33話「天魔対策課」
「だから……『天魔対策課』。そこに私を連れて行ってもらえませんか?」
その名がリナの口から滑り出た瞬間、ベスタは貌をしかめる。隣に立つサオリの視線にも、鋭く冷徹な険しさが宿った。
「対策課か……確かに、天魔の分野に関しては、こちらとも一定のやり取りはある。指揮系統こそ異なるが、インセラ殿のご厚意で、適宜報告も上げてくれている……」
サオリは静かな声調で語りかけたが、その表情には拭いきれない曇りがあった。
「だが……私も、古い記録や歴代の司令官から伝え聞いた程度の話ゆえ、どこまでが真実なのかは定かではないが……」
サオリは慎重に言葉を選ぶように間を置き、リナの瞳をまっすぐに見つめ返した。
「昔、ある街に天魔……あるいはその可能性のある人物が潜んでいるとされた際、対策課はろくな調査も救出も行わず、その街をそのまま全て『処理』したことがあるらしい」
「『処理』……って、まさか」
リナが言葉を失うと、サオリは重々しい沈黙とともに深く頷いた。
「つまり、彼らの最優先事項は『天魔の排除』そのものなのではないか、と。そこで暮らす市民の安全やその後のことなどは、考慮の対象に入っていない可能性がある……」
そこまで一気に語り終えると、サオリは胸の奥から深く息を吐き出した。
「まあ、どこまでも噂と推測の域を出ない話だ。正規の記録として残されているわけではない」
目的と手段の破綻。街やそこに生きる市民を守るために、天魔という脅威を排除する。それが、本来の彼らの存在理由であるはずだ。
だが、もし今のサオリの話が真実なのだとしたら……
「被害が街一つで済むなら、世界が滅びるよりは『お安く済む』って考えちゃうわけだ。……“僕ら”みたいな『上』の連中が好きそうな理屈だよね」
ルードゥスが軽やかに言葉を挟んだ。彼のかけたサングラスは日光を眩く反射し、その奥にある真意を隠すように鈍く光る。
リナは手元にある本へと視線を落とした。
「天魔対策課は中層にある。……すまない、私はこれから軍の会議に出席しなければならない。同行できるのはここまでだ」
サオリは手元の時計に一度目を落とすと、小さく息を吐き出した。
「対策課の連中がリナ殿個人に対して、何かしてくるとは思えない、が……」
サオリの視線が、横で不満げに鼻を鳴らしているベスタへと向けられる。
「ベスタの動きにだけは、細心の注意を払ってくれ。このバカが暴れるだけで、天魔以上の被害が出るのは目に見えているからな。……いいか、ベスタ。絶対に暴れるなよ! 絶対にだぞ!」
「……わかってるよ、サオリ! リナのボディガードとして、スマートに振る舞うだけだ……」
ベスタは明るい口調で言い返した。その様子は普段に比べて幾分スマートに見えたが、リナにはそれが、どこか晴れない彼女の心の内を隠すための振る舞いに見えた。
「……頼むぞ、ベスタ」
サオリもまた、親友の内に差す影を見抜いたのか、念を押すように低く呟いた。
「ルードゥス様、これにて失礼いたします。不躾な同行でしたが、ご助力に感謝します」
「いいよいいよ、気にしないで。俺も面白そうなもの見つけれたし、退屈しなくて済んだよ!」
ルードゥスは相変わらず、軽い調子でひらひらと手を振り返す。
そして、サオリは軍靴の音を響かせて街の景色へと消えていった。
「さて、俺もここまでかな。そろそろ帰らないと、親父になんか言われそうだし。これでも一応、『箱入り息子<プリンス>』なもんでね」
そう言ってニカッと無邪気に笑う姿からは、世界を支配する一族の重々しさは微塵も感じられない。
「それじゃあね、リナちゃん。こっちで何か分かったら教えるよ」
「え、あ、はい。ありがとうございました、ルードゥス様」
リナの返事を聞き終わるかどうかのうちに、彼はひらひらと手を振りながら、あくびを噛み殺してその場からあっさりと姿を消した。
