとしか思えないんだけど。
あの植物、気絶させるための薬草だったんだ。
違法薬物ダメ、ゼッタイ!
たぶん、いま私とスイちゃんは馬車に揺られている。
ボックス型の車内には私たちだけ。
赤い天鵞絨の内装は、いかにも貴族の乗り物といった感じだけど、カーテンは閉じられて外は見えない。
どのくらい眠らされていたのか、時間の経過もまるでわからない。
頭がはっきりするにつれ、恐怖が襲ってきた。
まるで、生贄として森に連れていかれたときみたい。
よくわからないけど、まずいシチュエーションだってことだけは確かだ。
(とにかく、逃げなくちゃ)
気持ちは焦るのに、体が動かない。
手も足も縄で拘束されているのだ。
『コワイヨ、チカー……』
「大丈夫……大丈夫。私の服の中に隠れてるのよ。静かにね」
縋りついてくるスイちゃんを慰めるのが、精いっぱいだった。
やがて馬車が停まる。
扉が外側から乱暴に開けられた。
見知らぬ男たちが、数人がかりで私を外へと引きずり出す。
「あなたたち、誰なの!?」
やっと出せるようになった声を振り絞って尋ねた。
誰も答えない。
だけど、彼らの正体は察しがついていた。
全員、アスダール王国の紋章が入った騎士服に身を包んでいたからだ。
馬車を降りた直後に布で目隠しをされ、荷物のように運ばれる。
ふたたび目隠しの布がはずされ、やっと手足の拘束が説かれたとき、私がいたのは窓のない部屋だった。
狭くて、床は剥き出しの石。壁も石で、まるで牢屋みたいだ。
大人数の靴音が近づいてきた。
スイちゃんがエプロンのポケットの中で身を縮ませているのがわかる。
まもなく、殺風景な部屋にはおよそ似つかわしくない綺麗な身なりの一行が現れた。
全員男性で、騎士みたいな服装。
きらきらしいけど剣を帯び、武装しているのがなんとも怪しい。
いちばん豪華な服を着た金髪の男性――金の肩章がついた白い上着にマント――が先頭に進み出て、私に話しかけた。
「久しいな、チカとやら」
「……ええと、どなたでしたっけ」
「忘れたのか? これだから異世界の女は。余はアスダール国王ラスティンだ」
心底嫌そうな顔で言われて、やっと思い出した。
誰かと思えば、あの似非イケメン極悪国王ラスティンじゃないですか!
「これ何のつもり? 今さら私に何の用ですか!?」
戦闘モードで喰ってかかると、ラスティンは威圧するように見下ろしてきた。
「口を慎め。余がそなたを邪竜のもとから救いだしてやったというのに」
「救いだして、って……誰も頼んでませんけど!」
この国王陛下、私を巻き込み事故で異世界召喚した張本人だからね?
で、私のことは生贄にして、後輩の五月女さんを妃にしたと思ったら離縁して、やっぱり生贄にしたっていうカス……もとい最低男。
それが今になって「救ってやった」なんて、恩着せがましいにも程がある。
だいたいこれ、救出じゃなくて拉致だから!
睨みつけてもラスティンは平然としている。
それどころか、私に向かってニヤリと笑った。
「そう噛みつくな。そなたはこれから余の妃となるのだ。喜ぶがいい」
「きさき……?」
何それ、意味がわからない。
いきなり何を言い出してるんでしょうね、この人!?




