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邪竜様の生贄花嫁~巻き込み事故で異世界召喚された私が最愛の番と呼ばれるまで~  作者: 天希莉緒
第二章

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37.思いがけない再会

 じっとしていると、また涙が溢れそうになる。

 気持ちを奮い起こし、立ち上がった。


「気を紛らすためには、体を動かすことね。うん、お掃除しよう!」


 あるじのイオが眠ったままのお城は、あちこち崩れて乱れている。

 一心不乱に片付けて、埃をかぶってしまった場所は拭き掃除。

 真っ黒になってしまった雑巾と洗濯用の桶を抱えて厨房を出ると、妖精ちゃんのひとりが目を覚まし、飛んできて私の肩にちょこんと乗った。

 水を操る妖精・スイちゃんだ。


『チカー、グルグルスル?』 


 ぐるぐるする、とは、お洗濯するという意味。

 洗濯のときは、いつもスイちゃんが手伝ってくれる。お水を入れた桶の中でお水をぐるぐる回して、魔法式洗濯機にするのだ。


「うん、ぐるぐるする。お手伝いしてくれるの?」


『イイヨー』


「ありがとう。悪いわね、スイちゃんも疲れてるのに」


 一緒に暮らすうちにわかってきたことだけど、妖精ちゃんたちは、とても繊細だ。

 みんな共通して大きな音は苦手だし、変化に敏感。

 お城が崩壊寸前になった昨日の出来事で、全員うっすら弱っている様子が見てとれる。


「スイちゃん、城門のところまで行きましょうか。スイちゃんの好きなお花が咲いてるわよ」

 

『ウン!』


 嬉しそうに返事をするスイちゃん。

 妖精ちゃんたちの大好物は、お花だ。

 といっても食べるわけじゃなくて、花や緑に触れていることで力を蓄えるらしい。

 イオに聞いた話だと、森が緑になってから妖精ちゃんたちが前よりずっと元気なんだって。


 外に出ると空は低く、灰色の雲に覆われていた。

 風が寂しげに泣いている。

 この森はイオの心を映す鏡だ。彼の気持ちが沈んでいるかぎり、太陽を見ることはかなわないだろう。


 イオのお城は、石造りの高い塀に守られている。

 出入りできる門は、一か所だけ。外の様子が垣間見えるよう、王家の紋章を掲げた鋼鉄の柵が設けられていた。

 城内のそこかしこに花が咲いているけれど、スイちゃんのお気に入りは門の付近に群生している白い花。ガーベラに似ていて可愛いのだ。


「少し持って帰って、お城に飾ろうね」


『ウン! イオ、ヨロコブヨネー』


 そうだといいな、と思う。

 お花を飾った部屋で、一緒に食事をしたい。

 晴れた空の下で、もういちど彼と笑って話がしたい……。


 かがんだところで、ガサガサと音がした。

 柵の外の茂みが不自然に揺れている。


『ヒャッ!?』


 驚いたスイちゃんが、私のエプロンのポケットに隠れる。

 柵の向こうから、遠慮がちな呼び声がした。


「……チカ」


「誰!?」


 この森には、私とイオの他に誰もいない、はず。

 でも、この声には聞き覚えがあるような……。

 

「チカ。僕だよ、覚えてる?」


 少し高めの、幼さの残るトーン。

 つづいて、緑の葉の間から人の顔が覗く。

 怯えた表情を浮かべ、こちらを見ていたのは、かつて森に現れた赤毛の少年だった。

 私に石を投げたことでイオの逆鱗に触れた、あの子だ。


「……ロニー! あなた、ロニーね?」


 思わず大きな声が出る。

 少年ロニーは肩をすくめ、顔の前で人差し指を立ててみせた。


「しっ、静かにして」


「あ、ごめんね、つい……!」


 つられて声のボリュームを絞りながら駆け寄る。


「チカ、ひとり? あのひとは?」


「イオのことなら、今は眠ってるわ」


 ロニーは頷き、ようやく茂みの陰から全身を現した。

 あいかわらず痩せている。

 それでも彼の体に怪我や火傷の痕跡は見られないことを確認して、安心せずにはいられなかった。

 あの不幸な遭遇の後、イオからは「ガキなら逃がしてやったぞ」と聞いていた。

 でも、庇った私があれだけの大火傷を負ったのだ。

 逃げ出すことができたとはいえ、ロニーも怪我をしたんじゃないかと、ずっと心配だった。


「よかった、無事だったのね。会えて嬉しい」


 柵ごしに手を伸ばし、ロニーの手をギュッと握る。

 少年の顔に少しの笑みが浮かんだ。


「それはこっちの台詞だよ。チカが元気そうでよかった。あのときは助けてくれて本当にありがとう」


「今日は、どうしたの?」


 もしかして、また食べるものに困ってるのかな、と思いつつ尋ねる。

 ロニーは少しうつむき、何度も瞬きを繰り返しながら、蚊の鳴くような声で答えた。


「あの、さ……実は、チカにお礼をしたくて」


「お礼?」


「うん。僕ね、贈り物を持ってきたんだ。あっちにあるから見てよ」


 おどおどした仕草で、ロニーが柵の向こうから手招きをする。

 乾いた風が吹き、城門の外の木々の葉が音をたてて揺れた。

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