麗しのお嬢様
あまりお高いとも思えない応接セットが一組。
いかにもなガラスのテーブルの上には、不釣り合いに高そうなカップが三つ。
中には紅茶と思しき液体が入って湯気を上げている。
「力の大きさは世界有数。なのに魔法適性も二人共陰性。、更に。発動については完全に無自覚。世界規模でも公式には報告されたことのない超レアケースです。……この現状についてあなたの意見はどうかしら? クロッカス」
ソファに姿勢良く浅く腰掛けて。
ちょっと小首をかしげて胸の下で、“困りましたわ”とでも言うように、両の肘を軽く抱く……。
お嬢様だ。漫画とかアニメでしか見たこと無かった、いかにもなお嬢様が目の前に。
お嬢様の座るソファの後ろ、面白くなさそうな顔をしたクロッカスが立つ。
あの子、あんな顔もできるんだ。
しかし、当たり前だけどしかめっ面でも美少女なんだよなぁ。うらやましい……。
「そんな事を私に聞かれても……。だからここに連れてきたのではないですか」
「今の質問で怒る必要も無いと思うのだけれど。……ならば最初に、あなたが見たことを否定するつもりは、わたくしには毛頭ない。と言っておきますわ」
何かしら圧倒されるようなオーラを感じるものの。
お嬢様の物腰は柔らかく、声もあくまで優しい。喋り方は……うん、おいておこう。
「それに何より今回のレコーダー、大葉さんの採取した客観データもあなたの証言を完全に裏打ちしています。そも、疑いの余地が無い」
確かにクロッカスの話の通り、“噛みついたり”はしなさそうだけども。
「もしかすると勘違いしているのかも知れませんが、わたくしはあなたの報告を疑っているわけではありませんよ? ……本当に。このような事例は、国内はもとより外国にあっても全く前例が無い。正直、わたくしも判断に困っているのです」
「現場で、私と大葉さんだけでは到底判断ができないから、だから桜さん達にわざわざ一緒に来て頂いたんですが?」
「それは当然わかっています。良い判断でした。あなたがそうしてくれなければ、後々困るところでしたわ」
癖も枝毛もない碧の黒髪をロングにして、それをやや低い位置でまとめる印象的な白いリボン。
やや険しく見えるクロッカスと対照的に下がった目尻。優しいお姉さん的な雰囲気を漂わせる彼女。
これまた何故か私と同じ、うつくしヶ丘高の制服を着ている。蝶タイの色は2年生。
彼女は、
「わたくしは東京本部執行部長を勤めますアヤメと申します。以降お見知りおきをねがいますわ」
ソファに収まる前、そう言って頭を下げた。
高二の制服を着ては居るが、エライ人であるらしい。
「……クロッカスは執行部統括、わたくしはその行動を所管するものです。ここまでのクロッカスの言動に何か失礼の段がございましたら、どうか現場でのことと、平にご容赦を頂けますように……」
――今のところわたくしの上司が外出より戻っておりませんので、現状わたくしがここの責任者、と言う事になります。さっき彼女は向かいのソファに収まると、そう言った。
彼女の前ではクロッカスのキャラが若干ぶれて見える気がするけども。
もしかすると嫌いじゃないけど苦手な先輩、と言う感じなんだろうか。
「ところでクロッカス、捕縛した野良の処理はその後、どうなっていますか? 報告があがっていませんが」
「わ、忘れていました。……お姉様の指示通り、限定封印で魔法の無力化は完了、現在は事情聴取と、催眠術による記憶の処理が並行で進行中、だそうです」
この二人の話し方、しかもお姉様と来た。
どんだけアレな雰囲気を醸し出すのよ、この人達……。
いずれクロッカスは立場も人間的にもキャラ的にも。この人、アヤメさんには勝てないんだな、これだけはこの会話で確定。
「そうですか。わたくしが言うのもなんですが、お若い方の様ですし。あまり遅くならないうちに解放が出来るよう、処理を急がせなさい。いつぞやの様に親御さんから警察に捜索願などを出されてしまったら、その後が厄介ですからね。……あなたの担当する案件はいつもそう言った……」
「わかっていますお姉様。15分以内には身なりも整えて、その後うつくしヶ丘の駅前に放り出してきます」
「今回は車に乗せるところまでで結構。……ですが、そこまではあなたの仕事です。間違いのないよう確認ののち、わたくしに報告をなさい?」
「自分の役目ぐらい、いくら私でもわかっています!」
「たった今のことを忘れていた人が言うことでしょうかしら。――それと。……当然にわかっていることと思いますが」
ソファに背を向けて出て行こうとするクロッカスに、アヤメさんが振り返りもせず更に声をかける。
「あなたの為に、せっかくわたくしが手づから作ってさしあげた魔力減衰封印を、こともあろうに手さえ使わず、怒りにまかせて粉々にふき飛ばした件ですが……」
公園で粉々になったクロッカスの、バッチなのかピンズというのか。
同じものが、この人の襟にもついている。
「後日改めて査問委員会を設置することが決定したそうです。必然、あなたも理事の皆さんからじっくりと事情を聞かれますから、そのつもりで居て下さい?」
健康的な小麦色の顔を真っ青にしたクロッカスが、回れ右をする。
「え? いえ、あのお姉様っ? ……それは、き、緊急事態でしたからその辺は……」
「……お黙りなさいっ! クラスレス、しかも野良魔法使い如きにリミッターを飛ばすなどハイランカーのプライドは何処に落としてきたのですっ! それはあまりに無様で不細工、わたくし個人としてならば、降格もやむなしの事案だと思っているくらいですっ!」
怖い! 綺麗で優しいお姉さんが怒るとマジ怖い!!
アヤメさんは、全くクロッカスの方は振り返らず、ため息をひとつ。
目を閉じると話を続ける。
「おほん。……ですが今のところ、その緊急事態があったが故に処分保留となっているのだと、その事は努々(ゆめゆめ)忘れず心にとめおきなさい。よろしいですね?」
喋り方は戻ったがオーラが怖い……。
「あら? お返事が頂けないようですね。これでも一応、わたくしからも各方面へ言い訳をした上での処分保留。と言うことなのですが、あなたから何かしらの意見がある。と言うことなのかしら。――ならばわたくしで良ろしければ聞きましょう」
完全に見た目は元に戻ったが、今度は精神的プレッシャーがハンパない。
完全にクロッカスを圧倒している。
「も、もちろん、意見なんか無いです。……当然、深く反省しています」
「なるほど、良いでしょう。……いずれにしろ具体的になにか申し開きをしたい事があるならば、それは後日の査問会で会長や理事の皆さんを交えてじっくりと伺います。それまで頭を冷やしておくことです。――その他、今。この場でわたくしに言いたいことはありますか?」
「わた……、いえ、口答えしたりしてごめんなさい、お姉様」
「わかっているなら初めからそう言うことです。……ならば予定通り作業進捗の確認に回って貰えますかしら?」
「り、了解しました。……失礼します。――では桜さん達には、後ほどまた」
あの公園で見た自信満々、怖いものなしの少女は何処かに影を潜め、クロッカスはがっくりと肩を落として応接室を出て行った。
……どんだけ怖いんだろうアヤメさん。
確かに「お黙りなさいっ!」の一喝。それだけで私までキモが縮んだ。
物静かな人が起こるとそのギャップもあいまって通常の3倍以上怖い。




