15.スローライフ最高、からの
『ネーネー、チカ、オ散歩イコー?』
『オヒサマ出テルヨー、ハヤク行コー?』
お昼ごはんの片づけを終えた私に、今日も今日とて妖精ちゃんたちがまつわりついてくる。
「お散歩ね。イオのお仕事が終わってからね」
『オシゴトオワッタラ、ミンナデ行ク?』
「うん。そろそろいいかな。イオを呼びにいきましょうか」
『ハーイ!!』
喜び勇んで厨房を出ていく妖精ちゃんたち。
冷えたお茶のカラフェとグラスを載せたトレーを手に、私も続く。
菜園に出ると、竜の姿のイオが、巨大な足の爪で畑の土を耕しているところだった。
真っ黒な体躯の竜が、太陽の下で畑仕事。
ものすごくシュールな光景だ。でも、
(もう慣れたな、この画……って、慣れちゃう自分が怖いけど)
いまや緑が満ちる場所となった森には、食べ物になる植物が豊かに自生している。
さらに、お城の中庭の家庭菜園では、主食になる穀物や野菜をメインに栽培中。
イオが魔力や変身能力を駆使してくれるから、作物がうまく育ってる。
意外なことに、イオ自身も楽しくて嵌っているみたい。
「イオー、そろそろひと休みしない?」
「おう」
返事をして、イオが人間の姿に戻る。
「ふふ、泥が残ってる」
「男前があがったろ」
顔に残った土を拭ってあげると、イオは恥ずかしそうに笑って、それでも強気な台詞を返してきた。
庭園の回廊で冷たいお茶を飲みながら、ひと休み。
そのあと妖精ちゃんたちに急かされ、私たちは森へと出掛けた。
イオと私、そして妖精ちゃんたちも一緒に、外を歩くことが日課になってる。
『オヒサマ、アッタカーイ』
『イーキモチー!』
妖精ちゃんたちは、お城の外に出るのが好きだ。
人間である私や竜人のイオと違って、この子たちは、ご飯を食べない。
食料ではなく、太陽の光や植物に触れることでエネルギーを得ているのだ。
私は私は呑気に景色を眺め、綺麗なお花を摘んで帰って、お城の部屋に飾るのが毎日の楽しみ。
(今日は、このお花を持って帰ってお城に飾ろう)
道端の花を摘んで籠に入れたとき、視界の端で小さな影が動いた。
「あっ! ねえイオ、見て!」
「なんだ、いきなり大声で」
「今ね、ウサギがいたの! しかも何匹も! 家族かな? たくさんいたよ、すごく可愛かった」
「騒ぐようなことか、それ」
イオの方は、あまり関心がなさそうだ。
「騒ぐようなことだよ。私がここに来たばかりの時は動物なんかいなかったもの。ここが豊かな場所になったってこと。ありがとう、イオが緑の森にしてくれたおかげね」
「あー、……俺は別に動物のためにやったわけじゃねえし」
照れくさそうな表情になって、イオは視線を逸らす。
そして急に急ぎ足で私から離れ、咳払いをした。
「きっ、今日はもう帰るぞ。乗せてやる」
「いいの!? やったー、嬉しい!」
「はしゃぎやがって、子供かよ。ほら、少し離れろ」
イオが両手を広げた。
紫の瞳が一瞬、真紅に輝く。
そして、彼は瞬く間に巨大な竜に変化を遂げた。
「失礼しまーす」
喜び勇んでイオの背中に乗る私。
「しっかり掴まってろよ」
「うん!」
これが何よりのお楽しみ。
竜の背中に乗っての空中散歩!
最初は怖かったけど、竜の長い鬣をシートベルト代わりにすれば落下の心配はない。
それに、もしものことがあったとしても、イオは絶対に私を助けてくれる。今ではそう思えるのだ。
「行くぞ」
私を背中に乗せ、イオが空中へと舞い上がる。
『キャー』
『キャー』
私と同じく鬣に身体を埋めている妖精ちゃんたちが、嬉しそうに歓声を上げる。
イオ、今日はちょっとスピード速め。ジェットコースターに乗っているみたい!
びゅうびゅうと鳴る風を受けながら、一緒になって私も叫んでみた。
「ずっとこうしていたーい!」
「いま何て言った?」
聞き取れなかったらしいイオが話しかけてくる。
「なんでもなーい、ひとりごと」
「じゃあもっと小さい声で言えよ。変な女だな」
イオの口の悪さにも慣れてきた。
今のは、ちょっと面白がってるときの言い方だ。声に笑いが混じっている。
東京にいたときとは、全然違う暮らし。
不自由はたくさんあるはずなのに、辛いとは思わなかった。
むしろ、時間がゆっくりと流れる生活を――イオと過ごす毎日を、愛おしいとさえ感じながら。
森での日々は、あっというまに過ぎていった。
だから。
いつのまにか油断して、忘れてたんだと思う。
イオは、「竜人」
ここは異世界の深い森の中で、日本の都会では想像もつかない出来事が、簡単に起こり得るってこと。
自分の目に見えているものが世界のすべてとは限らないっていう、とても単純なことを。
お読みいただき、ありがとうございます。




