21.心の傷
「イオ? どうしたの?」
醒めた顔でイオが肩をすくめる。
「花も緑も邪魔だ。そんなものがあるから人間が寄って来るんだ。あのガキとかな。あげくチカに怪我させられたんじゃ堪んねえ」
「あれは事故よ。あの子は仕方なく森に入ったの、食べ物をさがすために」
「その事故ってやつを防止するために枯木だらけにしておくんだよ。ま、家に飾る花くらいなら咲かせてやる。お前は花が好きだもんな」
イオが指を鳴らすと、彼の足もとに白い花が一輪咲いた。
摘んで私の髪に飾り、満足そうに微笑む。
「似合うぜ、チカ」
「ええと、ありがとう……でもね、イオ」
「もっとたくさん欲しいか? ああ、庭で育ててた野菜とかは元どおりにしてやるよ。食料は必要だ」
口調は穏やかだけど、イオの目は笑っていない。
「イオの心配はわかるけど……やっぱり、緑の森に戻してほしい。あとね……もし、もしも出来るなら、森で採れた果実とか、外から来る人にも分けてあげられないかな」
思いきって頼んでみる。
イオの顔が曇った。
「なんで急に、そんなことを?」
「ロニー……森に入ってきた男の子ね、あの子が言ってた。作物が採れなくて困ってるって。森の外では飢えに苦しんでる人が多いみたいなの。ロニーの家にも、もう食べるものがないんだって」
ロニーの姿を思い出す。
さっき見かけたウサギみたいに、彼は痩せていた。
果実を抱えて逃げたというロニー。
怯えながらも必死で食糧を持ち帰ったのだ。飢えた家族が待っているから。
「興味ねえな。チカ以外の人間なんかどうでもいい」
イオは面倒そうに横を向いた。
「でも……」
「チカだって酷い目に遭わされてるはずだ。元いた場所から攫われて、生贄にされたこと忘れたのか」
「あれは王家の人たちがやったことよ。ロニーじゃない」
「俺から見ればどっちも同じだ。聖女召喚とやらは王家がやってることだろうが、そんな王家をのさばらせてるやつらの方も大概だぜ」
「でも……森の外が変わらないと、いつかまた同じことが起きるよ」
「森に侵入する人間がいれば、その度に追い払ってやる。軍隊にだって負けやしねえ。チカは俺が守る。なにが不満なんだ」
振り向いたイオの眉間には、はっきりと皺が刻まれていた。
だんだん不機嫌になってきてるのがわかる。
「私は幸せだよ。満足してるし感謝もしてる。でも、それでいいのかなって」
「どうして森の外を気にする? 俺たちには関係ねえのに」
「アスダールの人たちがイオを誤解してるからよ。本当のあなたをわかってもらえたら状況は変わるはずなの」
「……もう、よせ」
「イオ、お願い。私を助けてくれたみたいに、森の外のひとたちも」
「人間を助けてやる義理なんかねえんだよ!」
イオが声を荒げた。
ヒャッと悲鳴をあげて、妖精ちゃんたちが木の陰に隠れる。
怒気を孕んだ口調でイオは続けた。
「知らねえだろうから教えてやる。俺は昔、人間どもに酷い目に遭わされた。都合よく使われて捨てられたんだ。なのに、やつら、まだ俺を利用してる。邪竜とか呼んで、この国で起こる災厄を俺のせいにしてるんだ。俺は人間の玩具じゃねえぞ!」
「イオ……」
「人間なんか大嫌いだ。あんなやつらに同情する暇があるなら、チカ、俺を見ろ。俺のことだけ考えろよ!」
イオが、ここまで感情を露わにしたのは初めてだった。
アスダールの人たちとのあいだに、なにがあったんだろう。
そう思ったけれど、あまりの剣幕に言葉がでてこない。
黙る私を見て、イオは気まずそうに足元に目を落とした。
そして、ぽつりと言う。
「……お前も人間だもんな。あっちの世界が恋しくなったか」
「え? 違うよ、私は……!」
「いなくならないって言ったくせに」
言い捨てて、イオはふいっと背中を向けた。
走り出しながら、竜へと姿を変え、荒れた森の上空へと飛び去っていく。
「イオ! 待って!」
彼を追って走り出したけれど、黒い翼はみるまに遠くなる。
無駄と知りつつ城門まで追いかけて、とうとう息が切れた。
「イオ……」
よろめきながら巨大な門にもたれかかったとき、そこに刻まれた紋章に目が留まった。
翼を広げた竜と太陽をあしらったものだ。
いままで、あまり気に留めていなかったけど。
(この紋章、どこかで見た……?)
記憶をたどって、ハッとする。
どうして今まで気づかなかったんだろう。
この世界に私を召還した、アスダールのラスティン国王。彼のマントの刺繍と同じだ。
生贄として運ばれたときに載せられた馬車や輿にも、同じ紋章が刻まれていた。
「これ……アスダール王国の紋章!?」
――このときになって、ようやくわかった。
ここに来てからずっと感じていた違和感の正体が。
森の中に佇む美しいお城。
綺麗なお部屋。清潔な寝具。美しい食器、銀の燭台、シャンデリア。
彼は、ここを自分で作った家だと言った。
つくることができるのは、具現化できるのは、はっきりイメージすることができるから。
つまり「見たことがある」から、なんだよね?
ここはイオの記憶を元に形成されたお城。
だとしたら、彼はアスダール王国の宮殿を知っている――?
『チカ、ダイジョーブ……?』
『喧嘩シチャッタノー?』
妖精ちゃんたちが追いついてきて、遠慮がちに声をかけてきた。
『イオ、ワルイネー』
『オコッタラ、ダメダヨネー』
スイちゃんとフウちゃんが慰めてくれる。
『チカ、コワカッタネー』
『泣カナイデ……』
メランちゃんとピカリちゃんも、小さな小さな手で、そっと私の頬を撫でてくれた。
私は泣いていた。自分でも気づかないうちに。
「私……なんてこと、しちゃったんだろう……」
イオは、人間を知らずに嫌っているわけじゃない。
私に話していないだけで、きっと過去に何かがあったんだ。
今すぐイオに謝りたい。
私は浅はかで、あまりに傲慢だった。
彼の気持ちも考えないで、自分の正義を押しつけようとした。
この森は、ひとりの味方も持たないイオが創りあげた孤独な要塞。
そこにいることを許された私は、誰より知っていたはずなのに。
彼の心が、とても柔らかいこと。
そして不器用なやりかたで、私を守ろうとしてくれていたことを。




