秘密組織
部屋からクロッカスが出て行き、アヤメさんと対峙する形になった私と仁史である。
「クロッカスは程なく戻ります、ご心配は無用です。……さて、お二人には悪かったのですけれど、身支度をしている間を利用して魔法適性その他、リモートで調べることができるところは、全て調べさせて頂きました」
――すみません、お茶のおかわりを頂けますか?
ドアの付近に控えていた事務員の人が、頭を下げて部屋を出て行く。
「結果は先ほどの話通りに適性無し。ここまでお話を伺った所でも、力の発動は完全に自覚無し、魔法や結界に関する知識も勿論無し……。正直、あなた方をどう扱って良いものか、困ってしまっている。と言うのが実際です。」
仁史がおずおずと、と言う言う感じで。胸の前に小さく右手を挙げる。
「あの、アヤメさん。で良いんですね? ――はい、えぇと。俺、あの。体ごと、火の玉みたいのを防いだと思ってたんですが。そうじゃ無い、って事っすか?」
「南光クン、でよろしかったのですわよね? ――直径30センチ、三千度弱の火の玉を素手で防げる人が居たならば、それはそれで凄いことだとは思いますが、きっとそれができるなら人間では無い何者かでしょうね。……あなたは明らかに9割9分、炎を相殺したのです。何をどうしたらそうなるのか現状ではわかりませんが、それは間違いがありません」
仁史は自分の両手を見ながら黙り込む。
三千度……。ちょっとピンとはこないし、“そうさい”? それがどんな意味でどんな漢字を書くのかさえ知らないけど。
でもその“そうさい”をしなければ私か仁史、あるいは両方が黒焦げの焼死体になっていた。
と言う事を言っているのはわかる。
「魔法適性を持つものは一定の割合で生まれますが、第三者にはっきりわかる様な魔法、これを行使出来るものはごくわずかなのです。そしてそのような方については、早い段階でわたくし達が保護をし、育成することになっています」
そこまで言うと、アヤメさんは普通にカップに口を付けた。
ただそれだけなんだけど、全く嫌みに見えないお上品さがにじみ出ている。
なんなんだろう、この人のこの雰囲気。
「ですが数の内にはもちろん、網の目から零れるものも出る。もっとも、そうであっても実際には騒ぎ立てるようなことではないのです。自由自在に魔法を操る、と言うのもそれは本来、非常に難しい。できたとしても、今度は悪目立ちするだけで、あまり良いことはありません。……普通、基本的に力は使わず隠す方向となるので問題は起こりえない」
でも、さっきの男は……。
「但し、ある程度の力を悪用するとなれば。一般的な司法機関は手が出せない」
確かに。魔法で怪我をさせても、警察が逮捕したり、裁判で有罪になったり。
それは難しそうだ。
「必然、そのような輩については、それなりに手を打たなければならなくなる。それが先ほどお二人がご覧になった野良魔法使い狩りの……。」
そこまで話したところで扉にノック。
「失礼。――どうぞ、お入り下さい」
アヤメさんの返事を待って、事務服を着たお姉さんが新しいカップとティーポット、そして皿の上に乗ったお菓子を運んでくる。
「特に桜さん、クロッカスから伺っていますよ。お茶だけでなく、何かお腹に入れておいた方が良いでしょう。……消化が良さそうだとも思ったのですけれど、もしかしてマカロンはお嫌いでしたか? スコーンの方が良かったかしら?」
「あ、いえ」
まぁ、さっき。お腹の中身は内臓以外全部出しちゃったから。
のども渇いてるしお腹も空いてはいるんだけど。
……そもそもこのマカロンって、いったいどんなお菓子なんだろう。
甘いのかしょっぱいのかそれすら、食べたことが無いからまったく見当がつかない。
きっと紅茶のお茶うけに出すくらいだし、この見た目なんだから甘いんだろうか。
スコーンってのは、ビスケットみたいなヤツだっけ?
お金持ちの先輩の家に来たわけでなくって、ボロい事務所ビルだったよなここ。
天井を見上げる。黒い模様の入った天井の板に、逆三角形の照明が無機質に並んでついている。
応接室とは言え。無理矢理、鉄の衝立で区切ってそう言う形にした、と言うのはモロ判り。
……なんなんだ、このギャップは。
「では話を続けましょう。――もしお嫌いでなければつまみながらで結構です、お茶のおかわりもありますし。南光クンも遠慮せずにどうぞ。……我々振興会は、日本で起こる魔法関連の案件の全てについて、政府から一任されている機関なのです」
元から良かったアヤメさんの姿勢が、さらに良くなった気がした。
「もちろん、誰に聞いてもどの文書を探しても。公式には一切そんな話は出てきません。特殊技術産業振興会自体も、表向きには同じ名前で別の仕事をする財団法人として存在しています。……つまりここに居る我々は政府の秘密組織、となるわけです」
「……秘密組織」
「ですか……」
「そう。お二人とも魔法使いの存在など、先ほどまでは知らなかったでしょう? 秘密にしてあるのです」
今度は私が小さく右手を挙げる
「あ、あの……」
「どうしました? 桜さん」
「それを知ってしまった私達は、えーと、お家に返して貰えなかったりしたり、とか言うような事は……」
「ふむ。実はね桜さん、そこで相談なのですけれども……」
そこでまたしても、扉にノックの音が鳴るのだった。




