13.名前で呼び合う
『チカー』
『テツダウヨー!』
洗濯物をかかえて中庭に出ると、水を操る妖精ちゃんが、今日も今日とて出番だとばかりに飛んできた。
地面に置いた大きな桶に小さな体が飛び込むと、とたんに水が満ちて渦を巻き始める。
「ありがとう、スイちゃん」
『ウフフ』
お礼を言われた妖精ちゃんは、桶から顔を出して嬉しそうに笑った。
スイちゃんらていうのは、私が考えた名前だ。
水の妖精ちゃんだから、スイ(水)ちゃん。
毎日いっしょに暮らすのに、「妖精ちゃん」じゃ味気ない。ひとりひとり性格だって違う。
スイちゃんは、おっとりさん。ちょっと私に似たところがある子だ。
魔法式洗濯機で洗った洋服を干していると、別の妖精ちゃんが風を送ってくれる。
「フウちゃん、助かるわ。ありがとうね」
『ワーイ、ホメラレター』
フウちゃんは、風の妖精。
残る二人の妖精ちゃんは、物干し竿の端に座って風に吹かれながらキャッキャと笑い声をあげている。
メランちゃんと、ピカリちゃん。それぞれ炎と光を操る子だ。
我ながらネーミングセンスがなくて申し訳ないけど、妖精ちゃんたちは喜んでくれてるみたい。
「洗濯が終わったら、お掃除ね。奥のお部屋は暗いから、入るときはピカリちゃんも一緒に来て……」
妖精ちゃんに話しかけながら、ふと気配を感じて振り向いた。
「びっ……くりした! 邪竜様、いつからそこに!?」
高く育った黄金の実の樹の下に、いつのまにか邪竜サマが立って、こっちを見ていたのだ。
答える代わりに唇を尖らせ、邪竜様は妖精ちゃんを指さした。
「お前、ピカリって名前になったのか?」
『ソーダヨー!』
ピカリちゃんが元気に返事をする。
次に邪竜様は、水の妖精ちゃんに目を向けた。
「お前が、スイ?」
『ウン!』
スイちゃんも楽しそうに答えた。
真顔で歩み寄りながら、邪竜様が次々と妖精ちゃんたちを指さす。
「お前は、フウか。そっちのお前が、メラン。へえ、名前がついたわけか。そういうわけか」
『エへへ―、イイデショ―』
『カワイイデショー』
にこにこの妖精ちゃんたちと対照的に、邪竜様は妙にムスッとした様子だ。
あれ? もしかして……怒ってる?
「あの、あの……勝手なことして、すみません。みんながあんまり可愛くて、ひとりひとり名前で呼んだら、もっと仲良くなれるかなーって、それで……」
おどおどと言い訳をする私に、邪竜様が言った。
「で。お前は、チカっていうんだよな」
「はい、チカです! あれ? ご存知ですよね?」
黙る邪竜様。
不思議な沈黙の時間が続く。そのわりに目の前の邪竜様は、なにやら言いたげにチラチラ見てくる。
鈍い私も、ようやく気付いた。
「あ! もしかして、邪竜様にも名前があるんですか?」
拗ねたように目を逸らし、邪竜様が、かすかに頷いた。
「あるんだ……」
考えてもみなかった。
邪竜様は邪竜様、妖精ちゃんたちがそうだったように、名前はないものだと思い込んでいた。
でも、それって私が「人間」って呼ばれるのと一緒なのかな?
私自身が、名前じゃなくて役割で呼ばれることを寂しいって思ってたのに。
邪竜様に同じことをしてることに気づいてなかったんだ。
「よく今まで怒らないでいてくれましたね、邪竜様。私、あなたのこと『竜』呼びした上に『邪』なんて言葉までつけちゃってたのに」
「お前こそ、よく今まで気づかなかったな。この流れでも邪竜様って呼んでるしな」
「ご、ごめんなさい! ……あの、今さらですけど。お名前、教えてもらえるんですか?」
おそるおそる訊いてみる。
邪竜様が大きく瞬きをする。そして、
「……イオ」
小さな声で、彼は答えた。
「イオ?」
「本当は、アイオライトって名前だ。けど、イオでいいぞ。そのほうが呼びやすいからな」
ようやく、会話の趣旨が理解できた。
邪竜様、名前を呼んでほしいのかな、これは……?
『イオ デ イイゾー』
『ドラゴン チカト仲良クシタイゾー』
妖精ちゃんたちが、邪竜様の言葉を真似て笑う。
「うるさいな! そういうんじゃねえから!」
顔を真っ赤にして否定したあと、邪竜様は私の方へと向き直った。
「今日から俺のことは、イオって呼べ。……な、チカ」
言い方が、ぎこちない。とくに最後の『な、チカ』のあたり。
そういえば私、邪竜様に名前で呼ばれたこと、あったかな。
……なかったかも。いつも「お前」って呼びかけられてたような。
なんだか、くすぐったい。
「はい。じゃあ……これからはイオ様って呼びますね」
「様はいらない。イオでいい。ついでに、その堅苦しい言葉遣いやめろ。チカは別に俺の召使いじゃないだろ」
「えっ? でも、お世話係です」
「それ、お前が勝手に言い出しただけだし。もうやめろって言ってんの」
「はい、わかりました! じゃなくて……う、うん」
邪竜さ……イオの目元が緩む。
嬉しそう。わかりやすく嬉しそう。
「あの……アイオライトっていう名前は誰がつけてくれたの?」
「知らねえな。まあ、親じゃねえの」
ずっと昔にいなくなったけど。と、イオは付け足した。
本当に覚えていないのか、忘れたふりをしているのか。
でも、なんだか不思議だ。
「素敵な名前ですね」
「なんで、そう思う」
「私のいた世界に、アイオライトっていう名前の宝石があるから。邪りゅ……あなたの瞳と同じ紫色の石」
イオが目を見開いた。本当に驚いた様子だ。
「俺の目と同じ色の……宝石?」
「そう。こっちの世界にもあるんでしょうか、じゃなくて、あるのかな。アイオライト。お父様か、お母様が、あなたの瞳を綺麗だと思ってつけてくれたのね。ぴったりの名前だから」
「俺の名前に、意味があるのか?」
呟きながら、視線を空へと向ける。
「そうか、そうなのか。アイオライト……宝石の名前。目の色」
噛みしめるような言いかた。
陽の光を浴びて、瞳が本当に宝石のように輝く。
(邪竜様……じゃなくてイオ、嬉しそう……?)
ハッとしたような表情になったあと、イオがこちらを振り向いた。
「チカ! 褒美をやる!
「えっ、またご褒美? なんの?」
「俺の名前の意味を教えてくれた褒美だよ! 来い!」
子どものような満面の笑顔で、イオが私の手を取った。
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