「……行ったか。ま、あの手の坊ちゃんにしちゃあ、話が分かる奴だったな」
ベスタが肩をすくめて呟く。
「さてと、さっさと行くか……“アイツ”がいなければいいんだがな……」
ベスタは祈るように言葉を漏らした。その貌に浮かんでいたのは、抑えきれない忌避感であった。
◆ ◇
ペルフェクティオ中層――白亜の整然とした街並みの中、石畳の先に目的の建物がその姿を現し始めていた。陽光を反射する周囲の白い建築群とは対照的に、まるで周囲の色彩をことごとく吸い込んだかのように重く沈む、灰色の石造りの家屋。それが、天魔対策課の拠点だった。
しかし、歩を進めるベスタの足取りはあからさまに重かった。一歩進むごとに僅かな時間を稼ごうとするかのように、彼女はだらだらと歩く。
「……あの、いくら何でも嫌がりすぎじゃありませんか? サオリ様の話が本当かどうかも、分からないんですよね」
天魔対策課は、天魔の排除のためならば手段を選ばず、時に犠牲すらも厭わない集団。確かに胸の奥が重くなるような話ではあったが、それが真実であると示す確たる証拠は何一つない。
「……いや、対策課自体は正直どうでもいいんだ。ただなぁ……」
彼女らしくもない、歯切れの悪い言葉が返ってくる。ベスタは視線を明後日の方向へ泳がせながら、忌々しそうに頬をかいた。
「……インセラっていう奴が、何というか、その……苦手なんだよ」
「苦手!? あなたがですか?」
予期せぬ言葉に、リナは思わず足を止め、目を丸くした。
上層ですらお構いなく暴れる暴走機関車であり、全てを笑い飛ばすような英雄が、はっきりと苦手だと断言する相手。
ひょっとするとその天使は、サオリの警戒通り、目的のためなら街一つ滅ぼすことにすら一切の躊躇のない、血も涙もない規律の塊のような人物なのかもしれない……
「何というか、ウザイ……じゃなくて、お節介っていうか……過保護っていうか……」
だが、ベスタの口から漏れ出たのは、リナの想像とは大きくかけ離れた不満だった。彼女は珍しく言葉選びに迷うように、眉根を寄せて慎重に話を続ける。
「私がガキの頃、サオリと外を歩いてたら、何か視線を感じるんだよ。でも別に、近くに誰かいたわけじゃない。それで、ちょっと遠くに意識を向けてみたら……」
何か恐ろしい記憶でも思い出しているのか、ベスタはわざとらしく身震いしてみせた。
「……立ってたんだよ。ソイツが、遠くからニヤニヤしながら、私のことを見て……」
「……はぁ?」
思わず、呆れたため息が漏れてしまった。
「それだけじゃねぇぞ! 私が一人で家にいたら、大体押しかけて来るんだ! それも、抱えきれないくらいの大量のお菓子を持って……」
「……それで、そのお菓子は食べたんですか?」
「そりゃあ、当たり前だろ! 『リーヴァ』はそんな物、家に置かせてくれなかったからな。食わなきゃ損だろ」
胸を張って即答するベスタに、リナは静かに息を吐いた。やはり、このバカの思考回路は、幾ら考えても理解できそうにない。
その後もベスタはとめどなく昔の不平不満を垂れ流し続けたが、灰色の建物が迫るにつれ、徐々にその声を潜めていった。
「……ちょっと待て」
その声はいつもよりも低く、切実な緊張を孕んでいた。
息を殺し、音もなく建物の側壁に張り付くベスタ。彼女は眉間に深い皺を刻んだまま、窓のわずかな隙間から中の様子を慎重に窺った。
「頼むからいないでくれよ……マジか……」
絞り出すような忌々しげな吐き捨てとともに、ベスタは脱力した様子でこちらへと戻ってきた。
「絶対いましたよね」
「……何も問題ない……が、私はちょっとタバコを吸ってくる。先に行っててくれ」
「はいはい、いたんですね」
ベスタは慣れた手つきで懐からライターを取り出しながら、踵を返して足早にその場から離れていった。最強の英雄の頼もしい背中は、今ばかりは驚くほど小さく、なさけなく見える。
