十九話 次の日の朝のこと
八月中に間に合わなくてすみません。切りどころが分からず、二話分割投稿となっております。こちらは一話目です。※活動報告にも書かせていただきましたが、話の舵取りのためにいくつか改稿した話があります。七話の改稿が主ですが、それも含めて話が変わったりはしていない…はずです。アレッと思われた方、申し訳ありません。話の補完や兄貴のシスコン度を上げたくらいなので、大丈夫だと思いますが、ご報告までに※
果たして、次に送られてきた手紙は、最初の倍――とはならなかった。
速度重視の大鷹便で届けられた千鶴の返事のおかげではなく、入れ違うように王からの親書の形をとった丁寧な、実に丁寧すぎる詫び文が届けられたからだ。
必要以上にラルキアの紋が入れられた手紙には、一通目は千鶴の兄アントラが書いたものであり、千鶴を心配するあまりのことで、ソラント国においてはくれぐれも千鶴のことを保護し、かの地で我が一族が心健やかに暮らしてくれることを願っている。という文が常識的な枚数ギリギリまでびっしりと書かれていた。
千鶴個人には、アントラの暴走で千鶴の立場が悪くなっていないかを心配する言葉と、とりあえずアントラがしこたま怒られたことが見て取れるものが渡された。
上司と部下と動物達にまでみっちりと怒られた後、一時的に副団長の権限を取り上げて王都外れの門番を任されたらしい。
手紙の端々からラルキア王の「いいかげんにせえよこのシスコン」の空気が駄々漏れで居た堪れなかった。
「陛下が特になんとも言わないから問題なかったけど、珍しくめためたに分かりやすい半笑いだったよ……。そりゃね。私にも陛下にもその気ないけど、一応私の結婚って国同士の契約みたいなもんでしょ? 簡単にやっぱやーめたって言えるわけないし、下手するとやばかったらしくて冷や汗かいたよー……。なんでだ。あんなにかっこいいのになんでだ。離れれば離れるほど、あの人が残念になっていく……」
「朔は千鶴さまのお話でしかお兄様を知りませんから、あの、えーと、発言は控えておきますー……」
花畑の中でぽゆぽゆと揺れ動くスライムを前に、なんとも言いがたい表情をした千鶴と朔が顔を見合わせている。
よく似た顔のまま、二人はそこいらを跳ね回るスライムを軽く揉んでは、ぺっと吐き出されたスライムボールを次々に籠に放り込んでいた。
「いまいちなんであんなに好かれてるのかよく分かんないんだけどねぇ。とりあえず励ましの手紙は送ってみるけど」
「千鶴さまー、お返事するのは構いませんけど、おねがいですから今度からはお一人で出歩かないで下さいね……朔は……朔はそのうち心労でしっぽの先からハゲてしまいます……」
「あああ朔泣かないで! もうしない! もうしないから! 昨日もちゃんと帰ってきたでしょ!?」
「陛下と一緒だとは思わないですー!! 朔はもう……ヒゲの一本まで抜けるかと……!」
「そこに関しては、ハイ。すみませんでした」
わっと大きめのスライムに縋って泣き出した朔に、千鶴はしょんぼりと頭を下げる。自室ででぎこちないなりに交流お手紙会を終えた後、王は固辞する千鶴を半ば無理やり彼女の部屋まで送ってくれた。
そこにちょうど厨房の手伝いを終えて、千鶴がいないことに気付いた朔が飛び込んできたおかげで、もちろん室内は大騒ぎだ。
「そうだ、分かんないといえばさ」
「はい?」
もにゅもにゅと優しく揉まれるのが気に入ったのか、顔?見知りになったスライムたちは、千鶴たちが来ると我先にと彼女らの周りに集まる。
気を取り直して自分を取り囲んだうちの一匹を膝に乗せた千鶴は、いまだ膨れっ面でぺちぺちとスライムを叩く朔の顔を覗き込んだ。
「あの、結局私ってなんで呼ばれたのか、どうしたら分かると思う?」
「……にゃ?」
「いやさ、嫁にってのは確実に方便でしょ? だとするとなにかしらこう、ヒャッハー新鮮な人質だぜー! とか、ラルキアの内部事情をなにをしてでも吐かせてやるー! とか、とりあえず多少なりとも頭からわりわりいかれる勢いだと思ってたんだよ。なのに来た瞬間からそういう歓迎どころか帰れよムードで……なんで呼んだのよってずっと気になっててさ」
「あの、千鶴さま、お言葉ですけどそれは多少じゃないですー……」
何故か妙にノリノリの千鶴の言葉に、朔が呆れ顔でため息をつく。ただ、その言葉そのものには朔も思うところがあるのか、くしくしと片手で顔を洗いながら確かにと頷いた。
「陛下は私に興味がなかった。けど、特に連れてくるのに反対もしなかった。多分、手紙の内容は別としても、私を呼んだのは陛下だよね? 大臣とか花霞さんとか、貴族の皆さんが言う「早く帰れ」は、適当極まりないけど一応王族の結婚《契約》が、そう簡単にやっぱりやめますって言えないからこその嫁イビリ的なものかと思ってたんだけど、なんかみんなわりと本気で帰って欲しそうだし……」
「はいー。確か、急に陛下が大臣様と主要貴族の皆様を召集されたと思ったら、次の日にはお隣から王妃様をって話がお城で発表になりましてー、その日のうちに私は側仕えにご指名で……。あまりにも話が早く進みすぎて、私もなにがなにやらー。でも、千鶴さまは良い方だったので一安心なのですー」
「あらやだ朔ったらよしよし」
「にゃふふふああー……千鶴さまそこ気持ち良いですー」
ふにゃふにゃと左右に首を振りながら、朔が笑う。ぺっとりした鼻の横とまるまるしたマズルの辺りをたぷたぷしてやると、そこらで伸びたスライムと似たような姿で花畑に沈んだ。
「朔はそれほどでもなかったけど、他の子達は最初人間の私を怖がってたでしょ? そんな子ばっかりならやっぱりはなっから呼ばなければよかったことになるじゃない。陛下のあの妙な主体性のなさが発端の、大臣たち辺りの「やーい来れるもんなら来てみろー!」からの「やべえ本当に来ちゃった……」っていう凄い間抜けな嫌がらせの結果だったりするのかなとも思うけど、それにしちゃ嫌がらせのやり口が温いし……。ラルキア王陛下の話だと、一応二国間の和平をする気はあったみたいで、しかも私、そもそも獣人さんが嫌う魔力、ひとっかけらも持ってないんだよ。格好の嬲り者候補なのに、だーれも手は出してこないし、結局私は帰ってないし。……じゃあやっぱり、陛下が何か考えてて、その辺の話を止めてるのかなって思ったんだけど……正直あの人がなに考えてるかさっぱり」
「ほあー……なにやら途中で色々とあちこちから怒られそうな単語が聞こえて来ましたが、それにしても千鶴さま、色々考えてやっしゃるのですねぇ。したっぱの私にはさっぱりですー」
「私だって一応考えることもあるんですー」
「千鶴さまの頭の中ってもふもふのことだけじゃなかったんですねぇ」
「間違ってないだけ酷い」
感心したようにぱちぱちと瞬きを繰り返す朔の喉を苦笑混じりにこちょこちょしてやりながら、千鶴はひとつ肩をすくめて見せる。
「千鶴さま?」
「多分、陛下だけが何か、私にさせたいことがあるんだろうね」
千鶴の考えへの答えが分かったのは、案外早いその日の午後だった。




