↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
叛神煩戯  作者: みかんのみ
孤児院編 盤石之固

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/61

48話「魔力奔流」

魔導石


魔力を宿した結晶

砕くことで、内部の魔力を放出させることができる


また外殻を壊さずに

魔力だけを吸い上げる技術もある


蓄積される魔力は、あらゆる性質を持たず

ゆえに何人でも扱える

魔術師たちは、魔力の枯渇に備えてこれらを常備する

 重い扉の先に広がる倉の内部は、相変わらず、外の光がほとんど差し込まない薄暗い空間だった。


「恐らく、この内部に魔力奔流の発生源があるはずです。他の地点と同様に」


 クルルはそそくさと足を踏み入れると、室内を見回し始めた。


「他の場所には、どんな仕掛けがあったんだ?」


 ベスタが、クルルへと問いかけた。すると彼は歩みを止め、肩から下げていたカバンを床に降ろすと、ゴソゴソと中身をあさり始めた。


「えー、“これら”ですね」


 そう言うとクルルは、気負いのない動作で紫色の結晶を取り出した。


「これと同じものが、各地点に……」


 そのままクルルは、四つの結晶を床の上に淡々と並べていく。


「『魔導石』、か……?」


 並べられた石を凝視しながら、ベスタが低い声で呟いた。


「まあ……半分正解ですね」


 クルルは満足そうに、音のない拍手を打った。


「恐らくは、魔導石“だったもの”です……ただ、すいません。私もまだ完璧に構造を把握したとは言えません」


 大げさに両手を広げ、クルルは肩をすくめた。


「通常の魔導石であれば、内部に高密度の魔力を蓄えているはずですが……“これ”は違いますね」


 クルルは床から結晶を一つ摘み上げると、リナの目の前へと突き出した。


「……中に、魔力がない?」


 リナは息を呑み、呟いた。

 結晶の外縁――外界と内部を隔てる境界には、通常の魔導石と変わらぬ、周囲の空間と同程度の密度の魔力が満ちている。

 だが、その内部――本来であれば高密度の魔力が蓄えられているべき核の領域は、この結晶の場合、完全な「虚無」となっていた。


「それで、この“用済み”の石と魔力奔流がどう繋がる?」


 ベスタが眸を細め、鋭い視線をクルルへ向けた。


 魔導石は通常、砕くことで内部に秘められた魔力を解放して使用される。

 だが現代の技術では、石自体を破壊することなく、内部の魔力だけを取り出す手法も確立されつつある。そうした場合、内部の魔力が一時的に希薄になることはあるが……


「“用済み”……いい表現ですね。途中式は0点ですが、回答は満点ですよ」


 クルルは口の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべた。


「単なる、魔力を取り出した後の『空白』というわけではありません。そもそも、現代の技術では、内部の魔力をすべて余すことなく回収することなど不可能ですし――仮にできたとしても、魔導石は性質上、即座に周囲の環境魔力を蓄積し始めるはずです。つまり……」


 クルルは人差し指を立て、瞳を細めた。


「……“通常”の魔導石に、完全な『虚無』が生じることなどあり得ないのです」


 顎に手を置き、クルルは思考を巡らせるようにゆっくりと歩き始めた。


「ということで、ちょうど解析を始めようかと考えていたのですが……おや、何という“奇遇”でしょうか。私よりも遥かに、視ることの“プロ”がいらっしゃるではありませんか」


 クルルはわざとらしく、リナへと視線を滑らせた。


「はいはい……私に視ろって言ってるのね」


 リナが呆れたように言い放つと、クルルは満足げに頷いた。


「ご安心を。この石にはプロテクト用の術式は書き込まれていません。本来、魔導石は複雑な指示を実行するような物ではありませんからね。意図した術式を書く以外の余裕はなかったのでしょう」


