44話「暴君の専制」
裏庭へと駆けつけたリナの視線を染めたのは、恐ろしい光景だった。
鬱蒼と茂る草木を背景に、剥き出しの悪意を纏った集団。ナイフを弄ぶ、眼鏡をかけた男。金属棒を肩に担ぐ女。下品な笑みを浮かべて話す者たち……アオイより年嵩の、中学生や高校生ほどに見える柄の悪い若者たちが、歪な囲みを作っている。
そして彼らの中心、冷たく湿った地面に這いつくばっていたのは、小さく震えるシズカの姿だった。
「助け――」
恐怖と痛みに顔を歪め、縋るように伸ばされた小さな手。
だが、その細い指先は無慈悲に踏みつけられた。艶やかな黒髪に、残り火のように混じる鮮烈な赤髪――闇の中でリナを襲撃した、能力者の少女によって……
「いいぜ。もっと泣かせろよ、ハルカ!」
周りを取り囲む「不良」たちが、娯楽でも貪るかのように卑小な笑い声を上げる。
だが、ハルカ――孤児院の「姉」であるはずの彼女が纏う空気は、取り巻きたちのギラつく悪意とは一線を画していた。より深く、濁った憎悪。ハルカは足元のシズカを見下ろしたまま、体重をかけるようにしてその小さな手を容赦なく踏み潰した。
「そこまでよ!」
リナは震える指先を隠すように強く拳を握りしめ、怒りを込めて一歩前へ踏み出した。
「ハルカ……そして、あなたたち。大人の目が届かないところで無抵抗な子供を嬲るのが、この街の『非行』の流行りなの?」
「あぁ? なんだお前?」
大柄の青年が、威嚇するようにずしりと歩み寄ってくる。それに呼応し、他の不良たちもじりじりと距離を詰め始めた。
「……おい、やめろ。気が散る」
しかし、ハルカが低く吐き捨てた瞬間、迫っていた彼らの動きがぴたりと止まった。
(……ハルカは、彼らと行動を共にしているんじゃない……『支配』してるんだ)
「共鳴」を返してくるのは、ハルカただ一人だけ。年齢も体格も勝る不良たちは、能力者の圧倒的な「暴威」に従っているのだ。
「ハルカ! シズカを放しなさい!」
凛とした声が落ちた瞬間、ハルカの瞳がリナを射抜いた。
「……黙って消えろよ、雑魚。てめぇがここにいたってどうにもならないことくらい、分かってんだろ」
ハルカは面倒くさそうに、冷淡な言葉を投げつけた。
「あなたがやっていることは、アオイが必死に守ろうとしている『家族』を踏みにじる、最低の行為よ!」
「『家族』……笑わせんな! あいつのくだらねぇ“ごっこ遊び”に付き合ってやる義理なんてねぇんだよ!」
ハルカは足元のシズカを、容赦なく蹴り飛ばした。短い悲鳴が響くと共に、小さな身体が浮き上がり、背後の鬱蒼とした木々の影へと転がっていく。
「キモいんだよ! あいつも! それに甘えて生きてるだけのこいつらも! この世界は弱肉強食だ! 弱い奴なんざいらねぇんだよ!」
「弱肉強食? 随分と使い古された言葉ね。……でもハルカ、あなたが本当に強いというのなら、なぜその力を自分より強い相手――アオイに直接ぶつけないの?」
リナの唇から零れた微かな嘲笑に、取り巻きたちの下劣な笑い声がぴたりと止まった。
「自分に従う腰巾着たちに囲まれて、抵抗できない年下を痛ぶる。それがあなたの言う『強さ』なの?」
その問い掛けが落ちた瞬間、肌を焼くような「荒々しい熱の魔力」が周囲の空気を一変させた。
「ヤバいぞ、ハルカの奴……本気でキレやがった……」
「あーあ、あの女。余計なこと言うから死んだな」
大気が歪むほどの圧倒的な熱圧に気圧され、不良たちが後退していく。
「お前、キモいな」
ハルカが短く吐き捨てると同時に、その足元に巨大な火球が生じる。
「おい、逃げるぞ! 巻き込まれる!」
