38話「孤児院の強者たち」
競技スポーツ
人間の極限を追求する活動
転じて、大衆向けの娯楽にもなっている
その主役は人であるため
神から力を与えられたとされる
能力者が参加することは許されない
これは差別ではない、区別だ
役割を終えた道具たちが静かに息を潜める、薄暗い物置部屋。
アオイのもとへ向かうヒカルの準備が整うまでのわずかな間、リナはこの静寂の空間を調べることにしていた。
「まあ、時間もなさそうだし……今はテキトーに視ておきましょうか」
リナは左手の革手袋を外し、棚の端にぽつりと座り込んでいた大きなシロクマの人形へそっと触れる。
その瞬間、脳裏に鮮やかな緑色のグリッド線が疾走し、真っ黒な空間が無限に広がっていく。
それと同時にはっきりと響いたのは、感情を一切削ぎ落としたような、無機質な自分自身の声だった。
――個体識別……完了。
直後、空間に緑光が収束し、何かを精巧に紡ぎ出しながら、上方へと昇っていく。
(……!? これってまさか、私!?)
光の線描が形作ったのは、紛れもない自分自身の姿だった。脳裏の光景の中で、もう一人の自分――リナ・フォーグナーは何かへ触れようと、左腕を伸ばしていた。
――『リナ・フォーグナー』に、「Definition 3」を付与します
再び響く温度のない己の声。その宣告と同時に、勝手に情報が脳内へ直接流れ込んできた。
『Definition 3:Definition 1、Definition 2、Definition 3が付与されたオブジェクトに対するアクセスを一切禁ずる』
(……違う! これ、私が視てるんじゃない……)
強烈な違和感の正体に思い当たり、全身の血が凍りつくような戦慄を覚えた。
――『リナ・フォーグナー』の情報をコピー……完了。転送を開始します。
(……私が視られてるんだ!)
確信に至った瞬間、リナの意識は世界から追放されるかのように、勢いよく現実へと突き戻される。自分を象っていた緑色の光は解け、不気味な線束となってどこか彼方へと消え去っていた。
◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冷ややかな空気が皮膚を刺した瞬間、力なく膝が崩れ落ちた。慌てて傍らの棚にしがみつき、倒れ伏すのを持ちこたえる。
そして、すぐさま生じた決定的な異変に気づいた。
(……能力が、発動しない!?)
左手は今、確かに棚を強く掴んでいる。シロクマの人形を視るために、手袋を脱いだ裸の手のひらで。
しかし、いつもなら無遠慮に脳内へとなだれ込んでくるはずの膨大な情報の激流は、どこにも存在しなかった。
「なんで……何も視えないの!?」
視界に映るあらゆるものへ片っ端から手を伸ばす。錆びかけたブリキのおもちゃ、擦り切れた衣服、箱の奥に眠る古いトロフィー……だがそのどれもが、手のひらに冷たい感触を返すばかりだった。
――ガタン
静寂を破り、部屋の扉が開く音がした。にじむ視界を入り口へ向けると、誰かがそこに立っていた。
「準備できましたよ……って、リナさん!? どうしたんですか?」
ヒカルの声が鼓膜に届くと同時に、慌ててこちらへ駆け寄る足音が響いた。そして彼はポケットから素早く何かを取り出し、そっと自身へ差し出す。
リナが小さく震える左手でそれを受け取った瞬間、彼女の全身の動きがピタリと止まった。
「……あれ、視える?」
涙でぐしゃぐしゃになったリナの顔を見てヒカルが差し出したのは、何の変哲もないポケットティッシュだった。
しかし、その紙包みに指先が触れた途端、脳裏にその成分や製造工場の光景が鮮明に流れ込んできた。
(……何が起こってるの?)