まあ、ベスタにとっては災難なのかもしれないが……
インセラという人物が、この建物の中にいるのは間違いないらしい。『天魔の法則』の著者であり、天魔の特定方法を確立させた天使。どのような人物かは分からないが、間違いなく天魔という存在の真理に最も迫った者のはずだ。
足早に離れていくベスタの足音を見送り、リナは気持ちを切り替えるように深呼吸をする。そして一人、沈黙を守る扉へ静かに手をかけた。
◇ ◆
青白い魔力の灯火で照らされた空間。
灰色のローブを纏った者たちが、その場を埋め尽くしていた。試験管の中で脈動する「ナニカ」を覗き込む者。空中に幾何学的な魔法陣を浮かべる者。地図を囲み、潜めた声で何事かを議論する者。
しかし、リナの靴底が石造りの床を小さく叩いたその瞬間、空間に満ちていたすべての動きが、まるで凍りついたかのようにピタリと停止した。
――……。
沈黙。そして一斉に向けられた視線が、針のように全身に刺さる。そこにあったのは、好奇心でも蔑みでもなかった。未知の検体を無感情に評価し、測定しようとする、温度のない鋭利な観察の目……
「あら! もしかしてスクルタスの鑑定士様ですか!?」
だが、その凍てつくような沈黙を切り裂いたのは、あまりにも場違いなほど明るく、鈴の音のように澄んだ声だった。
部屋の中央のデスクから、一つの影が弾かれたような軽やかさでリナへとまっすぐに向かってくる。
その人物が近づくにつれ、リナは本能的な威圧感に襲われ、思わず足がすくんだ。
鮮やかなエメラルドグリーンの髪をなびかせた、白い布地に身を包んだ女性。その眸には、神聖な幾重もの黄金の輪が刻まれていた。
そして、何よりも目を引いたのは、彼女の背にある純白の6枚の翼。
三対六翼――天使の格とはその翼の数によって定められるというが、その数字は神話や伝承の中にしか語られない、最高位の存在たる証そのものだった。
「お噂はかねがね。わたくし、『インセラ』と申します。こちらで天魔対策課を率いらせていただいております」
最高位の天使――インセラは、固まるリナの両手を、自らの両手でまるで繊細な宝物を扱うかのように柔らかく包み込んだ。
「あ……突然の来訪、失礼いたしました。私は鑑定士のリナ・フォーグナーです。ここに来たのは……」
「わかっておりますとも! 『異形天魔』について、知りたいのですよね?」
リナが切り出すよりも先に、インセラはすべてを見通しているかのように優しく微笑み、頷いた。
「わたくしたちも専門家を自負してはおりますが、実のところ捜索には難航しておりましたの。鑑定士様の協力があれば、百人力ですわ。共にあの忌まわしき異形天魔を見つけ出しましょう!」
その声はどこまでも誠実で、希望に満ち溢れているように思えた。
しかし、そのぬくもりとは裏腹に、リナの脳裏にはサオリから告げられた言葉が、警告のように何度も反響していた。
「……失礼を承知で伺います。天魔対策課は、天魔が潜伏している疑いがあるだけで、その街を救出せず『処理』してしまうという噂を耳にしました。それは、真実なのでしょうか?」
リナが問いを口にした瞬間、禁忌に触れられたかのように部屋の中の者たちの手がピタリと止まった。
だが、インセラだけは動じる素振りすら見せず、ただ胸を痛めるようにふんわりと眉を下げるだけだった。
「まあ!? そのような恐ろしい噂が広まってしまっているのですか。……それは、あまりに残念な話です」
インセラは胸元にそっと手を当て、リナの不安を優しく包み込むような、穏やかで落ち着いたトーンで話を続けた。
「わたくしたちが相手にしているのは、理そのものを歪めてしまうほど強大な存在なのです、リナ様。わたくしたちが必死の思いで駆けつけた時にはすでに、天魔の力によって街が更地になってしまっていることも、決して珍しくありません。ですが……」