取り巻きたちは恐怖に顔を引きつらせ、蜘蛛の子を散らすようにその場から姿を消していく。
だがハルカは彼らに一瞥もくれず、滾る火球をボールのように器用につま先で持ち上げると、そのままリナを目掛けて一直線に蹴り飛ばした。
「……っ!」
赤々とした炎を吹き上げる火球が、視界を埋め尽くす。
避けなければ――頭では理解しているのに、金縛りに遭ったかのように両足が動かない。熱風が顔を焼き、脳裏に最悪の結末がよぎる――
「――邪魔っ!」
突如として響いた鋭い怒号と共に、視界が真横へと激しく揺らいだ。直後、鈍い衝撃が脇腹を襲い、身体は浮遊感を伴って冷たい地面を転がる。
瞬間、頭上で『シュゴォォ』という、大気を焼き飛ばすような灼熱音が轟いた。
「……ッ、いっ……!」
痛む身体を地に伏せたまま、激しい咳き込みながら無理やり顔を上げる。
視界の先、立ち昇る炎の中に立っていたのは、頭頂部にある猫の耳を威嚇するようにぴったりと倒したツクヨだった。
「死にたいの、バカ女!」
ツクヨは振り返らずリナに吐き捨てると、ハルカの圧倒的な威圧感を遮るように立ち塞がった。
「私の“次”は、シズカのつもり!?」
鋭い八重歯を覗かせ、ツクヨは目を細めて前方へと苛烈な視線を突き刺す。
さらに背後から、疾走するような荒い足音が聞こえた。
「ハルカ、いい加減にしろ! これ以上の勝手は許さないぞ!」
怒声を上げ、険しい表情でこちらへ駆け寄ってきたのはショウだった。
「……二人とも」
リナは地面に手をつきながら、二人の背中を見つめた。
脳裏をよぎったのは、昨晩の庭の光景。月明かりが照らす芝生の上で、果敢に拳を交わしていた二つの小さな影。残像となるほどの速度で高め合っていたあの激しい鍛錬は、すべてこの瞬間――「姉」の剥き出しの悪意に対抗するためのものだったのだ。
ショウの全身から、白い蒸気が立ち昇り始める。それと同調するように、ツクヨはしなやかな獣のように身体を低く構えた。
「ウゼぇ……ゴミどもが……!」
対峙するハルカは、構える素振りすら見せず、ただ二人を底知れぬ憎悪で睨む。次の瞬間、吹き荒れる熱波のごとき魔力の攻勢はさらに強まった。
その圧倒的な圧力に、リナは思わず顔をそむける。だが、彼女の前に立つ二人の小さな戦士たちは、その視線をハルカからそらすことはなかった。
「あんたは今すぐ、アオ兄を連れてきて!」
ツクヨがリナへ向かって、切羽詰まったように叫んだ。
「……僕たちだけじゃ、ハルカは抑えられない!」
ショウの横顔には固い決意が滲んでいたが、その額にはダラダラと冷や汗が伝っていた。
「でも――」
「――うるさい、あんたがいたって、何の役にも立たないでしょ! 早く行って!」
苛立ちを隠そうともせず、ツクヨは叫び散らした。
悔しいが、その通りであった。戦闘能力において、自分は二人よりも遥かに劣っている。その彼らですら足止めが限界だというハルカを相手に、戦う力を持たない己の存在はただの「足手まとい」でしかない……だが、それは本当に正しい行いなのか――
(――私にできることを、やるしかない……)
リナは激しく震える膝に力を込め、無理やり立ち上がった。
「わかった……! 二人とも、絶対に死なないで!」
リナは叫ぶや否や、全力で孤児院へと駆け出した。
背後から『ドォォォン!』という大気を震わせる爆発的な炎の唸りと、衝撃波が背中に叩きつけられる。
(お願い、間に合って……!)
心臓が口から飛び出しそうなほど激しい鼓動を打ち鳴らす中、リナは狂ったように地面を駆けた。
◆ ◇
(……アオイ、どこにいるの!?)