背中を優しくさすってくれるヒカルの温もりを感じながら、リナは溢れる目元を拭った。
だがその胸中は、たった今、己を襲った不可解な現象によって、深い疑問と困惑に支配されていた。
◇ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
スクルタス第四地区――その中心は、大人たちの浅ましい欲望と熱気が渦巻く繁華街であるが、今のリナたちの目的地はそれらとは違った。
「……もう大丈夫そうですか、リナさん?」
どこか気まずさを漂わせて、ヒカルが問いかけた。
「……はい、先ほどはお見苦しい姿を……」
リナはほんのりと耳たぶを赤く染めながら、小さく頭を下げた。
「いえいえ、そんな……意外なリナさんの姿が見れて良かったです。でも、『能力』を封じられるなんて、そんなことあるんですね」
ヒカルは柔らかな笑みを浮かべ、気遣うように言葉を返した。
だが実際のところ、彼が口にしたような単純な能力の封印などではないようだった。
あの後、孤児院内のあらゆる物に密かに手を触れて検証を行ってみた。その大半に対して、自身の能力はまったく反応を示さなかったが、いくつかの例外もあった。
たとえば、院長やだらしない職員三人組の身の回りにあった品々――床に捨てられたスナック菓子の空き袋、休憩室の机、携帯端末、観葉植物など。そして、アオイの部屋の家具や魔法陣、裏庭の倉の南京錠。それらに対しては、自身の能力は何事もなかったように、いつも通り発動したのだった。
さらに言えば、孤児院の敷地から出た街中では、すべての存在から問題なくその記憶を視ることができていた。
(つまり、私の能力そのものが封じられたというよりは……)
孤児院という限られた空間における、特定の対象に対する「干渉」のみを拒絶されている――そう考えるのが妥当であった。
『Definition 3:Definition 1、Definition 2、Definition 3が付与されたオブジェクトに対するアクセスを一切禁ずる』
脳裏に流れてきた、あの無機質な「定義」の言葉を反芻する。
順当に推測するならば、三種類の異なる定義が存在しており、自分に「Definition 3」が付与されたことで、それと同等の定義を持つ存在へのアクセス権限を剥奪されたということだろう。
ならば、孤児院で自身の能力が発動しなかった存在には、そのいずれかの定義が組み込まれているということになる。
(もし、これがすべて『黒幕』の描いた誘導だというのなら、まんまとその掌の上で踊らされたわけね……)
アオイの私室、院長の部屋、裏庭の倉。潜入者であれば誰もがその三つの聖域の存在に引き寄せられ、調べずにはいられない。
そして実際に足を踏み入れ、呆気ないほど滑稽で取るに足らない真実に落胆させられることになる。あるいは、アオイの技術を目的として侵入してきた者であれば、彼の部屋にたどり着いた時点で目的を果たしたと満足して引き返すはずだ。
すなわち、つい先刻まで自分たちが暴いていたものは、侵入者を選別するための単なる「篩」に過ぎなかったのだ。もし、そこで手を引くのならば、見逃してやるという最後の境界線。
そしてその一線を越え、「禁域」へと足を踏み入れた自分のような存在に対してのみ、『ハック・バック』という手痛い罠が起動するのだ。
『リナ・フォーグナーの情報をコピー……完了。転送を開始します。』
最後に響いた自分自身の声をした宣告。それが意味するところは、既に己の情報が、姿なき何者かのもとへと送られてしまったということ。
「今日のアオイくんの予定は……まず、『スクルタス競技場』でサッカーチームと合同練習。なので、そこに水筒なんかを持っていきます」
背負ったリュックサックを小さく揺らしながら、ヒカルが明るい調子で口を開いた。だが、隣を歩くリナの胸中には、重苦しい予感が渦巻いていた。
刻一刻と歩みを進める自身の姿は、まるで断頭台へ向かって並ぶ囚人のように思えてしまった。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇
スクルタス競技場――名前の通り、この街が誇る巨大な競技場だ。国際大会の舞台になったこともある。
だが、リナとヒカルが足を進めたのは、大通りに面した華々しいメインエントランスではなく、その裏で建物の陰に隠されるようにひっそりと佇む、無骨な関係者専用の入り口だった。
その頑強な扉の前に立ち塞がっていたのは、「スタッフ」と印された腕章を巻いた、黒いスーツを纏った無表情な男だった。
「……お疲れ様です。いつも通り、お願いします」
ヒカルは慣れた様子で短く声をかけると、背中から降ろしたリュックサックを男へと差し出した。男は機械的な手つきでファスナーを開き、内部を隅々まで検分していく。
そして中身に問題がないことを確認して満足を示すと、無言のまま一礼し、奥へと去っていった。
「随分、厳しいセキュリティなんですね」
物々しい手荷物検査の一部始終を見届けたリナは、どこか呆れたように呟いた。
「それはそうですよ。今、この中には各国の代表選手たちがたくさん集まっているんですから」
「……今から、何が始まるんです?」
厳重極まる警戒態勢と、世界に名を馳せる一級の選手たち……
だがヒカルは、リナの疑問に満ちた問いかけに対し、静かな声で答えるだけだった。
「“ただの”練習試合ですよ」
◇ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◇
二人は巨大な観客席へと足を踏み入れる。会場全体は、試合開始を目前に控えた特有の狂乱と熱気に包まれていた。
「おーい、みんな!」
ヒカルが大きく手を振ると、前列を陣取っている二十人ほどの子供たちが一斉にこちらへ顔を向け、無邪気な笑顔で手を振り返した。それは一見すれば、誰もが憧れる「兄」の活躍を応援しにやって来ただけの、微笑ましい光景だった。
だが、リナが感じ取ったのは、平穏だけではなかった。
(……っ! これは……!?)
