12.ドレスより宝石より
「お前に褒美をやることにした」
「ご褒美ですか? 何の?」
「いつも美味い食事を作る褒美だ。何が欲しい? ドレスか、それとも宝石か、新しいベッドやカーテンか? 俺がなんでも叶えてやる!」
意気揚々と両手を広げる邪竜様。
(そうか。竜の魔力は、どんなものでも具現化できるんだっけ)
それこそ、どんなに豪華な服でも、装飾品でも、なんなら現金でも、彼ならできてしまいそう。
それにしても、ご褒美って言いだしたり、その選択肢がドレスや宝石っていうあたり、邪竜様、妙に貴族っぽいところがある。
ずっとひとりで森に棲んでた人が、その発想するかな?
ともあれ、お姫様みたいなドレスやティアラは、もうすでにお城のクローゼットの中にある。私には必要がないから使っていないだけで。
お出かけするわけじゃないし、ジュエリーとかも要らない。
調理器具やお皿……も、じゅうぶんあるのよね。
寝具や家具も、素敵なものが揃っているから不満はないし……。
「おい、そんなに悩むようなことか? それとも、すげえ無理難題を考えてる……?」
自分から言いだしておいて、邪竜様、ちょっと怯えはじめてるような。
「違います。思いつかなくて」
「無欲にも程があるぞ。さすがに何かあるだろ……ねえの? それはそれで心配になるぞ」
「……あ! ありました!」
「よし、言ってみろ」
身を乗り出す邪竜様。
「本当に、なんでもいいですか?」
「もちろんだ。竜人に二言はない!」
「じゃあ……一緒に、ご飯を食べてほしいです」
私の言葉に、邪竜様は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
「一緒にご飯って……お前と、俺が?」
「はい」
私と邪竜様が同じテーブルで食事をしたことはない。
いつもは先に邪竜様に食事を済ませてもらい、私は後から厨房で食べていた。邪竜様は雇い主、私はお世話係だから。
邪竜様が首を傾げた。
「俺と一緒に飯を食って、お前に何か良いことあるか?」
「良いことっていうか……一緒だと、楽しいかな、って」
しばらく邪竜様は、きょとんとした顔で黙っていた。
やがて頬が一気に赤くなる。
「変なやつだな、お前。そんなことが楽しいか? いや、意味わかんねえ」
「だめですか?」
「だっ、だめとは言ってねえ!」
「ありがとうございます! じゃあ、準備してきますね! あ、食べててくださってかまいませんからね!」
厨房へ駆けだそうとしたところへ、
「待て」
邪竜様が私を呼び止めた。
「はい?」
椅子から立ち上がり、テーブルに手をついて、邪竜様は何かを言いよどんでいる。
やがて、どこか後ろめたそうに視線を外しながら、彼は言った。
「俺さ……もう長いこと、誰かと一緒に食事したこと、ねえんだ」
「そう、なんですね」
「お前も、俺が怖いだろ?」
邪竜様が問う。
胸の奥が疼いた。
答えを待つ彼の顔には、ありありと怯えの色が浮かんでいたから。
「最初は怖かったです。でも、今はもう怖くありません」
正直に答える。
邪竜様が息を吐いた。
「そうか。……じゃ、好きにしろ」
「はい!」
そして私は、自分が食べる分の料理を食堂に運び、はじめて邪竜様と同じテーブルを囲んだ。
「いただきます」
いつもの習慣で胸の前で手を合わせると、向かいの席の邪竜様も同じ仕草をする。
私がスプーンとナイフを持つ手もとを見て、彼もまた同じように自分のカトラリーを持ちかえ、オムレツを口に運んだ。
「……美味い」
邪竜様が呟いた。
「さっきも誉めてくれましたね」
「さっきよりも美味い。だから、もう一回言った。お前と一緒に食べたほうが美味いな」
嬉しい。
素直に、嬉しい。
「邪竜様。今後もご一緒していいですか?」
「ああ、そうしろ」
そう続けたあと、どんどんカトラリーを動かし、食べ進めていく。照れ隠しのように見えた。
「なに笑ってんだよ。さっさと食え」
「はい」
そして私たちは、向かい合ってご飯を食べた。
邪竜様は何度も美味い美味いと言ってくれたし、私自身も、自分のつくった料理ながら本当に美味しさが増した気がする。
私と邪竜様は、案外似ているのかもしれない。
生きてきた世界は、文字どおり全然ちがうけど。
それからも私たちは、毎日、一緒にご飯を食べた。
意外にも、彼は殆ど肉を摂らない。
果物や野菜は大好きで、根菜を使ったスープに大喜びする。
お酒は弱くて、ほとんど下戸。いちどだけ飲んでるところを見たけど、たった一口で酔いがまわって爆睡し、翌朝とても恥ずかしそうにしていた。
邪竜様、見た目は人間と違う。ときどき竜に変身する。あと、口が悪い。
でも、意外と普通。いい意味で、普通。
だんだん私は、彼に親しみを覚えていった。




