23.仲直りとサプライズ
枯草の下で、何かが動いた。
「ひゃあっ! ……ん?」
這いつくばったまま逃げの姿勢に入っていた私は、思わず動きを止めた。
枯れ草から姿を現したのは、茶色の毛のウサギだった。
一羽だけかと思ったら、もう一羽が、ぴょこんと跳ねて出てくる。
さらに、もう一羽。
次々に顔を出すウサギたち。
最終的に六羽のつぶらな瞳と見つめ合うことになった。
「な、なーんだ。こっちにおいで」
試しに言ってみると、ウサギたちは躊躇う様子もなく近づいてくる。
一羽が、ぴょん、と私の膝に跳び乗った。
「可愛い……」
そっと背中を撫でると、他の子たちも、わらわらと膝に登ってきた。
もふもふの体はあったかい。
でも、みんな毛艶が優れず、元気がなさそうに見えた。
「ありがとう、一緒にいてくれて。……お腹すいてるよね。困ってるよね」
一羽を胸に抱き、つぶやいた。
「私、イオを傷つけちゃったの。だから、森がこんなことに……ごめんね、私のせいなんだ」
ウサギたちに謝りながら、イオの顔を思い出していた。
どうして私は、もっと早く彼の気持ちを思いやれなかったんだろう。
お世話係にしてほしいなんて言って、毎日近くにいたのに。
この立ち枯れの森は、そこに佇むがらんどうのお城は、彼の心を守る砦だ。
ぬくぬくと守られながら、砦の主の孤独に思いを馳せることさえしなかった私。
イオが語ろうとしない時間に何があったのか、考えようともしなかった。
ひとりぼっちになってしまった理由が、ちゃんとあるはずなのに。
「ごめんなさい……ごめんね、イオ」
声に出しても、イオはここにいない。
だけど、霧の向こうから、イオが私を呼ぶ声が聞こえた気がした。
「ああ、幻覚まで聞こえるようになっちゃったよ……」
悲しくなって、膝の上のウサギに語りかける。
そのとき、強い風が吹き、枯れ木がザザザと乾いた音を立てて揺れた。
視界を閉ざしていた白い霧が、まるでベールを剥がすように一気に吹き飛ばされる。
「チカ!」
今度は、はっきり聞こえた。
ザアッとひときわ大きく木立が鳴ったと思ったら、次の瞬間、空から大きな塊が舞い降りてきた。
「きゃ……え、イオ?」
白く枯れた森を背景に立っていたのは、イオだった。
人の姿を保ったまま、背中に黒い翼を背負っている。
驚いたウサギたちが私の膝から飛び降り、枯れ草の中へと跳ねていった。
背中の翼を体内に吸収しながら、イオが近づいて来る。
「こんなところで何してる。逃げ出そうとしてたのか」
怒気を含んだ低い声で、イオが問う。
「違うよ。私、イオを探しに行こうと思ったの。そうしたら道に迷っちゃって」
「俺を探しに?」
硬かったイオの表情に驚きの色が浮かんだ。
怒りの気配が、氷が解けるようにほどけてゆく。
「……一人でフラフラ外に出やがって。危ねえだろうが」
そして、手に持っていた白いもので、私の体をバサッと包んだ。
彼が抱えていたのは、羽のついたマントだった。
まるで雪の国のお姫様が着るような美しいマント。わざわざ、お城から抱えてきたんだろう。
「イオも私を探してくれたの?」
問いかけると、イオは慌てたようにツンとそっぽを向いた。
「そ、そりゃ、あれだよ、お前どんくさいから、そこらへんで勝手に転んで怪我でもされたら面倒だし。わざわざ迎えにきてやったんだ、感謝しろよ」
「うん、ありがとう」
「やけに素直だな。調子狂うんだけど」
照れたように逸らしたイオの視線が、少し離れた地面のあたりで止まる。
さっきのウサギたちが、まだ逃げずにこちらを見ていた。
「なに見てんだ、あいつら」
「可愛いでしょ、あのウサギさんたちが一緒にいてくれたのよ。抱っこしてたら温かかったの」
「ふうん。チカに恩を感じてるってわけか」
「イオに、じゃない? この森の主はイオだもの。私があなたのお城に住んでること、ウサギさんたちもわかってるのかもね」
「チカに俺の匂いがついてるのかな」
本気とも冗談ともとれる言い方をして、イオは少し恥ずかしそうに首の後ろに手をまわした。
ぴょんぴょんと跳んで枯れ草の間を去って行くウサギたち。
再会を見届けてくれたように感じてしまう。
「……あのね、イオ。ごめんなさ」
「謝るのは俺のほうだ。チカは悪くねえよ」
私の言葉を遮るように、イオが言った。
さっきまでとは打って変わって、気まずそうな声。
「……食事の支度、してくれてたんだよな。俺、お前に酷いこと言ったのに。本当に、ごめん」
「私こそ、ちゃんと謝らせて。自分の考えばかり押しつけて、ごめんなさい」
イオの唇が、ほっとしたような笑みを刷いた。
つられて私の頬も緩む。
「ねえ。仲直り……で、いい?」
「お、おう」
目を合わせ、どちらからともなく、声に出して笑う。
「じゃあ、帰るか」
そう言って、イオが私の手を取った。
「……お前が逃げ出すと思うなんて。どうかしてた、俺」
彼の手の温かさにドキッと心臓が跳ねる。
同時に、いままで感じたことのないような嬉しさがこみあげてきた。
思いきって、イオの手を握りかえす。
「言ったでしょ。私、いなくならないよ」
「うん」
私の言葉に、イオは深く頷いた。
そして、まっすぐに私を見下ろす。
素直なイオ、かわいいな、とか。
イオの瞳、やっぱり綺麗だな、とか、思った。
けど。
……このあと、どうすればいい?
急に頬に血が上る。
「あ、あの、ええと……」
どぎまぎと意味のない言葉を発していると。
イオが突然、唇の前に人差し指を立てる仕草で制した。
「しっ、静かに」
「どうしたの?」
イオは目を細め、耳を澄ますように黙っている。
いつのまにか霧は晴れ、枯れ木の森の上には青空が広がっていた。
遠くから、聞きなれない音が近づいてくる。
金属が触れあうときに似た、高い響き。
イオの顔が、ぱっと輝いた。
「やっぱり来た。今日だ!」
「来たって、なにが?」
悪戯を思いついたときの少年の顔になって、イオが片手で私に下がるよう合図する。
そして竜に姿を変え、彼が言った。
「背中に乗れ、寄り道するぞ。お前に見せたいものがあるんだ」
声が、やけに嬉しそう。
「え、どこに連れて行くつもり?」
「いいから着いてこいって!」
言われるまま竜の背に乗り、鬣に体を埋める。
私を乗せて、イオの大きな体は空へと舞い上がった。
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