身体の奥底――あるいは魂の内側から伝わる振動。能力者同士が、相対した時に発生する本能的な感知。
「……リナさん? どうかしましたか?」
不意に足をとめたリナの顔を、ヒカルが不思議そうに覗き込んだ。
「……すいません、ちょっと『共鳴』に驚いてしまって」
リナが胸を押さえながら答えると、ヒカルは納得がいったように手を叩いた。
「ああ、能力者の人たちにはそういうのがあるんでしたね。そうなんです。えっと、うちの子供たちの中で能力者なのは……今は二人ですね」
そう言いながら、ヒカルは子供たちの集団の中にいる二人を指さした。
一番前で身を乗り出し、高い声を張り上げている少女。ふんわりとした金髪を肩まで伸ばした愛くるしい顔立ちの彼女は、まるで精巧な人形のようであり、無邪気そのものの様子で「兄」の登場を待ち望んでいるようだった。
そしてもう一人。その少女を背後から守るように立つ、短い黒髪の少年。彼はピッチ上を見つめるフリをしながらも、時折こちらへと鋭い視線を投げ、不自然なほどに警戒を怠っていなかった。
「アリスちゃんとショウくんです。アリスちゃんが四年生で、ショウくんが五年生になります」
熱狂に湧く観客たちの合間を縫うように歩を進め、子供たちに近づきながら、ヒカルは話を続ける。
「それに、今日はレイさんもいるみたいですね。一番後ろのあの子です」
ヒカルが次に指を向けたのは、集団の最後尾だった。
そこへ視線を走らせた瞬間、背筋が凍りついた。
子供たちを後ろから統率し、守るように佇むスタイリッシュな風貌の青髪の少女。だが、その黄色い瞳は冷徹なまでの敵意を隠そうともせず、リナをまっすぐに射抜いていた。
「彼女は孤児院の子じゃないんですけど、アオイくんと同じクラスで、よく遊びに来てくれるんですよ。スクルタス中央病院を経営している『長医家』の令嬢さんで、今の院長のお孫さんにあたるみたいです。……それと、お父様がハリス市長と大変親しいそうです」
その何気ない言葉に、リナの背筋を冷たいものが走った。
(また、ハリス……あいつ、本当にどこへ行っても名前が出てくるわね)
やがて二人は、子供たちの集団のもとへとたどり着いた。ヒカルが観客たちの喧騒に負けないように、声を張り上げる。
「みんな! 今日から新しく入った職員さんがいます!」
その瞬間、子供たちの視線が一斉にヒカルの隣に立つ自分へと注がれた。
「ど、どうも。これからお世話になる……いや、皆さんのお世話をする……えっと、『リナ』です!」
プレッシャーからか口が思うように動かず、言葉に詰まってしまったが、口角だけは必死に引き上げて笑顔を作る。
しかし、そんなニンマリ笑顔に返ってきたのは、完全な静寂だった。ついさっきまであれほど狂乱していたはずの観客席は、なぜか時が止まったかのように静まり返っていた。
「みんな、拍手!」
気まずい沈黙を破ったのは、黒髪の能力者の子供――ショウだった。子供たちが「よろしく」と口にしながら、ぎこちなく手を叩く。
いつの間にか、一瞬静まり返っていた観客席は、先ほどまでの熱を何事もなかったかのように取り戻していた。
気を取り直して、他の子供たちに笑顔を振り撒きながら、自然な足取りを装い、最前列のショウとアリスへと歩み寄る。
しかし、背中を穿つ視線の鋭さは、薄れるどころかますます強くなっているように感じた。
「ショウくん、アリスちゃん。こんにちは」
二人の目線に合わせるように屈み込むと、二人は弾かれたように一斉にこちらへ振り返った。
「ど、どうも……」
「こんにちは、リナさん! これからよろしくね!」
ショウは眉を少しひそめ、気まずそうに言葉を濁した。対照的にアリスは花が咲くような爛漫な笑顔を弾けさせた。
「ショウくん、さっきはありがとう。危うく私、スベっちゃうところだったわ」
リナの感謝の言葉に、ショウは「あはは……」と硬い愛想笑いを浮かべるにとどまった。警戒心が解けていないことが、そのぎこちない表情から伝わってくる。
「……そ、それはともかく、アオイくんってどんな子? かっこいい?」
気まずい空気に耐えかねたように、視線を泳がせながら、リナはアリスへと問いの矛先を向けた。
「うん! アオ兄は世界で一番かっこいいんだよ!」
一点の曇りもない無邪気な瞳をキラキラと輝かせ、アリスは胸を張って答えた。
「……そ、そうよねぇ。いや、私はまだ会ったことないんだけど、その……」
(ヤバい……なに話せばいいか、全然わかんない!)
