二十話 やっかい話の午後のこと
こちらは本日投稿二話目です。ご注意下さい。
「くれぐれも! く! れ! ぐ! れ! も! 不審な動きをしないと誓って頂けますかな!?」
「ハイハイ。しないしない」
「ああああ……陛下の神聖なお部屋に……! 陛下……陛下何故このようなあっぱらぱーな者を……!」
「ハイハイ。分かった分かった」
「分かってないでしょう!!」
一昔前のヒロインの如く、白いハンカチをくわえてぶうぶう悲鳴を上げる花霞をまるっと放置で、千鶴は二度目の王の自室へ足を踏み入れる。
王の自室というのは、腹心である花霞ですら通常はおいそれと入れるものではないらしい。
なにやら色々な意味で王の安全を危惧しているらしいが、王に戯れに小突かれただけでも即座に瀕死になれる自信のある千鶴は、やいのやいのと騒がしい花霞が何をそんなに警戒しているのかがよく分からないために暢気なものだ。
他に混乱している人がいると冷静になるというが、これもその分類でいいのだろうか。
一度目よりも多少気負い無く滑り込んだ部屋の中は、相変わらず青に染まっている。その中に、ぽつりと影を落としたように静かに獅子王が佇んでいた。
「お呼びでしょうか、陛下」
「ああ」
「えー……と、失礼します」
「……ああ」
淑女の礼に返ってきたのは、相変わらずの一言と視線での巨大なソファへの着席命令だ。日本人の性で無駄に何度か会釈しながら、クッションの良すぎるソファに体を埋める。
重厚な扉は向こう側で騒いでいるだろう花霞の声を通さず、しんと静謐な空気だけが部屋に流れていた。
同じように向かいのソファに体を預けた王は、しばらく無言で千鶴を見つめる。
「あの、陛下」
「……ん?」
「あー、その、兄がご迷惑をおかけ致しまして」
「ああ……、いや。構わぬ。謝罪は朝にもう随分と聞いたからな」
「申し訳ないです……」
「家臣としては……なんとも言えぬが。兄としては悪いことではないのだろう……気にしなくてよい」
「兄としても不味いと思いますが……あれ? 陛下、そのお話で私を呼び出したんでは無かったんですか?」
このまま無言で向かい合っているのも居たたまれなくて、失礼かなと思いつつも小声で王に話しかけると、王は特に気にする様子もなく、むしろ千鶴を気遣うように目を細めた。
呼び出しの理由はその事だろうと思っていた千鶴は、微かな苦笑すら滲ませて話を終わりにした王の言葉に首を傾げる。
王は不思議そうな千鶴に、なにかを口ごもるような仕草で視線を外した。
その先には、別室へ繋がる重厚な扉がある。思わず同じ方向に視線をやった千鶴は、その扉がぎい、と見た目どおりの重たい音を立てて開いていくのを見て目を丸くした。
「はあ、はあ、この、扉は、相変わらず……!」
「あ、え、え?……六花……さん?」
「ええそう、ですわ、よっ! もう! いいからこの扉開けるのを手伝ってくださいまし! 重いんですのよ!!!」
「あっハイ今すぐ!」
その先にいたのは、真っ白な毛並みに黒い斑点模様も美しいユキヒョウの少女――六花だ。
胸以外小柄な彼女は、扉にしがみつくようにぷるぷるしながらこちらを睨んでいる。
なんでまた自分を目の敵にしているらしい彼女が、こんなところでもふもふぷるぷるしているのか。千鶴はとりあえず自分も重たい扉に突撃しつつ、盛大に首を傾げた。
「それであの、一体どういうお話で……?」
「あら、陛下、お話が終わったから私を呼んだんではなかったんですの?」
「ああ、いや……」
なんとなく雰囲気に流されて千鶴が淹れたお茶を飲みつつ、満席になった一人掛けソファ三脚の真ん中で王が困ったように唸る。
あまり頻繁に交流している仲でもないが、こんな自信なさげな王というのも初めて見た。
普段と違う様子におろおろしている千鶴を横目に、勝気なユキヒョウがはん、といつかのように鼻を鳴らすと、王は気まずそうにお茶に視線を投げる。
無言のやりとりを見るに、二人は随分と気心の知れた仲らしい。
「全くもう。そんなことだろうと思いましたわ! 貴方は昔からそうですもの」
「面目ない」
「いいんですのよ。そんな貴方だからこそ、私が好いたのですし、王となったのですもの……」
「六花……」
「あのー」
「あら嫌だ、野蛮人のこと忘れてましたわ」
「そろそろ説明を下さい……」
妙にいい雰囲気の二人にいたたまれず、千鶴は相変わらず辛辣な六花に半泣きで助けを求めた。
「密偵? 六花さまが?」
「そう。貴女のお気楽頭では理解できないかもしれませんけど、この国――ソラントにも今現在、色々と派閥があるのですわ」
「えっと、あれですか、継承権争いとか、お家騒動とか、貴族と庶民の対立とかそういう?」
「あら、当たらずとも遠からずといったところかしら。案外詳しいんですのね?」
「ええまあ。創作だったり歴史の授業だったり伝え聞きだったりを聞きかじっただけですけど。え、まさかもふもふやつるつるが血で血を洗う争いを!? 当代を遊郭狂いにして跡継ぎを毒殺の後、家の乗っ取りを企むとか、新しい王家になったと思ったら、いつの間にか壮大な泥沼兄弟喧嘩から収拾がつかなくなって、更なる内乱の後両家の統合で話を纏めたりしたんですか!?」
「いえそこまではしてませんわ!? 異世界って意外と激しいんですのね……」
「獣人は強いものに従う本能があるから、そう込み入った話になることは少ないのだがな。今回は、そう、これも私の落ち度なのだろう……」
「そんな、陛下、そのようなことはございませんわ!」
「いや、しかし。現にこうしてお前達にいらぬ苦労を」
「……わりと話が見えないんですが……。ええと、とりあえず陛下の政治? 治世? に不満のある貴族の情報やらなんやらを陛下に伝えるのが六花さまのお仕事ってことでいいんですか?」
「そういうことになりますわね。案外物分りがいいじゃありませんの」
放っておくといつまでもいがちゃん似の困った表情をしている王を、やんわりと遮る。
へらりと笑顔を浮かべた千鶴が六花に聞くと、彼女もきゅっと瞳孔を細めて笑った。
肉食獣の微笑は、どうしても不気味なものになる定めらしい。
「はー……平和なわんにゃんもふもふ王国だと思ったら、案外難しいんですね」
「表面上は平和なものだが、な」
「陛下、ちゃんと仰って下さいな。発端が彼女の国にあるから、当人がここにいるんですのよ?」
「へぇ?」
「貴女のお国が本格的に和平に乗り出したからこそ、今ごたごたしているのですわ。ですから、貴女が事態の収拾に呼ばれたんですの。あちらの王と血の繋がりも無く、星跨ぎ――魔力も、武力も、魅力も持たない脆弱な貴女だからこそ」
「ええ……えええー……」
聞いてないそんなこと……と、千鶴は冷や汗混じりに薄ぼんやりとんでもない面倒ごとに巻き込まれていることをようやく自覚しはじめる。
けれど、その視線は動揺よりも目の端でますます申し訳なさそうに髭を垂らす王の方に引き寄せられていて、真面目な顔の六花のシリアスにあまりついていけていなかった。