 そう……これこそが九条クルルという男の“力”なのだ。

 自分の能力は、否が応でも触れたものの“全て”を視てしまう。それゆえに、触れてはならない防護システム――例えば、アオイが孤児院内に仕掛けた「ハックバック」のような反撃術式にまで、意図せず干渉してしまう。

 だが、クルルの場合は違う。彼は何を視るのかを、自らの意志で選択できる。罠が仕掛けられているか、どのような罠なのか、どうすれば罠に触れずに干渉できるか。

 全てを完璧に視ることはできないが、全てを視る必要もない。それこそが彼の「解析」なのだ。


「……術式で防衛できなかったから、物理的な排除手段――水の刃やゴーレムに頼ったってわけね」


 リナは納得したように呟きながら、左手の革手袋を外した。そして、目の前の魔導石――その内の「虚無」へとそっと手を伸ばす。


 ◆ ◇ ◇


『指定された魔力波長を検知した場合、リンク先の魔力を用いて放出する』


 濃紫の結晶が外郭を描く空洞の内部は、視界を阻む深い霧と、肌を刺すような冷ややかな静寂に包まれていた。

 魔導石の奥深くへと意識を潜らせた矢先、脳裏に浮かんだのは冷徹な光を放つ文字列だった。


(これが、この石に刻まれた術式……なら、その『魔力波長』は……?)


 意識を、術式に付与された指定領域へと向ける――


(――ッ、コレって……!?)


 映し出された『魔力波長』には、見覚えがあった。

 無数の太い枝を広げる一本の『樹』と、それに巻き付く何本もの『触手』のような幾何学的な紋様。

 かつて白い触手――『異形天魔』の眷属である『マザーベース』の子機を「鑑定」した際に視た魔力波長そのもの……


(なら、この術式は……『異形天魔』の魔力を検知した瞬間、自動で起動するように仕組まれたシステム……)


 思考をそのままに、術式の後半部分へと注意を向ける。

 この魔導石の容量では、到底魔力奔流を引き起こすことはできない。「リンク先」――外部に存在するはずの巨大な魔力源との接続は不可欠のはずだ。


(どこへ……あるいは誰へ“繋がって”いる――)


 濃密な霧の向こうを覗き、魔力奔流の主へと接触を試みる――


――Error:Not Found……リンク先は存在しません


(はぁ……!?)


 しかし、返ってきたのは冷たい拒絶――いや、違う。防衛や遮断などですらない。

 本当に、ただ繋がるべき対象そのものが存在しないという、簡潔な事実のみ。


(どういうこと? この石自体には、魔力奔流を引き起こせるような魔力を貯蓄する力はない……外部の何かと繋がっていなければ、説明がつかない……)


 渦巻く疑問を抱えたまま、隅々まで調べ尽くしたリナだったが、それ以上のものは見つけられず、ゆっくりと意識を現実へと戻していった。


 ◇ ◆ ◇


「……『異形天魔』の魔力を検知した時、リンク先の魔力を用いて放出する――それがこの石に刻まれた術式だったわ」


 革手袋を嵌め直しながら、リナは目の前に立つ二人に向かって、視えた光景を言葉にして伝えた。


「ただ……そのリンク先はすでに存在しないみたい……」


 リナが語気を弱めて付け加えると、クルルは小さく頷いた。


「……なるほど、『黒幕』さんは完全に、『魔力奔流』というカードを捨てたということになりますねぇ――」


「――おい、それって!?」


 クルルのどこか呑気な言葉に割り込むように、ベスタが声を上げた。


「ええ、“どこかのお馬鹿さん”が、うっかり余計な口を滑らせたせいでしょうね」


 クルルとベスタの視線が、同時に銀髪の“うっかり屋さん”へと注がれる。


「――ま、まさか、私のせいだって言いたいわけ!?」


 リナは冷や汗を流しながら、身の潔白を主張するように大げさに両手を広げた。


「……あなたが、アオイくんに情報を漏らしてしまったことで、『ジェットカッター』を始めとした物理的な罠が解除されたとするなら……『魔力奔流』という手札そのものが捨てられたというのも、十分に筋が通ります」


