24.夕陽と鳥と、イオの過去
竜に変身したイオの背中に乗り、鬣のシートベルトに身体を固定する。
イオの黒い翼が空気を叩き、大きな体が宙に浮いた。
私を包む白いファーコートの裾が、白鳥の羽のようにフワリと風に舞う。
「チカ、寒くないか?」
「平気、イオが持ってきてくれたコートのおかげ」
私の返事を聞いて、イオの翼が高度を上げた。
霧は晴れ、立ち枯れの森は夕暮れの光に染まりはじめている。
金色の雲が、ぐんと近くなった。
耳元で鳴る風に混じって、あの高い音が近づいてくる。
「ねえ、この音は何!?」
「なんだと思う?」
面白がるようにイオが言う。
空の向こうから、たくさんの白い点のようなものが現れた。
その白い群れが近づくにつれ、最初は遠く小さかった音も、どんどん大きくなってくる。
こわごわ目をこらして、私は思わず声をあげた。
「あっ! ねえイオ、見て! 鳥! あんなにたくさん!」
「おう、渡り鳥の群れだ。今日あたり来ると思ってた」
白い点と思ったものは、大型の鳥の大群だった。
白鳥に似ているけど、白鳥じゃない。羽の先が銀色に輝いている。
イオの言葉どおり、何千羽……いや何万羽もの大きな鳥が、いくつも群れをなし、飛んでいく。
鳥たちの翼が陽光を弾いて輝くさまは、圧巻の美しさだった。
「すごい……すごい! 私も鳥になった気分!」
「向こうもチカを仲間だと思ってるかもな。白い羽根をつけて、空を飛んでる」
イオが声を出して笑う。
竜は脅威ではないことを知っているのか、鳥たちは怖がって逃げることをしない。
絶えず鳴き交わしながら、同じ方向へと飛んでいく。
互いに呼び合うように、励まし合うように空をゆく鳥たち。
逞しくて、なんだかとてもいじらしく見える。
私の顔を、じっと見てくる子なんかもいたりして。
(夢みたい……楽しい!)
群れとの平行飛行を楽しんだあと、イオは徐々に高度を落とし、湖を見下ろす小高い山の上で着地した。
自然の造形が平らに開けた場所を形づくり、湖を臨む特等席のようなスペースになっている。
私を地面に降ろして、イオが人間の姿になった。
「渡り鳥の群れなんて初めて見た! しかも空の上からなんて……」
「湖が居留地になってるんだ。毎年この時期に来て、またすぐにいなくなっちまう」
眼下に見える大きな湖に、鳥たちが次々と舞い降りていく。
木々は白く枯れてしまっているけれど、湖の水は澄んでキラキラと揺れていた。
水面の輝きに鳥たちの羽の白が映えて、眩しい。
「湖全体が宝石箱みたい」
「詩人かよ」
私の呟きを、すかさずイオが茶化す。
そのあとすぐに、
「この景色を、チカに見せたかったんだ」
照れたように付け加えた。
その言葉で、夕陽がいっそう輝きを増した気がした。
嬉しい、と、素直に思った。
きっと長いあいだ、ひとりのものだった美しい景色を、彼は私に分けてくれたんだ。
「あの群れは、どこに行くのかな。イオは知ってる?」
尋ねると、イオは静かに首を横に振った。
「いいや。でも南に向かって、そうとう遠くまで渡っていくみたいだ。で、冬が終わったら戻ってくる。毎年だ。長いあいだ離れてても帰る場所がわかるんだな」
「じゃあ、また会えるの?」
「ああ。春になれば」
「春も一緒に飛びたいな」
「そうしよう」
それから少しの間、私たちは何も言わずに、夕焼けの空と銀色の渡り鳥の競演を見上げていた。
沈黙を終わらせたのは、イオのほうだった。
「……俺さ。チカに話してないことが、たくさんある」
硬い声から、緊張が伝わる。
「無理に話してくれなくていいよ。私……」
「聞いてほしいんだ。お前には。俺の……昔の、こと。聞いたあと忘れていいから」
忘れるなんて無理だよ、と思ったけど。
私は黙って頷いた。
無理はしてほしくない。でも、聞きたくないといったら嘘になる。
私は、イオのことを知りたい。自分でも不思議なくらいに。
イオが一度、目を伏せる。
夕陽のなか、ふたたび目を開けた彼の紫色の瞳に、寂しげな光が揺れた。
ゆっくりと、言葉を選びながら、彼は話しはじめた。
彼が、立ち枯れの森に聳える空っぽのお城の主になるまでの物語を。




