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邪竜様の生贄花嫁~巻き込み事故で異世界召喚された私が最愛の番と呼ばれるまで~  作者: 天希莉緒
第二章

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34.番(つがい)の掟

 イオが私の腕を強く引いた。

 そのまま、消えかかっている光の渦の方へと私を引っ張っていく。


「チカ、やっぱり元の世界へ帰れ! 急げ、門が閉じる!」


「どうしたのイオ、嫌よ!」


 もう手鏡くらいの面積に縮んでいた光の渦は、私たちの目の前で蒸発するように消えてしまった。

 土の上に膝をつき、イオが苛立った仕草で地面を叩く。

 同じ場所に新しい光の渦が出現した。 

 でも、何も映らない。


「だめだ、こんなのだめだ。トーキョーに繋がってくれよ、頼むから! チカを帰してやりてえんだよ!」


 狂ったように渦に拳を打ちつけるイオ。

 同じことを何度繰り返しても、きらめく飛沫が飛び散るだけだ。

 消えていく光の真ん中で、イオは蹲って頭を抱えた。


「イオ……どうして……?」

 

 隣に膝をつき、尋ねるのがやっとだった。

 いきなりのイオの変化に、心がついていかない。

 ここに私が残ることを、イオは拒絶した。

 一度は、抱きしめてくれたのに。


「俺は……なんてことを」


 掠れた声でイオが呻いた。


「これじゃ同じだ、父さんが母さんにしたことと……!」


「お父さんと……お母さん? なんの話?」


 答えないまま、イオが立ち上がった。

 私の手をほどき、お城のほうへと歩き出す。

 端正な顔は歪み、目尻に膨らんだ雫が光った。


(イオ、泣いてる?)


 はじめて見る姿だった。彼こそが後悔している、そう感じた。

 でも、それは何故……?


『チカー……』

『イオ、ドーシタノー……?』


 妖精ちゃんたちが、遠慮がちに私の肩に降りてくる。

 あまりの急展開に、近くの樹の上で沈黙しているしかなかったようだ。


「わからない……私にも」


 振り向きもせず、ふらつく足取りでイオはお城の中へと入っていく。

 戸惑いながら、彼の後を追った。

 



 天井から大きなシャンデリアが下がる、お城のボールルーム。

 そこに、イオは蹲っていた。

 両手で顔を覆っているから、表情は見えない。

 床に舞い降りた妖精ちゃんたちが、心配そうにイオを見上げる。


「イオ」

 

 大きく上下する肩に、そっと手を置いてみた。

 声を殺して、イオは泣いていた。


「お前を帰してやるべきだった。それなのに、俺は……」


「私、帰りたいなんて思ってない。言ったでしょう、あなたと一緒にいたいの。イオは……イオは、迷惑だったの?」


「お前に話してないことが、まだあるんだ」


 質問には答えずに、ゆっくりとイオが体を起こした。


「もっと早く伝えるべきだった。そうしたら、チカは違う未来を選べた。残るなんて言わなかったはずだ」


「……それは、どんなこと?」


 少しの沈黙のあと、ようやくイオが私を見た。

 乱れた髪の下、紫色の瞳が涙に濡れている。

 かすれた声で、イオは告げた。


「俺の番になったら……チカは、人間じゃなくなる」


 すぐには言葉が出なかった。

 人間じゃなくなる。それが何を意味するかわからなかったのだ。

 

「竜族が番にできる相手は生涯に一人だ。番に指名された人間は、種族本来の寿命を越えて二百年以上生きる。姿も殆ど変わらない」


「わ……私も!?」


「それだけじゃない。竜族が死んだら、番にされた相手も間もなく死ぬ。俺の母さんは百年くらい生きたみたいだけど、竜族としては早死にだ。父さんが死んだから、それ以上生きられなかったんだ」


 目を伏せ、イオは続けた。


「自分がいつまで生きるか、俺は知らない。二百年後か、明日か。……この意味がわかるか? 俺と番になったらチカは、もともと生きられたはずの寿命まで失うかもしれないんだ」


 気が遠くなるような長い時を生きる体になること。

 一方で、伴侶を失ったら長くは生きられないこと。

 それが竜の番の掟――


 彼と一緒に生きることに課される条件は、私の想像の範疇を遥かに超えていた。

 たしかにそれは、もう「普通の人間」とはいえない。


 ショックじゃない、といったら嘘になる。

 想像するだけでもリスクとデメリットが大きすぎる。

 ……でも、そうだとしても。


「いいよ。二百年でも、一日でも、イオのいる世界で生きられるなら。いつかは死ぬんだもの。それまであなたと一緒にいたい」

 

 イオが驚いたような表情で私を見た。そして、


「お前はわかってない」


 開きかけた扉を閉めるように、ぴしゃりと言った。


「前に言っただろう、俺の母さんは人間だったって。母さんは、アスダール王国のやつらが森の外から連れてきた生贄だったんだ。人喰い邪竜って呼ばれてた俺の父さんに捧げるために」


「え……?」


 思ってもみなかった。

 イオの両親が、邪竜と生贄として出会ったなんて。

 ――イオと私の関係と、同じだ。


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