47話「狂気の研究者との交渉」
電気
世界に満ちるエネルギーのひとつ
人為的に作り、貯蓄し、利用できる
だが、誰がこのようなものを好んで使うだろうか
我らの世界には、より高位な魔力というものがあるというのに
スクルタス第二十三地区――住宅街の中にひっそりと佇む古い倉庫が、最東端の『魔力奔流』の発生地点だった。
そこに九条クルルは必ず現れる。探求心に突き動かされ、『異形天魔』の謎を調べる彼にとっても、その存在を覆い隠そうとする『魔力奔流』は必ずぶつかる壁だからだ。
「つまり、そのクルルって野郎は相当頭が切れるってことだな」
隣を並んで歩くベスタが、頭をガリガリと掻きながら口を開いた。
「まあ……ある意味、狂気的とも言えますね……」
『忘苦天魔』のトランクケースからの記憶の奪還、『異形天魔』の眷属によって意識を失った人々の治療およびリハビリプログラムの構築。
自分たちが『スルクの右腕』を力任せに無力化したのとは違い、彼は常に論理的なアプローチで問題を解決してみせた。
単純な「力」の比較ならば、最強の「英雄」と「最高司令官」を擁する自分たちに圧倒的な分がある。だからこそ、誰も正面からは挑まない。「知略」をもって、こちらを制するしかないのだ。
ゆえに今、混迷を極める現状を打破するのに必要なのもまた「知略」だった。たとえそれが、「狂気」に支配された頭脳だとしても……
「……着いたな」
ベスタが短く告げる。
目の前には、以前と何も変わらない姿で古い倉が立っていた。周囲には、剥げかけた塗料と錆びついた金属の匂いが漂っている。その扉は、ぴったりと閉ざされていた。
「最悪なのは、あの中でクルルが真っ二つになって転がってるパターンですね――」
「――おやぁ、誰かと思えば『鑑定士』さんではありませんか?」
その呑気で飄々とした声は、背後から突然響いた。
ハッと振り返り、視線を上げると、信じられないことに倉の向かい――民家の二階の窓から、探していた顔が声をかけてきていた。
「ちょっと! そこ他人の家でしょ!? 何勝手に上がり込んでるのよ!」
しかし、クルルはリナのツッコミなど聞こえていないかのように受け流すと、自らがいる部屋へと手招きしてみせた。
◆
「邪魔するぜ」
ベスタが豪快に玄関の扉を開け放ち、憚ることなく中へと足を踏み入れる。
「すいません、すぐ出ていきますから……!」
その威風堂々とした背中の後ろで、リナは身を縮こまらせ、申し訳なさそうに廊下を進んだ。
民家の中は、極めて「普通」だった。傷んだ床板もなく、掃除も行き届いている。間違いなく、現在進行形で誰かが生活を営んでいる気配があった。
二階へと続く階段を上り、二人はクルルが潜む部屋の扉を押し開ける。
「いやはや、“奇遇”ですね。こんなところで再会するとは……それとも、“必然”ですかね」
同じ『異形天魔』という存在を追っている以上、この地にたどり着くのは“定め”とも言えなくはなかった。
「それであんた、なんで人様の家に勝手に入ってるわけ?」
リナが警戒混じりに問い詰めると、クルルは人差し指で窓辺を指し示す。そこには、無骨な金属パーツと複雑な配線が組み合わされた、何らかの「装置」が置かれていた。
「ここの『トリック』を解かなければ、あの『倉』に踏み込んだ者は真っ二つにされてしまいますからね」
クルルは両手を広げ、呆れたように肩を揺らした。
「あんた、知ってたの!?」
立ち入るものを無慈悲に切り裂く、正体不明の「刃」。八咫烏の構成員ですら為す術なく両断された“殺意”に、この男はあらかじめ気づいたというのか。
「ええ、あの『禁域』へ踏み入った者が真っ二つにされるところを何度か目撃しました……いえ、厳密には扉を開いた者が、ですね」
クルルは表情ひとつ変えず、実験データでも読み上げるかのように淡々と告げた。
「あの扉を開くと、傍に設置された『電子センサー』がそれを察知し、遠隔で『ジェットカッター』とでも呼ぶべきこの装置を一定時間起動させるのです。そして起動した装置は、さらに建物の奥へと進んだ者に照準を合わせ、高圧縮された水の『刃』を射出し……これがここの罠の正体です」
クルルは手元の“殺人兵器”を愛でるように撫でながら、解説を行った。