早朝のリビングに、アオイの姿はなかった。次に頭に浮かぶのは二階にある「彼の部屋」だが、本当にいるのかは怪しい。
ならば、闇雲に探し回るよりも……
「レイ! 起きて!」
リビングの扉を押し開けるなり、リナは部屋の中央で机に突っ伏して眠っている「協力者」へと叫び声を叩きつけた。
「レイ、目を覚まして! ハルカが……っ!」
リナはなりふり構わず、彼女の細い肩を激しく揺さぶった。
「ん……ふぁ……?」
長いまつ毛を微かに震わせ、レイはひどく眠そうに瞼を持ち上げた。その瞳には、昨日リナの動向を射抜いていた冷徹な監視の色は微塵もなかった。
「あれ……私、このまま寝てたっけ……」
ぽかんとした表情で首を傾げる姿は、どこにでもいる寝ぼけた少女の姿だった。
「おはよう……じゃない! 今すぐ裏庭に来て! シズカが……ツクヨとショウが、ハルカと……!」
「……ハルカが!?」
支離滅裂になりかけたリナの言葉からその名が放たれた瞬間、レイの焦点がすぐに定まる。
レイは椅子から立ち上がると、寝起きの緩慢さを一瞬で脱ぎ捨てた。
「まずはアオイを探さないと……!」
焦燥するリナの訴えに対し、レイは眉を深くひそめた。
「……なんで、今なの? この時間帯は、絶対にアオイがいる。あいつがいる限り、ハルカが派手に動くはずはないのに……」
独り言のように零れ落ちた疑問。だがレイは即座に思考を切り替えるように、強く口を開いた。
「……裏庭に行こう。アオイが、ハルカの襲来に気づかないわけがない」
レイはリナの返答を待つこともなく、玄関へと駆け出した。
しかし、その足取りは靴置き場の前でピタリと止まった。
「……っ、アオイの靴がない……!? どこに……」
レイの端正な顔に、明らかな動揺の色が広がった。
自分には判別がつかなかったが、どうやらアオイの靴が姿を消しているようだった。
「……ハルカの奴、アオイの不在を確信して動いたというの……?」
不吉な予測を低く呟くと、レイは意識を切り替えるように勢いよく扉を押し開けた。
その背中を追って足を踏み出すリナの脳裏には、アオイが告げた言葉が鮮明に蘇っていた。
『……だが任せよう、“ここ”のことは――』
(まさか……『任せる』って……)
しかし、渦巻く思考は、次の瞬間に裏庭から届いた轟音によって暴力的に掻き消された。大気を震わせる爆発音はいよいよ凄まじさを増し、孤児院の窓がガタガタと悲鳴を上げていた。
◇ ◆
ショウが深く地面を踏み抜く。それと同時に、彼のふくらはぎから白い蒸気が激しく吹き上がる。そのまま、まるで爆発から推進力を得たかのごとき速度で、ハルカの懐へと肉薄する。
その猛進に合わせ、ツクヨはハルカの背後へと俊敏に滑り込むと、伸長させた鋭い爪の先をハルカの首元へ向ける――
「――舐めてんのか?」
ショウが放った渾身の拳がハルカを捉える直前、彼女が無造作に差し出した片手が、その一撃をあっけなく受け止めた。
衝撃の相殺にショウは驚愕したように目を丸めたが、次の瞬間にはハルカの背後へと視線を向けた。
ツクヨが腕を振り抜き、喉元を掻き切らんと鋭利な爪の先端を突きつける――
「――嘘!?」
だが、その爪がハルカの皮膚を貫くことは叶わなかった。ツクヨの爪は、硬質な金属に弾かれたかのように、完膚なきまでに拒絶された。
「ゴミがいくら集まっても、ゴミにしかならねぇんだよ!」
ハルカは正面からの拳を掴んだまま、遠心力を乗せて振り向きざまに背後のツクヨ目掛けて、ショウの身体を投げ飛ばした。二人の身体が激突、そのまま一本の木へ衝突し、鈍い音を響かせた。
「――二人とも!」
立ち込める土煙を突き破り、切迫した叫び声が響き渡った。
銀髪の鑑定士と、青髪の少女が裏庭へと到着した。
「レイ……お前が来たか。ってことはやっぱりもう、アオイはいねぇんだな!」
