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邪竜様の生贄花嫁~巻き込み事故で異世界召喚された私が最愛の番と呼ばれるまで~  作者: 天希莉緒
第二章

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35.俺は化け物

建物が揺れる場面があります。

苦手な方は今エピソードをスキップして次のページへお進みくださいませ。

 イオのお母さんは、元は生贄だった――

 同じだ。花嫁という名目で、この森に無理やり連れて来られた私と。


「竜族の仲間がみんな死んで、父さんは一人で暮らしてた。今の俺みたいなもんだな。人を喰ったりしねえのに何度も生贄が送り込まれて、そのたび帰してやってたけど、母さんだけは残して番にした。……それで俺が生まれた」


 苦しげな表情でイオが言う。


「今際の際で、父さんは母さんに謝ってた。……悪かった、って」


「でも、イオのお母様だって、お父様のことが好きだったでしょう?」


 私の言葉に、イオは皮肉な笑みを浮かべた。


「たぶん、惚れてたのは父さんのほうだけだ。母さんは竜の番になんか、なりたくなかったんだ。俺のことだって本当は」


 イオが声を詰まらせた。

 彼が飲み込んだのは、きっと「本当は生みたくなかった」という、残酷な推論だ。 


「母さんは、最期は人間として死にたいって思ったんだ。だから父さんが死んだあと、すぐに森を出た。人の世界に戻って、俺が化け物に見えたんだ。気味が悪くなって、嫌いになったんだ」


「そんな……」


「王都のやつらも同じだった。俺を便利に使うくせに化け物扱いして、近くに寄ろうもんなら逃げ出して、陰でさんざん罵った。みんな俺が嫌いだった。チカだって俺と長くいれば、そう思うようになる。俺……チカにだけは、嫌われたくねえんだよ」


「嫌いになんて、ならな」


「簡単に言うな!」


 イオが怒鳴った。

 ヒャッと悲鳴を上げて、妖精ちゃんたちが私の後ろに隠れる。

 震える声で、うわごとのようにイオがつぶやく。


「どうせチカも同じだろ。人間だもんな。番になって人じゃなくなって、後戻りできなくなってから後悔して俺を捨てるんだ」


「捨てたりしない。私、どこにも行かない」


「いなくなるんだ、母さんみたいに。だったら今いなくなってくれよ、人間の世界に帰れ。トーキョーが嫌なら王都でもどこにでも行きゃあいい。とにかく、もう、俺の前から消えてくれ……!」


 突然、天井のシャンデリアがぐらぐらと揺れはじめた。

 イオの様子がおかしい。

 鱗の生えた腕にすがりつき、訴える。


「聞いて、イオ。私、帰りたくないから残ったんじゃない。イオといることを選んだの。人間じゃなくなっていい、生きる時間が長くなっても短くなってもいい。一緒がいいの。私……私は、いなくならないよ」


「黙れ、期待させんな」


 イオが私の腕を振り払い、立ち上がった。


「イオ……!」


「俺はひとりで死ぬ。そうしなきゃいけないんだ。ずっとそのつもりだったのに……お前にさえ会わなけりゃ……」


 紫色の瞳の奥に、暗い影が射す。

 突然、床が大きく揺れはじめた。

 シャンデリアのガラスの雫どうしがぶつかりあい、ガシャガシャと甲高い悲鳴を立てる。

 それだけじゃない、お城じたいが不快な音をたてて軋みはじめていた。


「なに、この音……?」


 妖精ちゃんたちが泣きながら私の肩によじのぼってくる。


『キャー』

『コワイ―』


 大理石の床が大きく波打ち、壁がありえない角度に曲がる。

 天上が低くなっては高く伸び、扉が消えて、また現れたりを繰り返す。


(ただ揺れてるんじゃない。空間そのものが歪んでるんだ……!)


 ここはイオの魔力で作られたお城。

 それが崩壊しそうなくらい、イオは取り乱しているのだ。


「チカも俺を捨てるんだ。いつもそうなんだ。いなくなるんだ、お前も……」


「イオ、落ち着いて。話を聞いて!」


 ガシャン!! 

 ものすごい音をたててシャンデリアが近くの床に落ち、ガラスの破片が光る粉になって飛び散った。


「きゃあっ」


 思わず悲鳴をあげ、しゃがみこむ。 

 ハッとした表情でイオが私を見た。

 泣き顔が、いっそう歪む。


「……いま、俺のこと、怖いって思ったろ。やっぱりこいつは化け物だって」


「そんなこと、思ってな……」


「もういい。お前の綺麗ごとはうんざりだ」


 イオが背中を向け、地下へと向かう階段を駆け降りていく。


「イオ!」


 ぐらぐらと揺れる視界のなか、彼を追う私の目の前で階段が消えた。

 それまで存在しなかった壁が急に現れ、行く手を阻む。


「イオ、戻ってきて! お願い、話を聞いて!」

 

 壁を叩いて叫んでも、返事はない。

 

「イオ……イオ……!」


 壁の前で泣きながら、イオの名前を呼び続けた。

 あいかわらずお城は軋みつづけている。

 早く逃げろといわれたけど、立ち去る気になんてなれなかった。

 いまにも崩れそうなこのお城は、彼の心だ。

 離れたくない。

 無力感に押しつぶされそうになりながら、揺さぶられても拒絶されても、中にいたかった。

 


 ――どのくらい時間が過ぎただろう。

 夜が近づくにつれ、しだいに揺れはおさまり、お城は元の形を取り戻していった。

 でも、イオをのみこんだ壁は閉ざされたまま、つめたく私の前にたちはだかっている。

 竜族と人間。異なる世界で生まれたイオと私の間を隔てるかのように。


「イオ……」


 呼んでも、やっぱり返事はない。

 どうしたらいいんだろう。

 一緒にいたいと願ったことが、イオをあんなに動揺させ、苦しめることになるなんて。

 

 彼が好きだ。

 でも、好きになってはいけなかったんだろうか。


『チカー……カワイソウ……』

『泣カナイデー……』


 妖精ちゃんたちが、それぞれ四隅を持って毛布を運んできてくれた。

 毛布にくるまり、妖精ちゃんたちと一緒に眠った。

 割れたシャンデリアの破片が散らばる床の上で、夢さえも見ずに。



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