言葉の途中で彼女は一度言葉を切り、慈愛に満ちた眸でリナを見つめた。
「それを遠く外側から見た方々には、まるでわたくしたちが天魔ごと街を滅ぼしたかのように映ってしまうのかもしれません。真実とは常に、見る角度によって形を変えてしまう、悲しい鏡のようなものですわ」
その語り口は淀みなく、表情にも一点の曇りもなかった。犠牲を厭わぬ冷酷非道な組織という無実の汚名を着せられながらも、世界の均衡を守るために戦い続ける――どこまでも悲劇的な聖者のような崇高さすら感じさせた。
「……そうですか。角度による、解釈の違い……」
リナは深く頷きながらも、背筋を駆け上がる冷たい悪寒を拭い去ることができなかった。
今のインセラが口にした言葉は、あまりに完璧で、あまりに美しすぎた……
「さあ、暗い話はこれまでにいたしましょう。わたくしたちが今この瞬間も集めている、最新の観測データをご覧に入れますわ。きっと、あなたの助けになるはずです」
インセラは再びリナへと柔らかく微笑みかけ、優雅な仕草で部屋の奥を指し示した。
「これは天界軍が出した報告書です。一応、最高機密事項にあたりますが、あなたであればサオリ様も許してくださるでしょう」
整然と書類が重ねられたデスクの上から、インセラは封蝋が施された報告書を恭しく取り出した。
『異形天魔の捜索経過及び第二次魔力奔流報告書』
――13紀 2114年 冥結の月 6日
5:36 p.m. :スクルタスにて、異形天魔の魔力を検知。しかし直後、スクルタス全域において魔力奔流が発生。魔力奔流は、異形天魔の魔力を完全に塗り潰し、位置の特定は不可能となった。
第一次魔力奔流と異なり、一定以上の強度を持つ魔力回路への影響は認められず。また、影響下の魔力回路への損害も軽微であり、魔力奔流の収束後、即座に回路は回復した。
魔力奔流は約4時間後の9:24 p.m. に突如として収束。魔力奔流の収束後、異形天魔の魔力は検知できず。
「……やっぱり誰かが、異形天魔を隠してる……?」
整然と並ぶ文字をなぞりながら、リナは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「そして、こちらがわたくしたち対策課が独自に出した結論になります」
リナの動揺を見透かしたように、インセラは滑らかな指先で別の書類を指し示した。
『スクルタスで発生した魔力奔流の波長は、異形天魔のものではない。街の中心、および正確な八方から、異形天魔の魔力とほぼ同時に発生した“別の魔力”によるもの』
インセラは、広げられたスクルタスの地図を指さし、困惑の色をにじませた。
「魔力の発生した地点にうちの者を送ってみたのですが……皆、連絡が途絶えてしまいまして……何者かによって『不可侵の領域』が形成されているのは間違いないのですが……わたくしたちの手札では、これ以上の追跡は死人を増やすだけだと判断いたしましたの」
インセラの眸が、優しくリナを見つめた。
「リナ様。私たちでは辿り着けないその場所に、鑑定士であるあなたなら、介入できる可能性はございませんか? この魔力奔流が天魔を『隠蔽』しているのだとしたら、その起点を断ち切らない限り、わたくしたちはいつまでも敵の姿を捉えることができません」
連絡が途絶えた。その一言が持つ重みに、指先が微かに震えた。
対策課の人間ですら帰還できない死地。そこに自分ひとりが足を踏み入れることが何を意味するか……
「……でも、私が行っても二の舞に――」
「――いえ、リナ様。あなたには、わたくしたちよりも遥かに頼りになるお仲間がいらっしゃるでしょう? サオリ様の指示のもとなら、軍の者も協力なさるでしょうし……何より、今入り口で聞き耳を立てているベスタ様がいれば、怖いものなどないはずですわ――」
――バタン!
