20.死の森ふたたび
イオが黄金の果実を口に入れてくれたおかげで、私の怪我は、ぐんぐん回復した。
そういえば、いちばん最初にこのお城に来たときも、あの果実を食べて体力が回復したんだっけ。
イオと妖精ちゃんたちに付き添われ、久々に外に出て――
驚いた。もう、めちゃくちゃに驚いた!
「ねえ……どうしちゃったの、これ!?」
周囲の景色が、一変していた。
緑あふれる豊かな初夏の森は、まるで冬のような寒さの中で凍てつき、色をなくしていた。
あんなに美しく咲き競っていた花が――イオが咲かせてくれた「千の花」が、すべて枯れている。
木々は白く乾いて、枝だけになっていた。
ねじれて絡み合った枝が、上空へ向かって骸骨の腕のように突き出している。
空は暗く、空気は重く、不気味なほど静かだ。
ときおり聞こえるのは、乾いた梢が風に鳴る寂しげな音だけ。
「森が、死んでる……」
まるで、最初にここへ来たときみたい。
いや、それよりも酷い光景が、お城を取り囲んでいた。
「あっ」
思わず声が出たのは、枯草のあいだにウサギの親子の姿を見つけたからだ。
怯えた目でこちらを見たあと、姿勢を低くして逃げていく。
すっかり痩せて、毛並みも荒れていた。
呆然とする私の横で、イオは初めて気づいたみたいな顔で周囲を見回した。
「ああ、そういえば。こんなことになってたか」
「そういえばって……心当たりがあるの?」
「まあ、うん」
何故か気まずそうにイオが首をすくめる。
「ねえ、まさかこれ、イオの仕業?」
『ソウダヨー』
『イオネー、ズットネー、泣イタリ怒ッタリシテテネー』
『ソウシタラ、スゴイ嵐ニナッテネー』
妖精ちゃんたちの無邪気な告げ口に、イオはますます小さくなった。
「べ、別に、わざとじゃねえぞ? チカがいなくなっちまうかと思ったら、俺……何もかもどうでもよくなってさ……俺しかいないなら、もう何も要らねえなって……」
「そんなこと思っちゃいけません!」
「わかった、悪かったよ! そんな怒るなって!」
どうやら竜人というのは、そのメンタルが周囲の環境にまで影響を及ぼしてしまう生き物らしい。
私が死の淵を彷徨い、イオが自暴自棄になっていた七日間、城の外は酷い嵐になって、雪や雹まで吹き荒れていたというのだ。
って、なんだかすごく責任を感じる……。
(この森は、イオの心をそのまま映してるのね)
ある意味、彼はとても正直だ。
私が思うより脆く、傷つきやすい心の持ち主なのだ。
「ねえ、綺麗だったときの森に戻してくれる?」
「チカが喜ぶなら、すぐやる! 見てろ!」
めずらしくイオが素直に頷いた。
地面に両手をつき、目を閉じる。
その手もとに、鮮やかな緑が芽吹いた。
見る間に若草の絨毯が広がっていく。
雲が切れ、太陽が顔を出した。光の下で色とりどりの花が開く。
美しい姿を取り戻していく森を見ながら、思った。
(……やっぱり、彼は人間とは違うんだ)
しかも、強大な力を持っていながら、そのことを今ひとつ自覚していない節がある。
悪気がないのもわかるけど、それってけっこう大変なことだ。
『俺しかいないなら、もう何も要らねえなって』
イオの口から出た、自暴自棄で、とても悲しい言葉。
この森で、彼は長い間ひとりぼっちだった。
人と関わらないから、他者が嫌がることがわからない。
自分に価値を感じていないから、自分の居場所を大切にできない。
つらい気持ちや寂しさが衝動的な行動に繋がり、自らの居場所を立ち枯れの荒野にしてしまっていたんだ。
だけど、今は――
「見ろよ、チカ! 花! いっぱい咲かせてやったぞ、嬉しいか?」
満面の笑顔で、イオが私に問いかける。
本当の彼は、こんなにも優しい。
私を喜ばせるために、文字通り一生懸命になってくれるんだから。
ワクワクした表情で私の言葉を待っているイオ。
私も思いきり、笑顔を返す。
「うん。嬉しい!」
こんなふうに誰かに笑いかけるのも、ありのままの気持ちを示すのも。
元いた世界では、したことなかったな。
以前の私は人といることに疲れて、誰も信じられなくて、人生に絶望しかかっていた。
私は変わった。イオのおかげで。
イオと一緒に、もっと変わっていきたい。
……なんてことを思っていたとき。
イオが急に立ち上がった。
無限に伸びていくように見えた緑の絨毯が、ぴたりと止まった。
それどころか、いちど咲いた花さえもが見る間に萎れていく。
「……イオ?」
みるみる荒野に戻っていく森を背景に、イオが振り向いた。
「やっぱり、やめた」
呟く彼の表情は、驚くほど冷たかった。
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