「実に、理にかなっています。分かりますか? あの倉の中に仕掛けられた『罠』の動力は、あくまで『電気』のみなのです。侵入者は建物内部の『魔力』の動きには過敏に反応するでしょうが、まさか向かいにあるただの民家で、自分たちを仕留める『魔力』が動いているとは思いもしない」
クルルの細められた瞳は、装置の奥に潜む製作者の意図を完全に射抜いているようだった。
「なんで、ただの民家にこんな物が……?」
魔力奔流を引き起こすあの『倉』に危険な仕掛けが眠っているのは理解できる。だが、この家はどこにでもあるただの民家のはずだ。こんな物騒な物があるべき場所ではない。
「いいところにお気づきですね」
クルルは満足そうに口元を歪めると、青白い光を放つ端末をポケットから取り出した。
「実はこの家、『民泊』を行っているようで。現在、貸し出されている状態なのです」
クルルは予約サイトを開き、この家の住所を指し示す。画面には「満室」の文字がデカデカと並び、3か月先まで予約が埋まっていた。
「それで、一体誰が借りているのかを調べてみたのですが――」
「――そんなこと、調べられるの? ……いや、ハリスか」
リナの口から、思わずその名が零れ落ちる。
クルルとハリスは、あの意識不明者の一件で協力体制を築いていた。
かつてはあくまでも、市長“候補”に過ぎなかったハリスだが、今や正式な市長である。この街においては、いまや彼の「プレゼンス」は絶大なものになってしまったといえる。
「ええ、そうです。ハリスさんの“力”を少しだけお借りして、調べさせていただきました。それで、今この建物を利用している人物なのですが……」
クルルが画面をフリックし、表示を切り替える。
「『アオイ』くんという、11歳の少年のようですね」
その名が落とされた瞬間、脳裏を掠めたのは「やはりか」という冷めた確信だった。
「ちなみに、向こうの倉にも、彼の名前が所有者として登記されていました」
クルルは付け加えるように言い放った。
「この街において、『アオイ』という少年の名前で真っ先に思い浮かべる人物は、彼しかいないでしょう?」
クルルが端末を操作し、ウェブ上の人物紹介サイトを開く。
スポーツ界のニューウェーブ、神童魔術師、非能力者の希望……少年を称える華々しい二つ名が、スクロールと共に次々と浮かび上がってくる。
「……おや、あまり驚かれてませんね。もしかして、ある程度予想されていましたか?」
クルルは覗き込むようにして、リナの表情を観察した。
(やっぱり、クルルとアオイは似ている)
自分が文字通り命を懸けてスクルタス孤児院へ潜入し、ようやく手にした情報。それと同等のものを、この男は観察と分析だけで導き出してみせた。
「天才」と同じように、この「狂気」もまた、「1から99」を推測する恐ろしい頭脳を持っている。
「よし! 気に入ったぜ、九条クルル!」
ベスタの豪快な地鳴りのような声が響き渡った。
「私たちに協力しろ!」
強引すぎる誘いとともに、ベスタはクルルへと手を差し出した。
「これはこれは、最強の英雄様直々に……では、謹んでお断りさせていただきます」
「よし、ならまずは……あっ? 断る?」
クルルは深々と一礼するとともに、その誘いを迷いなく断った。
ベスタの黄色い眸が丸く見開かれる。まさか断られるとは微塵も思っていなかったのだろう。
「なんでよ!? 研究に権力が必要だって言ったのはあんたでしょう? 『天界』なんて、これ以上ない権力の塊みたいなものでしょ!?」
リナは弾かれたように身を乗り出し、声を上げた。
「ええ、だからです。利用する“力”は、私が御せる程度でなくてはいけない。天界の光は、その範疇を遥かに超えています」
クルルは、ベスタを目の前にして不敵な笑みを浮かべた。
「私の導いた結論が、“力”を持つ方達にとって不都合なものだった時、どうなるか……」
それ以上は語らずとも、と言わんばかりに、クルルは優雅な仕草で手の先をこちらへと向けた。
「……ですが、やはり『禁忌』の情報は惜しいですね。ということで、『協力』ではなく、“対等”なトレードで手を打ちましょう。いかがです?」
(うわぁ、やっぱり似てるわ……“こいつら”)
