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叛神煩戯  作者: みかんのみ
鑑定士編 廻天之力

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31話「神々の図書館」

 ペルフェクティオ上層――その景色は、中層ですら貧相に見えてしまうほどに圧巻だった。

 立ち並ぶのは、巨大な宮殿の数々。その一つひとつの威容は、地上の都心部に建てられる巨大なドーム会場と比べても遜色ない。

 しかし、中層のように「神」やその従者が姿を見せることはなかった。時折すれ違う、巡回する聖騎士たち以外、通りに人影は見当たらない。重厚な静謐だけが、どこまでも漂っていた。


「……それで、これから私はどこに連れて行かれるんです?」


 胸の奥にずっと抱いていた疑問を口にする。

 これまでの断片的な会話、そして世界の「禁忌」の眠るという上層を目指していた経緯から、およそ『天魔』に関する知識を自分に明かそうとしているのは理解できたが、具体的にどこを目指しているのかは聞かされていなかった。


「どこって、『図書館』だよ。言ってなかったか?」


 ベスタがあっけらかんとした調子で答えた。


「……はぁ。お前、リナ殿に何の説明もしてなかったのか?」


 サオリが深いため息をつき、呆れたように目を細めてベスタを見やった。


「今我々が向かっているのは、禁忌――知ること自体が危険とされる知識であったり、あるいは広く知られると都合の悪い歴史の保管された場所だ。『天魔』に関するものも、そこにしかない」


 サオリの説明を聞きながら、いつかのクルルの言葉が脳裏に蘇った。


『天魔に関する核心的な資料は、その全てが上――すなわち天界によって厳重に秘匿されています』


 地上と歴史の表舞台から消し去られてしまった不可侵の知識に、今、自分は限りなく近づいているという実感が、胸を満たしていく。


「はい、見えてきたよ。あれがその建物ね。……俺たちはただの『図書館』としか呼んでないけど」


 先頭を歩くルードゥスが軽やかに前方を指さした。

 そこにそびえ立っていたのは、周囲の建物の例に漏れず巨大な宮殿だった。空を衝くような円柱が等間隔に並び、外壁には精緻なレリーフが刻まれている。

 入り口には、純白の鎧に身を包んだ聖騎士が一人立ち塞がっていたが、ルードゥスがただ一言、「通るよ」とだけ軽く告げると、彼は躊躇うことなく即座に道を譲った。


 ◆ ◇


 白亜の列柱が並ぶ図書館の神聖な静寂は、一瞬にして打ち砕かれた。

 入館するや否や、ベスタはリナを閲覧席の椅子へ押し込み、爆音のような足音を響かせ書棚の奥へと消えていった。


「おい、待てベスタ! ここは静粛に――」


 サオリが慌てて制止の声を張り上げたが、その声は届くはずもなかった。

 数分もしないうちに、ベスタは自らの背丈を越えるほどの分厚い本の山を、両腕に抱えて戻ってきた。それらをドサドサと無造作に机の上に積み上げ、鼻息荒く誇らしげに胸を張る。