ハルカの言葉には、揺るぎない確信が満ちていた。
ゆっくりと消えていく土煙の向こうで、倒れ伏したツクヨとショウの顔から一瞬にして血の気が引いていく。
「……噓、でしょ!? アオ兄がいない……」
「アオイ兄さんが……どこに……!?」
絶望が混じる二人の動揺を見て、ハルカは心底愉快そうに口元を歪ませた。そして、その視線が、今度はリナへと真っ直ぐに突き刺さる。
「朝、そこの『新入り』と話してやがったよ。『任せる』って、あいつは言いやがったんだ!」
ハルカは一歩、また一歩とツクヨたちへ距離を詰めていく。
「あの傲慢な野郎が、初めて自分の役割を放り出した。……“私たち”じゃなく、どこの馬の骨かもわからねぇ雑魚にここを託してだ!」
空間を支配する魔力が爆発的に膨れ上がっていく。アオイという「太陽」から解き放たれた彼女は、暴走する「新星」のような熱量を撒き散らしていた。
「あいつは、ここを捨てたんだよ! 甘えっぱなしのてめぇらに嫌気がさしたに違いねぇ!」
ハルカは木の根元で必死に睨み返すツクヨへ、憎悪の視線を注ぐ。
「あんた本気で言ってるの? アオイがあんたたちを見捨てると思ってるの?」
燃え盛る熱風に青い髪をなびかせながら、レイは冷たい視線でハルカを射抜いた。
「ここまで落ちぶれて、家族ごっこを否定して、やりたい放題に暴れているあんたに……それでもまだ『帰る部屋』を残してあげている彼が、そんなことすると思ってるの?」
「ウゼぇ! 説教なんかいらねぇんだよ!」
ハルカが喉を裂くような絶叫を上げる。
「私を止めてぇなら、力ずくで抑えてみろよ! 口先だけのお嬢様は引っ込んでろよ!」
ハルカの身体が、レイへ向かって低く沈み込む。
「わかった。なら……」
レイは静かに両手を前へ突き出し、内部に密閉した空間を作るように重ね合わせると、指先をハルカへと向けた。
「……殺すよ」
冷徹な瞳が、まっすぐにハルカを捉える。
「――やれるもんなら、やってみろよ!」
「――『アンプテーション 』」
踏み込むと共に、ハルカの姿が消えた。
それと同時、レイは両手を頭上高くへと突き上げる。その指先からは一瞬だけ、「白い刃」が噴射されていたように見えた。
直後、バランスを崩したハルカの身体が、しかし勢いを殺さずにレイの前に現れる。
レイは表情を変えず、掲げた手を勢いよく振り下ろし、ハルカの身体を水平に叩き飛ばした。
ハルカは足で地面を深く抉りながら、踏みとどまる。
――ボトッ……
地面に、生々しく重い物体が落ちた音がする。
リナが恐る恐る視線を向けた先に転がっていたのは、信じがたいほどに綺麗な切断面を晒した右腕だった。
「あ……が、ぁっ……!?」
絞り出すような苦悶の悲鳴が、ハルカの口から漏れ出る。彼女は残された左腕で必死に右腕の付け根を強く抑え込み、激痛に歯を食いしばった。その肩からは、とめどなく血が流れ続ける。
「次は、本気で真っ二つにするよ」
感情を削ぎ落としたレイの言葉が淡々と響く。
その言葉、そして切断面に、リナは脳を直接殴られたような衝撃を受けた。
(……この技だ。間違いない)
脳裏に鮮明に蘇ったのは、理由もわからぬまま真っ二つに裂かれ、息絶えていた八咫烏の無残な骸。あの遺体に刻まれていた切断面と、いまハルカの右腕を奪った切断面は、完璧なまでに一致していた。
「てめえ……ッ!」
ハルカの瞳に凶暴な殺意が燃え上がる。右腕を失ってなお、彼女の闘争本能は一向に衰える兆しを見せない。残された左腕を地面に突き立て、獣のような執念で再び跳躍の態勢を整える。
レイは冷ややかに両手を合わせて構えた。重傷を負いながらも立ち上がったショウとツクヨの二人もまた、死力を振り絞るように重い身体を起こし、それぞれの戦闘態勢に入る――
――バゴォン!