インセラの言葉が紡ぎ終わるかどうかの間際に、入り口の扉が大きな音を立てて開かれた。
「……チッ、バレてたかよ」
漂ったのは、ほろ苦いタバコの匂い。
そこには、ベスタが決まり悪そうに頭を掻きながら立っていた。
「おい、勝手に話を進めるな。スクルタスには、異形天魔以外にも『八咫烏』の奴らが――」
「――あら、ベスタ様。八咫烏の関与をご存知でしたの? さすがは英雄様、調査が早くていらっしゃる」
ベスタの殺気じみた言葉を、インセラは羽毛で受け止めるかのように軽やかに受け流した。
「……インセラ、伊達に長く生きちゃいないだろう。八咫烏について何か知らねぇのか?」
ベスタの鋭い眸が、正面からインセラを力強く射抜いた。
「さあ……組織としては、わたくしが生まれた頃にはとっくに出来上がっていたはずですわ。ですから、わたくしも詳しい経緯などは存じませんけれど……」
インセラは遠い記憶を辿るように、ゆっくりと天井へ視線を向けた。
「……聖騎士のみなさんが『最高神』様たちの直属ならば、八咫烏は『黄金の一族』の直属、と言ったところでしょうか?」
その言葉が落ちた瞬間、点と点が結びつき、一筋の不穏な線を描いた。
ルードゥスが口にした、黄金の一族が抱く天魔に関する何らかの企て。そして、その直属とされる八咫烏の不可解な動き――無明天魔の遺骸や、スルクの右腕の回収。
しかし、不用意な言葉を挟むことはできなかった。そもそも、『最高神』と『黄金の一族』という、共に上層から世界を統べる者たちの構造や相違を、自分はまるで理解していない。
「……スクルタスにいる異形天魔を、黄金の一族の何かしらの計画のために八咫烏が意図的に隠してる……その可能性が濃厚ってとこか?」
「さあ、わたくしからは何とも……ただ、お二人の視点からでは、そう考えるのが妥当なのかもしれませんわね」
ベスタの探るような問いかけに、インセラは優雅に肩をすくめてみせるだけだった。
「あのクソったれ一家ですぐに会えそうなのは……リーヴァだけか。でも、何も知らなそうだな……となると、ルードゥス待ちか。八咫烏はどこにいるかもわかんねぇし……」
吐き捨てるように低くベスタが呟く中、リナの迷いは消えていった。
世界を支配する神々と、その影が何を企んでいるのかはわからない。だが少なくとも、自身の故郷――スクルタスに、『異形天魔』という明確な脅威が潜んでいる、それは間違いない。
ならば、自分が視なければならないことは何か……
「スクルタスに戻ります! 私の街で起きていることを、知らないままにはできません!」
リナが静かに、けれど断固とした口調で告げた。
「素晴らしい決断ですわ、リナ様。それこそが真の鑑定士の矜持……わたくし、感動いたしました」
インセラは感銘を受けたように眸を潤ませ、リナを見つめた。
「さあ、こちらへ。スクルタスへ続く転移魔法陣を用意しておりましたの」
インセラが床へ優しく手を触れると、その瞬間、足元に巨大な幾何学模様が光となって浮かび上がった。
「……随分、手際がいいじゃねぇか、てめぇ」
ベスタは、強い疑念と警戒の宿った視線をインセラへと向けた。
確かに、準備が整いすぎていた。まるで彼女はこの展開を全て見越していたかのように……
しかし、その鋭い視線を受けても、インセラは柔らかな微笑みを返すだけだった。
「本当にいいんだな、リナ?」
ベスタは低く落ち着いた声で、リナの意志を確かめるように問いかけた。
その問いに、リナは無言で力強く頷く。
「なら、しょうがねぇ。地獄の底まで付き合ってやる!」
ベスタは不敵に吐き捨てると、リナの肩へ力強く腕を回した。
「お二方、どうかよろしくお願いいたします」
二人は、魔法陣の中心へと踏み出した。
鈴の音のように澄んだ声に見送られながら、視界は緑色の光に飲み込まれていく。
一瞬の浮遊感。
次の瞬間、鼻腔を突いたのは天界の清浄な空気ではなく、どこか懐かしく、そして熱気を孕んだ“故郷”の湿った鉄の匂いだった。
天使
天界に住まう白翼を背負い、頭部に光輪を宿す者たち
神々に仕えることを使命とする
翼の数により秘める力も強くなるといい
特に三対六翼を持つ者は最も希少であり、強力である
その姿は、神が自らを模して作ったのだという