「ほらよ! とりあえず“天魔”って名のついてる奴は、全部持ってきたぜ!」


「……ベスタ。少しは加減というものを知らんのか。これだけの量を一度に渡されて、読めるわけがないだろう」


 サオリは眉間を押さえ、呆れ果てたため息を吐き出した。


「甘いな、サオリ。こんな量、リナの能力なら一瞬で視れるぞ」


 なぜか自分のことのように、ベスタは自信満々に告げた。


「へぇー。それって、『勉強系』の能力? 羨ましいねぇ。俺もそんな力があれば、ガキの頃に楽できたのになぁ」


 面白そうに目を細め、ルードゥスが軽い調子で口を挟んだ。


「一瞬で、というのは言い過ぎですけど……まずは何を視るか決めましょう」


 ルードゥスの言葉に苦笑交じりに答えつつ、リナは乱雑に積まれた本へと視線を落とし、そのタイトル一つひとつを拾い上げていく。


「……例えば、これ――『ひゃくてんまんてん、えらいね』。絶対、関係ない本ですよね」


 本の山の中から、淡いタッチで描かれた幼子向けの絵本を取り除く。一体どういう経緯で、こんな子供向けの本が禁忌の知識の中に紛れ込むんだ……


「サオリちゃんが言ったみたいな役割の他に、“俺たち”の勉強にも使われるからね、ここ」


 ルードゥスは懐かしげな眼差しで、あたりをゆっくりと見渡した。

 闇の中に永久に葬られた記憶と、次代の神を育むための教養。相反するような二つの役割が詰め込まれた異様な空間――それがこの場所の本質のようだ。

 リナは積まれた山の中から、手際よく教育目的の本を排除していく……


『改善点まとめ:地属性魔法』


『頭のいい人は、情報をこう並べる――要点マトリックス』


「あの……ベスタ様……」


「おう、どれから行く? 一番ヤバそうなやつか?」


 期待に目を輝かせるベスタに対し、リナは抜き取った本の表紙を静かに見せつける。


「……ほとんど、“てんま”と読めるだけで、『天魔』と関係ないんですけど……あっ、これは惜しいですね。『晴天魔法:ヴォルケンローザーのすゝめ』、ちゃんと、“天魔”って文字が入っています」


 その瞬間、図書館には形容しがたい沈黙が流れた。


「ベスタ……どうやら私の想像以上に。お前にはまだ“教育”が必要だったようだな……」


 額に青筋をピキピキと浮き立たせ、サオリは肩を震わせながら低い声を放った。


「いやいや、ジョークだって、マジで。だから――」


「――貴様にはこれから、一日二時間の読書を義務付けるっ!」


 再び、図書館の静寂は完膚なきまでに破られた。ベスタが情けない悲鳴を上げながら、雷鳴のように怒鳴り散らすサオリの手から逃れようと駆けまわる。

 そんな子供のようなやり取りを繰り広げる「最強」たちの姿を眺め、ルードゥスは軽く笑った。


「今はあんなんだけど……昔のベスタちゃんは、サオリちゃんの次くらいには頭よかったんだけどねぇ」


 ルードゥスは昔の記憶を辿るように、視線を上げた。


「いつからだっけな? ベスタちゃんが“バカキャラ”になったの……『デメルスス』で二人が決闘した時からだっけ?」


「……決闘、ですか?」


 リナは、今まさに本棚を盛大に巻き込みながら追いかけっこを続ける二人の背を見やる。


「痴話喧嘩ですね」


 呆れ果てた冷ややかな視線を彼女たちに向けながら、リナはポツリとつぶやいた。


「ハハッ! 確かに、喧嘩するほど仲がいいってね」


 ルードゥスはリナの言葉を肯定するように、楽しげに頷いた。


 ◇ ◆


「あの人たちは……まったく何をしてるんですか!?」


 図書館の中は、阿鼻叫喚の光景となり果てていた。

 本棚のほとんどはなぎ倒され、床一面に数多の書物が吐き出されたようにぶちまけられている。司書と思われる天使たちと、急遽駆り出されたであろう聖騎士たちが、懸命に復旧作業に当たっていたが、複雑に入り組んだ間取りと膨大な量の前に、その手はほとんど止まっているようだった。

 そんな大惨事を見下ろすように、ルードゥスは閲覧用の大机の上に寝転がり、ゲラゲラと笑い声をあげている。

 そして、この地獄絵図を作り上げた肝心の“主犯”二人は、ド派手な追いかけっこの際中にそのまま建物を飛び出し、どこかへと行方をくらませていた。


「なんにもわからないじゃない!」


 一人、図書館の隅で散らばった本をかき集め、整理していたリナは、思わず頭を抱えた。

 秩序なく転がる膨大な本の中から、『天魔』という文字を探し出すことなど、広大な砂漠から一粒の金を探すようなものだ。状況はほぼ絶望的と言っていい――


「――それでしたら、こちらの本はいかがでしょう?」


 不意に、すぐ近くから落ち着いた声が滑り込んできた。

 ハッとして声の主へと視線を向けると、そこには全身を灰色のローブで覆った人物が佇んでいる。声音や布越しにうかがえる体格から男であるとは思うが、深く被ったフードの陰に顔は完全に隠れ、目元はまるで見えなかった。


(この声……どこかで?)