リナは、冷や汗が背筋を伝うのを感じた。
確実に相手を追い詰めてから、あたかも譲渡してやったかのように交渉のテーブルにつく。主導権を完璧に奪ったうえで、本格的な話に入るそのやり口は、「天才」の交渉術を彷彿とさせた。
(敵でもないけど、味方でもない。ここから先の話は、腹の読み合い……)
先の孤児院でのアオイとの“戦い”においては、完全に見誤った。その失策のせいで、彼に『異形天魔』の存在や、天界側がどこまで情報を掴んでいるのかを完全に筒抜けにさせてしまった。
自分たちだけが知っていて、相手が知らないこと。相手だけが知っていて、自分たちが知らないこと。
英雄の最強の“力”など遠く及ばない、“化かし合い”が始まってしまった……
「では、ひとつ……興味深いお話をいたしましょう」
張り詰めた静寂を破ったのは、クルルの淡々とした声だった。
「この『ジェットカッター』ですが、私がここへ来た時点ですでに役割を終えていました。簡潔に言いますと、今、あそこの扉を開けても、真っ二つにされないということです」
クルルはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、窓辺の装置に視線を向けた。
「私以前に何者かが『罠』を解除したか、あるいは『黒幕』さんがここの防衛自体を捨てたか」
(防衛を捨てる……? あり得ない。だってここは、魔力奔流の『核』そのもの。探られれば、『犯人』へと繋がる証拠が……あっ!?)
思考を巡らせた果てに、自分の犯した致命的なミスに気づいてしまった。
「どうやら、何か心当たりがあるようですね?」
そして最悪なことに、目の前の男にも動揺を察されてしまったようだ。
アオイに対して、魔力奔流を追ってスクルタス孤児院にたどり着いたことを明かしてしまった。となれば、彼からすれば、もう魔力奔流そのものは守るべき価値のない「カード」……これだから、こういう“戦い”はしたくないのだ。
「では、これはご存じでしょうか? 魔力奔流は、スクルタス内の九地点から発生しているというのは」
クルルはさも素晴らしい発見かのように切り出したが、彼にとっては痛くも痒くもない手札の開示だ。魔力奔流を追ってこの地点にたどり着いている時点で、街の八方と中心点が「クロ」であることは分かりきっている。
「実は昨日、同様に四地点を巡ってみたのですが、その時点ではまだ各地の『罠』は作動していました」
この「最東端」だけが例外的に罠が解除されたのか、あるいは魔力奔流という仕掛け自体を捨てたのか。
自分がアオイと会話を交わしたのが今日の未明であることを鑑みれば、後者と考えるべきだろう。
「さて、私からは一旦この辺りにしておいて……そちらは何か有用な情報はありませんか?」
ほとんど知っていることを、恩着せがましく価値ある情報かのように提示されてしまった。
思わず隣に立つ「バカ英雄」の横顔へと視線を泳がせる。さすがの彼女も、今ここで行われているのが高度な腹の探り合いであることは理解しているらしく、無駄口を叩かないように口をぎゅっと結んでいた。「知恵」比べは、己の専門外だと言わんばかりに……
しかし、そうは言っても自分だって交渉など専門外だ。目の前の「脳筋バカ」よりは多少マシという程度で、「狂気」にはあっさりと先手を取られ、「天才」には完全に蹂躙された。頼むから、あまり期待などしないでほしい。
「えっと……ここの『罠』が解除された理由なら、ちょっと心当たりがあるわ。だから安心してちょうだい」
「ほう。心当たり、とは具体的に?」
クルルは一切の容赦なく、即座に問いを重ねてきた。
答えたくないからこそ、言葉をぼかしたというのに……
「……いや、だから大丈夫だって。本当に、筋の通ったちゃんとした理由があるんだから」
「いえいえ、それでは納得できませんね。これは“対等”な情報トレードなのですから。さあさあ、お答えください」
クルルはまったくこちらを逃すつもりはないようだ。助けを求めるように、ベスタの貌へ視線を送る。
しかし、彼女は我関せずと言わんばかりに、口笛を吹き、明後日の方向を眺めているだけだった。
(……もう! 知らないわよ、どうなっても……!)