 クルルは深く頷きながら、一切の容赦もなく猛烈な毒を吐きかけてきた。


「……でもよ、私らが『異形天魔』と『魔力奔流』の繋がりを追ってることを直接知ってんのは、アオイしかいねぇんだろ。なら、あいつが『黒幕』確定じゃねぇか!」


 まるで名推理にたどり着いたかのように、ベスタがキリっと語気を強めた。


「ええ、我々は彼が『黒幕』であると確信しています。ですがそれは、どこまでも状況証拠を積み重ねた結果に過ぎません。現時点ではまだ、彼を『黒幕』だと断定できる決定的な証拠は存在しないのです」


 こちらに掴ませても構わない情報と、死守しなければならない真相。そのさじ加減は、完全に「天才」の手によってコントロールされている。

 自分たちがこうして魔力奔流の謎を解き明かしたことすら、彼に「許可」されたからこそ可能となった……そんな不気味な予感が胸中を支配した。


「……この石はもう、魔力奔流は起こせない……?」


 床に転がる四つの結晶を前に、リナは自問するように呟いた。


「そう考えていいはずです。魔導石に貯蓄される程度では、あのような膨大な魔力にはならないはずですから」


 クルルは淡々と、しかし確信に満ちた言葉を放った。


「なら、次に『異形天魔』が目覚めた時は、もう隠すもんはねぇってことだな!」


 ベスタが声を張り上げ、威勢よく拳を鳴らす。


「それは分かりませんね。相手は『天才』ですよ。次の手はとっくに打っているはずです」


 クルルは呆れたように肩をすくめた。


「――ひょっとしたら……」


 「英雄」の能天気な威勢と、「狂気」の冷徹な予測を切り裂くように、リナは静かに声を上げた。


「……自信の表れなんじゃ……もう、魔力奔流に頼る必要はないっていう……」


 脳裏に蘇ったのは、斎藤ハジメの魂を救出し、『マザーベース<母艦>』の鎮座する精神世界から脱出しようとした瞬間の光景。

 『異形天魔』の眷属たるあの巨大な烏賊を、容赦なく封じた「漆黒の鎖のような魔力」。

 そしてそれと同時に、世界から『異形天魔』の魔力が完全に消失したという不可解な事実。


「魔力奔流は捨てられたんじゃなくて、すでに役割を終えた……なぜなら、もう『異形天魔』は目覚めないから……」


 もし『魔力奔流』が、『異形天魔』を護るためのデコイであるのなら……もし、あの「天才」だけがたどり着いた未知の「論理」があるのだとすれば……


「論理の飛躍もいいところですが……嫌いではありませんよ。何しろ、相手は底知れない『天才』ですからねぇ。我々の常識で推し量ってはいけません」


 クルルは床に並べていた四つの魔導石を、手際よく集め始めた。


「……遠い昔――と言っても4、5年前ですがね。少しだけ、アオイくんと直接話したことがあります」


 唐突に切り出されたクルルの言葉。その声からは、いつもの軽薄で捉えどころのない響きが消え去り、記憶の棚を重々しく開くような静けさが宿っていた。


「当時の彼は、言葉遣いこそ拙いものでしたが、思考力においてはすでに私など置き去りにしていましたよ……」


 その瞳は、わずかに差し込む陽光を拾い、微かに輝いていた。


「私は、ある大きなプロジェクトを進めていたのですが……まあ、結果は以前お話ししたように、“ある事件”に巻き込まれてしまって失敗したのですが。その進行中に偶然、彼と出会ったのです」