「――がっ!?」
突如として炸裂した重い衝撃音。ハルカの身体が力任せに前方へ叩き伏せられ、地を舐めた。
倒れ伏したハルカの背後、そこに立っていたのは、先ほどまで容赦なく踏みつけられ、蹴り飛ばされていたはずの少女――シズカだった。
「……あ」
リナの喉から、声にならない音が漏れた。華奢なスカートの裾から覗くシズカの脚は、人間としての形を留めていなかった。
逆関節を思わせるように歪み、異様な鱗に覆われた二本の指。息を呑むほど完成された強靭な造形――『走鳥類<ダチョウ>』の脚そのものだった。
(シズカは変化系の能力者……? 自分の足をダチョウへ変化させた……?)
「雑魚どもがっ!」
右腕を失い、背後から強烈な一撃を叩き込まれた直後だというのに、ハルカは残された片腕と両足に魔力を爆発的に集中させ、弾丸のごとき速度で起き上がった。
シズカが変質化させた脚でハルカの胸元を穿とうとする――が、それを上回るハルカの蹴り足がシズカの胸を捉え、容赦なくその身体を弾き飛ばす。
「動かないで……これが最後の警告」
レイがハルカに制止を投げかける。
しかし、ハルカはその警告を一切無視し、地に落ちた己の右腕を左手で拾い上げた。
「てめぇら絶対殺す! 覚えとけよ!」
呪詛のように吐き捨てると同時に、ハルカの身体は爆発的な跳躍力で大きく宙を舞い、孤児院の屋根の上へと降り立った。そのまま一切の躊躇なく屋根から屋根へと影のように跳んでいき、朝日が差し込む街の喧騒の中へと姿を消していった。
「助かった……」
ショウの口から安息の吐息が漏れるとともに、その全身から噴き出していた白い蒸気が、プシュッと音を立てて霧散する。
レイは地面に横たわるシズカの元へと静かに歩み寄ると、そっと手をかざした。その手のひらから澄んだ青色の光が溢れ、シズカの痛々しい皮膚にみずみずしい潤いが満ちていき、全身の傷口が跡形もなく消えていく。
(……水属性の治癒魔法。でも……)
リナは少し離れた位置からその光景を見つめながら、思考を巡らせる。
周囲を揺らす魔力も、損傷した組織が滑らかに再生していくプロセスも、レイの振るう治癒魔法が水魔法に属するものだと告げていた。
だが、特別な触媒も長い詠唱もなく、単に手をかざすだけの簡易なアプローチで、全身に散った傷を同時に癒やしてみせるなど、とても11歳の少女が扱える領域のものではない。
「……もう大丈夫。ショウ、ツクヨ。シズカを部屋に運んであげて。甘いものでも飲ませて落ち着かせて」
レイの淡々とした指示を受け、ショウはシズカの身体を慎重に抱え上げ、ゆっくりと立ち上がった。そのままショウはリナのすぐ前を通り抜け、ツクヨがその後に続く――
「――ありがと、シズカを助けようとしてくれて」
すれ違いざま、ツクヨは照れを隠すように露骨に視線をそらし、ぶっきらぼうな口調で小さな感謝を零した。
何か言葉を返そうとしたが、それよりも早く、彼女はショウの後を追い、建物の中へと姿を消していた。
リナは胸の奥に溜まっていた息をそっと吐き出した。
苛烈な危機を共に乗り越えたことで、警戒心を抱いていた彼女たちの心に、小さくも明確な「信頼」の芽が生え始めていたのを感じた。
リナは静寂を取り戻しつつある裏庭に残り続けるレイへと、そっと視線を転じる。
「色々聞きたいことはあるんだろうけど、その前に一つ聞かせて……」
レイはそこで一度言葉を切り、重みを加えるように一拍置いた。
「……ハルカの言ってたことは本当?」
その瞳は、無垢な少女のものでも、侵入者を監視するものでもなかった。彼女が信じる「天才」が、真に目の前の異邦人に自らの使命を託したのか――その真偽を冷徹に見極めようとする、審査官のごとき鋭い眼光だった。
ダチョウ
空を忘れた代わりに、地を走る足を手に入れた鳥類
他の鳥と違い、足指は二本である
極めて高い免疫と再生力、視力を持ち
その蹴りは、獅子をも倒すという
知能は極めて低く、家族の顔すら覚えられないが
恵まれた肉体があればなんの問題もない