リナはヤケクソ気味に決意を固めると、一気に息を吐き出した。
「今日の朝……日が昇るよりも前に、アオイと直接話したの! それで、その時にちょっと話しすぎちゃって、私たちが魔力奔流を追ってるのがバレたの! だから彼は、もうここを守る必要はないって判断したんじゃない!?」
一気にまくし立てられた告白に、クルルとベスタの二人は一瞬、時が止まったかのように動きを止めた。
「……なるほど。ちょうど今のように、思考を放棄して口を滑らせたのでしょうね」
クルルが嫌味たっぷりな言葉をぶつけてきた。
「なあ、大丈夫なのか……アオイにそこまで勘ぐられてて……」
ようやく口を開いたかと思えば、ベスタが漏らしたのは呆れ混じりの心配だった。
「大丈夫なわけないじゃないですか! 私たち、第1ラウンドどころか、第2ラウンドすら完敗してるんですよ!」
異形天魔を見つけ出すはずだった第1ラウンドは、魔力奔流によって失敗に終わった。続く孤児院への潜入という第2ラウンドも、まともな情報も掴めず、逆にこちらの動向を完全に把握された上に、彼には逃げられている。
私たちはまだ、誰一人として彼の掌の上から抜け出せていないのだ。
「どうやら、お互い苦労しているようですねぇ。……それで、一体どうやって彼と接触したのです? 未明の時間帯であれば、彼はあの『スクルタス孤児院』にいるはずでしょう?」
クルルが再び、興味津々といった様子で問いを重ねてきた。
……ああもう、あれこれと深謀遠慮を巡らせるのは本当に面倒くさい。
「私が、新人職員として孤児院に潜入してたの。それで何か掴めるかと思ったけど、結果はアオイにしてやられっぱなしだったってわけ」
「ククク……そのようですねぇ。それで、一体どうやって『スクルタス孤児院』へたどり着いたのです?」
クルルは心底楽しげに笑いながら、追い打ちをかけるように質問を重ねてきた。
「遺体を処理するゴーレムがいるでしょう。それの後を追跡したら、孤児院にたどり着いたのよ」
リナが自暴自棄気味に吐き捨てると、クルルは満足そうに大きく頷いた。
「……なるほど、やはりそうするべきでしたか。私も、現地調査を終えたらゴーレムの追跡に移ろうかと考えていたところなのですが。……いやはや、しかしあの魔導人形は既存のそれとは次元が違う。物理的な『核』を持たず、さらには己の思考で複雑な命令をこなす……魔法工学の歴史を数十年は飛び越えていますよ」
クルルは目を輝かせて語ったが、リナたちの冷ややかな表情を見ると、「おや……ご存知でしたか」と薄い笑みを浮かべ直し、瞳を細めた。
「あれをアオイが作ったってことは、知ってるの?」
リナが尋ねると、クルルは小さく頷いた。
「確信はありませんでしたが……まあ、そうでしょうね」
(……また、やられた。こいつの知らなかった情報を渡してしまった)
内心で舌打ちを漏らしたが、表情には出てない……出てないはずだ、多分。
「さてさて、情報のバーゲンセールをしていただいたわけですから、腹の探り合いはこの辺りで終わりにしましょうか……お二方とも、そういうのは苦手そうですしね」
クルルは愉快げに肩を揺らし、薄い唇を細く歪めた。
「あのゴーレムですがね。確かに物理的な『核』は持っていませんが、その概念自体はしっかりと存在しています」
クルルは窓辺に移動し、民家の庭を見下ろした。そこには、不自然にぽっかりと盛り上がった、湿った土の山がある。