 しかし、その強烈な装い以上に、脳裏に火花を散らしたのは声だった。初対面のはずの男。それなのに、どこかで聞いたことのあるような既聴感がよぎる。

 男は迷いのない手つきで、一冊の書物を差し出した。


――『天魔の法則』


 使い込まれた、重厚な装丁の本だった。


「天魔について初学なら、こちらがよろしいかと」


 あまりの唐突さに戸惑いながらも、リナはその知識の誘いへと引き寄せられるように手を伸ばした。


「ありがとうございます……でも――」


 本に指先が触れた瞬間、リナは男の顔面を射抜くような鋭い視線を向けた。


「――タイミングが良すぎるわよね! 私が一人になった途端に、ちょうど求めている本を差し出すなんて……あなた一体何者? 何が目的なの?」


 不気味な違和感。素顔を隠す格好。ベスタとサオリの二人がいなくなった隙を突いたような接触。そして、こちらが『天魔』の情報を求めていることを見透かしているという事実。

 この男は底知れない深淵へと、言葉巧みに自分を手招きしているのではないか……そんな疑念がリナの胸中を渦巻いた。


 しかし、リナの剥き出しの警戒を受けてなお、男は微動だにしなかった。流れるような動作で本から手を離すと、ゆっくりと両手を上げ、敵意がないことを表明する。


「これは失礼。『天魔対策課』の者です」


 その名に、シャリドールでベスタが口にしていた言葉が浮かんだ。

 天魔対策課――天魔の研究から特定、討伐まで行う専門集団。


「ただ、すいません。なにぶんシャイなものですから。服装についてはご勘弁を。人前に出るのは、どうも苦手でして」


 男は困ったように肩をすくめる。

 その飄々とした仕草もまた、不気味なほどに既視感を強く刺激した。

 彼は差し出した本を指さしながら、淡々と言葉を紡ぐ。


「『天魔』とは、非常に論理的な存在なのです……」


――『天魔』とは、非常に論理的な存在なのです


 男の口から滑り出たその一言に、リナは思わず目を見開いた。

 

「……であればこそ、彼らの論理を知ることで、その知識は盾にも、剣にもなる……」


――構造さえ明らかにできれば、あとは演算の問題ですよ


「……我々は『旧律』として、『進化』に抗わねばならないのですよ」


――『天魔』がどうとか……『生命の進化』だなんだと


――大いなる『可能性』の……ほんの、兆しに過ぎない


 頭の中で、妙に“あの男”の言葉がリフレインする……


「おや、大丈夫ですか? 心ここにあらず、といった様子ですが」


 男はすっと腰をかがめ、覗き込むようにリナの顔色を窺った。その目元はやはり影に覆われたままで、表情を読むことはできなかった。


「まあ、いいでしょう。さて、私はそろそろ失礼します……そろそろ、騒がしいお二人がお戻りになる頃合いですからね」


 仰々しく一礼すると、男は入り組んだ迷宮へと消えていった。

 彼が残していったのは、手元の古びた一冊の本と、拭えない違和感だった。

デメルスス


雲海に浮かぶ島のひとつ

古くから決闘の地として知られてきた


後に最強の英雄と最高司令官として名を馳せる二人は

ただ一度、互いの全力を解き放ち、決闘を行った

その衝撃は、島の半分を雲海へと沈めた

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