二人の子供を前にして、リナの背中を冷や汗がすっと落ちる。
これまで幾多の泥沼や難局を乗り越えてきたが、「子供と正面から対話する」などという状況は、経験値リストのどこにも存在していない。
ましてや、背後ではレイがこちらの挙動一つ一つを解剖するように監視しているのだ。
「リナさん、暑いの? すっごい汗かいてるよ?」
アリスは無邪気に笑いながら、隣に立つショウの腕をぶんぶんと振り回す。だが一方でショウの瞳は、リナの頬を伝う一筋の汗を、じっと逃さずに見つめていた。
「――そういえば、ツクヨちゃんとシズカちゃんは今日は一緒じゃないの?」
張り詰めた気まずい空気を察してか、ヒカルが助け船を出すように明るい声を上げた。
「彼女たちも、能力者なんです。いつもはこの子たちと一緒に応援に来てるんですけど。今日は見当たらないなと思いまして」
ヒカルがリナへ向けて、補足するように言葉を添えた。
「ツクヨ姉とシズカちゃんは、アオ兄に『お使い』を頼まれてたよ!」
アリスが元気いっぱいに身を乗り出して答えた。
「今日はお使いを済ませたら、そのまま帰るそうです」
アリスの説明を補足するように、ショウが続けた。その言葉にヒカルはなるほど、と納得したように頷く。
しかしリナの胸中には違和感が生じた。
自分という新たな職員が現れたまさに今日という日に、アオイが彼女たちに託した『お使い』――その裏に、何か不穏な意図が隠されているように思えてならなかった。
直後、巨大な競技場そのものが重低音を響かせて揺れ始めた。数万の観客が一斉に熱狂の咆哮を上げ始めたのだ。
『『『アオイ! アオイ! アオイ……!』』』
空間を割らんばかりに連呼される少年の名。その圧倒的な狂乱に引き寄せられるように、リナもまたピッチへと視線を向けた。
ベンチからフィールドの中央へと、ゆったりと歩みを進める長い黒髪の少年。
その身体に纏っていたのは、袖が手のひらの半分を隠すダボッとした白いパーカーと、無地の黒い長ズボンのジャージ――その無頓着な装いは、これから世界最高峰の選手たちと競技に臨む者とは、到底思えない。
スタンドからの歓声も、テレビで連日目にするような名選手からの呼びかけも、すべて聞こえていないかのように、アオイはダラダラとピッチの中央へ進むだけだった。
(あれが、天才……)
リナは咄嗟に携帯端末に手を伸ばした。
アオイの隣に立つ選手のプロフィールを検索し、両者の身長差を比較する。
彼の身長は、恐らく150cmにも満たない。小学六年生の平均ほどだ。ダボッとしたパーカーに隠れて正確には窺えないが、筋肉質とも言えなかった。体格や背格好だけで言えば、ショウの方が大きいかもしれない。
「……将来は絶対に、うちのチームに!」
「何を言っている、まず彼にサッカーという競技そのものを選んでもらうことこそが先決だ!」
リナのすぐ隣の座席では、ノートを広げたスカウトたちが汗を握り締め、興奮冷めやらぬ声を荒げていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇
――ピィィィ!
試合の開始を告げるホイッスルが鳴った。
センターサークルで味方からボールを受けたアオイは、ゴールへ向かってゆっくりと進み出した。しかし、そこには急ぐ素振りはなく、そもそも走ろうとする気配すら微塵もない。ただ、足元でボールを転がしながら、散歩でもするかのように悠然と歩く。
それだけのはずだった。だが、対峙する相手の選手たちは、どうしても彼からボールを奪うことができなかった。奪取を狙って差し出した足は、ちょうどタイミングよくアオイの歩みと重なり、体幹を崩そうと巨体をぶつけても、彼の歩調を揺らすことさえ叶わない。
そして一度のパスを出すことすらないまま、アオイはあっけなく相手の最終ラインへと到達した。彼の周りには、敵影が群がるように蠢き、囲い込もうとする。
しかしアオイは、その渦中で足を止め、ボールを足元で完全に停止させた。そのまま、お手本通りのシュートモーションに入る――
(まさか、このまま撃つつもり!?)
――ピピィィィ!