「とっくにお気づきでしょうが、彼らの本体はネットワークのように張り巡らされた術式そのもの。我々は土という肉体には物理的に干渉を及ぼせますが、実体のない魔力回路には触れることはできません」
ベスタの大剣による圧倒的な破壊を前にして、あの土塊は一瞬にして粉々に散った。だが、次の瞬間には何事もなかったかのように再生していた。
彼女の攻撃が届いたのは、あくまで「土」という仮初の外装に過ぎず、術式そのものにはかすり傷一つ与えられなかったから。
「ですが、その術式内部に『核』があります。製作者――アオイ少年はそれを、『原則』と名付けていますがね」
――原則
第一条:人間に対し、危害を加えない
第二条:第一条に反しない限り命令に服従する
第三条:第一条、第二条に反しない限り、自己を守る
かつてゴーレムに直に触れ、その深層へと意識を潜らせたときに見えた無機質で絶対的なルールが蘇る。
「試しに、一体のゴーレムを使って実験してみたのですが……どうやら『原則』の記述をほんの少し改竄するだけで、彼らは自壊するようです。ご覧の通り、ただの土へと戻ってしまうようですねぇ」
クルルの冷淡な言葉に、庭の土山が何によって作られた成れの果てなのかを悟った。
「ですが、真に重要なのはこの先です。根源に関わる『ルール』を除けば、外部からの侵入者であってもかなり自由に命令を改竄できる。もちろん、原則に反しない範囲内でですが」
クルルの瞳が、ギラついた怪しい光を帯びる。
「本来のゴーレムの術式は、『核』に凝縮され、『殻』という境界線で守られています。そのため、外部から命令を書き換えるには、多少なりとも時間がかかるものなのですが……アオイ君の作ったゴーレムには、防壁となるべき『殻』が存在せず、術式そのものが剥き出しのまま晒されている。私ですら、一瞬でその内側に侵入できるほどに無防備なのですよ」
クルルはぬっと首を巡らせ、視線をリナへと滑らせた。
「……例えば、触れるだけで『情報』そのものにアクセスできる存在であれば……より容易に、一瞬で命令を『書き換え』られるとは思いませんか?」
クルルの発した言葉が、電流のように脳裏を走った。
「……私に、アオイのゴーレムを『ハッキング』しろって言うの?」
リナの問いに対し、クルルは満足そうに、深く頷いた。
「ハッキング……ええ、実に素晴らしい表現です。あなたがあのゴーレムに『新たなルール』を付与すれば、彼らは『天才』の忠実な『僕<デバイス>』から、あなたの潜入を助ける最高の『協力者』へと変貌を遂げる。そしてそれは、『天才』の設計した『完璧』に対抗し得る、強力な『切り札』となるはずです」
クルルはそこで一度言葉を途切れさせ、窓枠に肘を預けると、庭の冷たい土くれを見下ろした。
「……ですが、ひょっとすると……この計略自体すらも、彼の掌の上にあるのかもしれません」
吐き出された声から、先ほどまでの軽妙な響きは削ぎ落とされていた。
「あの『天才』が……このような致命的とも言える欠陥を晒したまま、『作品』を完成とするでしょうか……」
そう呟いたクルルの瞳に宿っていたのは、探求心や狂気などではなかった。
リナの目にはそれが、狂気の頭脳すらも到底届かぬ、天才の狂気に対する純粋な恐怖であるように見えた。
ジェットカッター
加圧した水を、極小の穴から噴出し
対象物を切断する機械
切断時に熱が生じることもなく
音速を超える刃は湿潤をもたらすこともない
ゆえに、あらゆるものを切断できる