 集めた結晶をカバンへと丁寧に仕舞い込みながら、クルルは語りを続ける。


「私はずっと、『生命の進化』についてばかり考えていました。『能力者』についても、『天魔』についても……」


――『天魔』がどうとか……『生命の進化』だなんだと


 かつて、街の掃き溜めで耳にした物乞いの言葉が、脳裏を掠めた。


「ですが、彼の論理は私のものとは大きく違った。そして、私は彼の論理に納得させられてしまったのです」


 その言葉で腑に落ちた。なぜ九条クルルという異端の知性が、たった一人の少年の底知れなさを異様なまでに警戒するのか。

 彼はかつて、幼い「天才」と直に対峙し、「学者」として“敗北”していたのだ。


「私から『天魔』の論理を聞いただけで、彼は即座に『進化』という言葉が適切ではないと言ったのですよ――」


「――待って! アオイは、『天魔』について知っていたの!?」


 クルルの言葉を引き裂くように、リナは思わず声を荒げていた。

 自分が口を滑らせて『異形天魔』の名を出した時、アオイは確かに困惑したような表情を見せていたはずだ。

 それは当然だと思った。『天魔』の情報は、『天界』によって厳重に秘匿されているのだから。


「さて、彼がどこまで私の話を覚えていたのかは分かりませんし……私も知っていることをすべて話したわけではありません。それに、あくまでも当時の私の解釈ですしね」


 クルルは補足するように告げた。


「生物学において『進化』とは、世代を経る中で環境に適応していく過程を指します。しかし、『天魔』が行うことは、世界の『書き換え』――つまるところ、環境そのものをたった一代でまるっきり変貌させてしまうことです。それは到底、『進化』の定義には当てはまらない」


 クルルの言葉を聞くうち、胸のうちには既聴感が生じていた……いや、前にも似たようなことがあった気がする。


「それ以降、私は『天魔』に関しては『進化』という言葉を避けるようにしているのです。代わりに『可能性』という言葉を意図的に用いています」


 そうだ、自分はこの声を――クルルの声を、聞くはずのない場所で聞いていたのだ……


――我々は『旧律』として、『進化』に抗わねばならないのですよ


 あの時、あの男は確かにそう口にしていた――


「――ああ、それと……これは伝えておかねば……」


 リナの思考を裂くように、クルルは声を張り上げた。そこにはいつもの軽妙な響きが戻っていた。


「……あの孤児院には、私の『置き土産』があります」


「置き土産……? 何を言っているの?」


 リナが眉をひそめて聞き返すが、クルルはすでに出口へと向かってゆっくりと歩を進めていた。


「いえ、そこまで気にしないでください。“今回”の事件とは関係ありませんから。ただの……そう、ちょっとした『保険』のようなものですよ。アオイくんの『知略』が我々の想像を遥かに超えていたときに、少しだけ役に立つかもしれません」


 それ以上は語る気はないと言わんばかりに、クルルはひらひらと軽やかに手を振ると、倉を出て行ってしまった。


「関係ないって言いながら、そんな含みを持たせるなんて……」


 釈然としない思いを抱えたまま、リナは彼の背を見送った。

 あの男が、何の意図もなしに言葉を口にするわけがない。その「置き土産」が救いの一手となるのか、あるいはさらなる混沌を招く火種となるのか。

 九条クルルという「狂気」の底もまた、相変わらず闇の中に潜んだままだった。


 ◇ ◇ ◆



 午後の太陽がわずかに傾き始めた頃、リナとベスタは倉を出た。

 その空間のどこにも、クルルが手にしていたような紫色の魔導石は見つからなかった。


「もし、アオイが……」


 並んで道を歩いていたベスタが、絞り出すように低い声を漏らした。


「……本当に『異形天魔』を抑えつけられるんなら、私らだって討伐なんざしたくねぇ……」


 もしも、アオイの「計略」のすべてが、家族を守るための檻なのだとしたら……

 自分たちの正義は、彼らのささやかな平穏を壊すだけの暴力でしかない。


「だが……抑えつけられた獣は、より凶暴になって噛みついてくるもんさ」


 ベスタは自嘲気味に鼻を鳴らすと、力なく黄金の眸を地面に向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。