アオイの蹴り出したボールは、眼前にひしめく相手選手たちの足元を綺麗にすり抜け、そのまま硬直するゴールキーパーの脇を抜けてゴールを揺らした。
「今日は完全に『舐めプモード』ですね、アオイくん」
観客席を揺らす爆音のような歓声に埋もれるように、隣に立つヒカルが小さく呟いた。
「……舐めプモード?」
リナが疑問を投げかけると、ヒカルは深く頷いて応じた。
「スケジュールが詰まっている日は、もう少しちゃんと走ってくれるんですけどね。今日はこの後、野球の練習と会食の予定しか入っていないので、きっと体力温存してるんですよ」
ヒカルが説明を終えると同時に、試合再開を告げる笛が鳴り響いた。次は相手チームのキックオフだ。
ボールを保持したまま選手が、巻き返しを狙って力強く前進する。そこにアオイ側の選手が立ち塞がった。
強引なドリブル突破を試みた相手だったが、制圧の難しさを悟ったように後方の仲間へとボールを下げる。
――しかし、そのパスの軌道上にすでに天才はいた
アオイはまるで自分へのパスであるかのごとく優しくボールを奪い取ると、再び悠然と歩き始めた。
(えっ……!?)
しかし次の瞬間、リナは思わず目を丸くした。周囲の観客からも、突如として繰り出された奇想天外な陣形に驚愕の歓声が巻き起こる。
ゴールキーパーを含めたアオイのチーム全員が、一斉に敵陣へと駆け出したのだ。
変わらずアオイは淡々とボールを運び続け、焦燥した相手選手たちが彼を潰そうと押し寄せて集結する。そして、その密集が極まる瞬間、アオイは無造作に足を振り、ボールを横方向へと蹴り飛ばした。
殺到していた敵の隙間を軽々と通り抜け、ボールはなだれ込んでいた味方選手の足元へと吸い込まれていく。
――ピピィィィ!
一瞬の電撃的な転進、そして相手がたった一人に人員を割いたことによる圧倒的な人数有利。計算し尽くされたかのような展開で、アオイのチームが容易く追加点を奪い取った。
だが、何よりもリナの背筋を凍らせたのは、アオイ自身の振る舞いだった。
彼は味方にボールを吐き出した瞬間に、ゴールの結末すら確認せず、完全に背を向けて歩き出していた。まるで、すべてが思い通りに運ぶことを最初から知っているかのように。
その圧倒的なまでの冷徹さと確信が、何よりも恐ろしかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◇
「今日は5点取ったら絶対抜けるって言ってたよ! あと2点だね、ショウ兄!」
アリスが無邪気に指を立て、そのうちの二本を折り畳んでみせる。
(……おかしい。いくら『天才』とはいえ、これは……)
肉体の強度、純粋な技術、そして完璧なまでの読み。対峙している相手は、サッカーという競技における最高峰の選手たちであるはずだ。
だが彼らとアオイの間には、あまりにも不自然すぎる決定的な乖離がある。まるで能力者が、非能力者たちを相手に手加減をして戯れているような――
「――さてリナさん、僕はそろそろ夕飯の支度をしに戻らなければいけません。リナさんはどうしますか?」
ヒカルの問いかけに、ハッと我に返った。見上げた空は、いつの間にか茜色に染まり始めている。
「……夕飯、ですか。そうですね」
もっとあの天才のプレイを見ていたい……じゃなくて、ここの子供たちの調査を進めたいところではある……
だが新人職員という立場、そしてレイの監視を考慮すれば、今は下手に不審な動きを見せない方が得策だ。
「私も戻ります。新入りの私が、初日からサボるわけにはいきませんから」
できる限り、真面目な新入職員らしい柔らかい返答を心掛ける。
最後に一度だけ、レイの射抜くような瞳を真っ向から見据え、静かに会釈をする。そして、ヒカルと共に席を立ち、夕闇が迫る国立競技場を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◆
孤児院の正門が見え始めた頃、リナは突如として視界に入ってきた「最悪の光景」に思わず絶句し、足を止めた。
重厚な足音を響かせながら、孤児院へと戻っていく一体のゴーレム。その異常に膨らんだ体躯から、内部に誰かの遺体を格納しているのは間違いない。
だが、リナを絶望へと突き落としたのは、土の人形の存在そのものではなかった。
そのゴーレムの後ろを、尾行しているつもりの二つの大きな人影があった。
ユニフォーム
スポーツにおいてチームとしての
統一性を持たせるために着用する服装
競技スポーツでは魔力の使用が禁じられており
着用者の魔力の使用を検知すると
色が変わる性質を持つ
チームの輪を乱すな
ワン・フォー・オール
オール・フォー・ワン




