35.俺は化け物
建物が揺れる場面があります。
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イオのお母さんは、元は生贄だった――
同じだ。花嫁という名目で、この森に無理やり連れて来られた私と。
「竜族の仲間がみんな死んで、父さんは一人で暮らしてた。今の俺みたいなもんだな。人を喰ったりしねえのに何度も生贄が送り込まれて、そのたび帰してやってたけど、母さんだけは残して番にした。……それで俺が生まれた」
苦しげな表情でイオが言う。
「今際の際で、父さんは母さんに謝ってた。……悪かった、って」
「でも、イオのお母様だって、お父様のことが好きだったでしょう?」
私の言葉に、イオは皮肉な笑みを浮かべた。
「たぶん、惚れてたのは父さんのほうだけだ。母さんは竜の番になんか、なりたくなかったんだ。俺のことだって本当は」
イオが声を詰まらせた。
彼が飲み込んだのは、きっと「本当は生みたくなかった」という、残酷な推論だ。
「母さんは、最期は人間として死にたいって思ったんだ。だから父さんが死んだあと、すぐに森を出た。人の世界に戻って、俺が化け物に見えたんだ。気味が悪くなって、嫌いになったんだ」
「そんな……」
「王都のやつらも同じだった。俺を便利に使うくせに化け物扱いして、近くに寄ろうもんなら逃げ出して、陰でさんざん罵った。みんな俺が嫌いだった。チカだって俺と長くいれば、そう思うようになる。俺……チカにだけは、嫌われたくねえんだよ」
「嫌いになんて、ならな」
「簡単に言うな!」
イオが怒鳴った。
ヒャッと悲鳴を上げて、妖精ちゃんたちが私の後ろに隠れる。
震える声で、うわごとのようにイオがつぶやく。
「どうせチカも同じだろ。人間だもんな。番になって人じゃなくなって、後戻りできなくなってから後悔して俺を捨てるんだ」
「捨てたりしない。私、どこにも行かない」
「いなくなるんだ、母さんみたいに。だったら今いなくなってくれよ、人間の世界に帰れ。トーキョーが嫌なら王都でもどこにでも行きゃあいい。とにかく、もう、俺の前から消えてくれ……!」
突然、天井のシャンデリアがぐらぐらと揺れはじめた。
イオの様子がおかしい。
鱗の生えた腕にすがりつき、訴える。
「聞いて、イオ。私、帰りたくないから残ったんじゃない。イオといることを選んだの。人間じゃなくなっていい、生きる時間が長くなっても短くなってもいい。一緒がいいの。私……私は、いなくならないよ」
「黙れ、期待させんな」
イオが私の腕を振り払い、立ち上がった。
「イオ……!」
「俺はひとりで死ぬ。そうしなきゃいけないんだ。ずっとそのつもりだったのに……お前にさえ会わなけりゃ……」
紫色の瞳の奥に、暗い影が射す。
突然、床が大きく揺れはじめた。
シャンデリアのガラスの雫どうしがぶつかりあい、ガシャガシャと甲高い悲鳴を立てる。
それだけじゃない、お城じたいが不快な音をたてて軋みはじめていた。
「なに、この音……?」
妖精ちゃんたちが泣きながら私の肩によじのぼってくる。
『キャー』
『コワイ―』
大理石の床が大きく波打ち、壁がありえない角度に曲がる。
天上が低くなっては高く伸び、扉が消えて、また現れたりを繰り返す。
(ただ揺れてるんじゃない。空間そのものが歪んでるんだ……!)
ここはイオの魔力で作られたお城。
それが崩壊しそうなくらい、イオは取り乱しているのだ。
「チカも俺を捨てるんだ。いつもそうなんだ。いなくなるんだ、お前も……」
「イオ、落ち着いて。話を聞いて!」
ガシャン!!
ものすごい音をたててシャンデリアが近くの床に落ち、ガラスの破片が光る粉になって飛び散った。
「きゃあっ」
思わず悲鳴をあげ、しゃがみこむ。
ハッとした表情でイオが私を見た。
泣き顔が、いっそう歪む。
「……いま、俺のこと、怖いって思ったろ。やっぱりこいつは化け物だって」
「そんなこと、思ってな……」
「もういい。お前の綺麗ごとはうんざりだ」
イオが背中を向け、地下へと向かう階段を駆け降りていく。
「イオ!」
ぐらぐらと揺れる視界のなか、彼を追う私の目の前で階段が消えた。
それまで存在しなかった壁が急に現れ、行く手を阻む。
「イオ、戻ってきて! お願い、話を聞いて!」
壁を叩いて叫んでも、返事はない。
「イオ……イオ……!」
壁の前で泣きながら、イオの名前を呼び続けた。
あいかわらずお城は軋みつづけている。
早く逃げろといわれたけど、立ち去る気になんてなれなかった。
いまにも崩れそうなこのお城は、彼の心だ。
離れたくない。
無力感に押しつぶされそうになりながら、揺さぶられても拒絶されても、中にいたかった。
――どのくらい時間が過ぎただろう。
夜が近づくにつれ、しだいに揺れはおさまり、お城は元の形を取り戻していった。
でも、イオをのみこんだ壁は閉ざされたまま、つめたく私の前にたちはだかっている。
竜族と人間。異なる世界で生まれたイオと私の間を隔てるかのように。
「イオ……」
呼んでも、やっぱり返事はない。
どうしたらいいんだろう。
一緒にいたいと願ったことが、イオをあんなに動揺させ、苦しめることになるなんて。
彼が好きだ。
でも、好きになってはいけなかったんだろうか。
『チカー……カワイソウ……』
『泣カナイデー……』
妖精ちゃんたちが、それぞれ四隅を持って毛布を運んできてくれた。
毛布にくるまり、妖精ちゃんたちと一緒に眠った。
割れたシャンデリアの破片が散らばる床の上で、夢さえも見ずに。




